プログラム電算室。通称、瓜畠の巣。
 いつでも薄暗くエアコンが十分過ぎるほど利いてる部屋で男と女が一つの画面をじっと見ていた。画面には無機質な数字が流れ、やがて一つの文字を映し出す…「辛勝or敗北」。
「このプログラムじゃぁイマイチね…」
 画面に流れる文字を眺めていた彼女は隣の椅子を引っ張り腰を下ろした。
「そうか?どっちかっていうとこれは操手技術に問題があると見るね。俺の感想からいったらイマニぐらいだ。プログラム部分に問題は無い。火器制御だってきちんと出来てるし、ほら、命中率は現に76%を越してる」
 画面の正面に座った男はデータの細部を出しながら指さす。女はその言葉にまた身を乗り出し何か言おうとしたが、それを数値が押し止めた。確かに彼の言う事は正論だった。
「そうかもしれないけど…実際やってみなきゃわかんないわ。これだって前回のバージョンのままでシミュレーションしてるんでしょ?意味無いわよ。実戦になればこんなデータあてにならないもの。あーあ、誰か対戦してくれないかしら…」
 理屈ではわかっているのだが、それを認めるには相手が悪かった。彼女の態度に案の定男は苦笑する。
「そうかな?条件は一緒、という点では前回も今回も変わりは無い。それにこれやってくれって言ったのは、君だぜ。第一…」
「わかってるわよ。まったく、女の理屈にいちいち反論しないで。そういう男はモテないわよ」
 男の言葉を無理に遮り、席を立つと部屋から出て行こうとする。が、男はそのまま言葉を続けた。
「…第一、掲示板見てないのか? 来る途中にデカデカと張り出されてたろ?」
ドアノブに手を掛けたまま彼女は振り返り、男はそこで初めて画面から顔を上げると彼女の方に振り向いた。 やはり、顔は苦笑のままだったが。
「Wisp氏所属のクレセント嬢と対戦だ。オーナーはもう返事を出した。今頃格納庫じゃみんなバクヤの最終調整してる頃だ。俺もそろそろ行かなきゃな」
 パソコンからディスクを抜き取ると胸ポケットにしまい部屋の電気を消した。そして彼女の所まで来ると脇をすり抜け半開きのままの扉を押し開ける。彼女は面食らった様に立ち尽くし思わずその後ろ姿を見送った。が、数歩先で男が立ち止まり、振り返る。
「ほら、俺の仕事にはパイロットも必要だ。あのシミュレーション通りにならないようにやる事はいくらでもある。もう数日も無いからな」
 ぐずぐずするな、と言ってまた歩き出した。
「な、なによ。さっきはプログラムに問題は無いとか言ってたくせに」
数歩後ろで彼女はブツブツ言いながら渋々付いて行く。と、今度は振り向かなかったが、
「馬鹿じゃないんだ…そのためのシミュレーションだろ? まかせとけって」
そう言って男は後ろ手に拳を上げ、ぐっと親指を立てる…。


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