俺は美姫ちゃんの試合を見届けると、車を回しに一度外に出た。鮮やかな勝ちを納
めた美姫ちゃんへの歓声が、まだ聞こえる。
俺は外来関係者用駐車場から、私物であるトライラインを出す。ファミリータイプ
とラリータイプが変に融合した様な、フソウ製の4ドアだ。
あまり売れなかった様で、社員に安く回ってきた。
会場を半周する様に車を走らせると試合用機材搬入口が見えてくるが、さすがに試
合の無い者は入れない。
俺はその脇に車を止めると美姫ちゃんの出て来るのを待った。
一時間弱、さすがに早く来すぎたかとシートを倒し横になる。
が、すぐに窓を叩く音がした。
俺ははっと起き上がり窓を開ける。そこには美姫ちゃんが申し訳なさそうに立って
いた。
「あの、お待たせして申し訳ありませんでした。」
かなり急いだのだろう少し息を切らしている。
「いや、そうでもないよ。それよりこんなに早く出て来ちゃって大丈夫? 試合の後
の処理とかは?」
シートをもとに戻し、ドアのロックを外して美姫ちゃんの乗せる。
「千冬さんと機体の方はレアさんが任せてもいいと言ってくれましたので……」
と、出てきた会場の出入り口を見る。そこには千冬さんとレアちゃんが立っていた。
俺はまた窓を開け挨拶すると千冬さんは会釈をレアちゃんは手を振ってくれた。
「じゃ、行こうか。」
はい、という美姫ちゃんの言葉を合図に俺はエンジンをかける。
と、フロントガラスに様々な情報が浮かび上がった。一昔前に流行り、事故につな
がるという事で、無くなりつつあるウインドディスプレイだ。
車の状態、周辺の状況がいっぺんに映し出され、異常が無いのを確認すると消えて
いく。
俺には見慣れた景色だが、隣で美姫ちゃんは驚いた様に目を大きくしている。
「見た事無い? これ」
俺は美姫ちゃんの反応に満足するとゆっくり車を走らせる。
「……は、はい。私、あまり自家用車には乗りませんから」
「最近の車には付いてないんだよ、運転手が確認しなくても車のAIが状況を確認し
てくれるからね。AKと一緒だな。でも、俺はやっぱり最後は自分で確かめたいから
このシステムも積んでるんだ。高いんだぜ、これ」
給料安いのに、と嘆くと、美姫ちゃんは隣でクスクスと笑う。
その顔を見て少し安心する。試合の後は結構ナーバスになったりする事があるのだ
が、美姫ちゃんは別に気負って無い様だった。
「あ、試合勝ったな。これでエースだ、おめでと」
あれは誰が見ても鮮やかな試合であった。
俺が手放しで褒めると、美姫ちゃんは照れたようにうつ向く。
「ありがとうございます。試合、見てて頂けたんですね」
「もちろん、職権乱用で特等席で見てたよ。そんであの試合だろ? こりゃ早く会っ
て褒めてあげたくなって急いで車取って来たんだ。ほんと、凄かった」
俺の言葉にますます恥ずかしそうに下をむく。
膝の上で合わせた手がギュっと結ばれていた。そんなしぐさに俺も少し恥ずかしく
なると、他の試合の話しに話題を移した……。
都市環状線を幾つかくぐり、サングロイアの郊外へ車を走らせる。
平日な事もあって特に渋滞も無く、目的地へ着いた。
「わぁ……、綺麗な所ですね。」
ちょっとした空き地に車を止め、少し歩く。紅葉が始まっている木々を抜けるとそ
こに大きな川と向こうに滝が現れた。
「メリソン川の上流。都市に入っちゃうと整備されちゃうからね。こういった自然っ
てのは車で来ないとなかなか見れない。」
川原へ降り川のすぐそばまで来ると美姫ちゃんはゆっくりと川の水に手を入れる。
「あ、冷たいです」
「そりゃあ、もう10月だからね。山じゃもう冬って所だな」
「紅葉ももう終わりですね……。前に紅葉を見に行った時よりもだいぶ葉が落ちてし
まってます」
「ああ」
「でも、意外でした。瓜畠さん、あまりこういう所好きじゃないのかと思ってました
から」
川原を滝に向かって登る。
前を行く美姫ちゃんは格闘技をやっているだけあって岩を調子よく上がっていく。
「電気と機械に埋もれた生活してるから、外には出ないんじゃないかと思ってた?」
「いえ、そういうわけではないんですが……」
「結構好きだよ。って言うか俺、自然とかそういう中じゃ川が一番好きなんだ。海と
かよりもね。それもこういう上流の方がいい。若い頃は友達とかに変わってるとか、
おっさん臭いって言われたけど」
自分の言葉に苦笑いをすると、すぐ前を歩いていた美姫ちゃんが急に振り返った。
ぶつかりそうになり俺は美姫ちゃんの身体を抑える。
「いえ、そんな事ありません。私も川、好きです」
真剣な眼差しでじっと見つめる。どうも俺を傷付けたんじゃないかと、不安になっ
たのだろう。
俺はその顔に笑いかけると美姫ちゃんの頭を撫でてやった。
「そりゃよかった。お互い好きなものが同じだと楽しいからな」
思ったより近くに俺の顔があったので焦ったのか、ばっとまた向こうを向いてしま
った。俺はその仕草にさっきとは違った苦笑をし頭を掻いた。
滝は近くまで来ると結構な大きさで、水の落ちる凄い音に、俺と美姫ちゃんはくっ
つき、しばらく景色を見ながらたわいも無い会話をした。
「瓜畠さん、自然とかも好きなんですね」
早めの夕食をしようという事になり、帰りながら美姫ちゃんは少し嬉しそうに話す。
「ああ、まぁ、電気街とかも好きだけどね。あ、そうだ。毎年夏に、俺ら整備員達で
キャンプに行くんだけど、今度から美姫ちゃんも一緒に行こうか?」
俺の何気ない言葉に、美姫ちゃんはまた振り向く。
「整備員って言ってもみんなの家族や彼氏、彼女、他のドーラー達もみんなでわいわ
いやってるんだ。結構な大人数で行くんだけど」
「私なんか行ってもいいんでしょうか?」
俺の急な言葉に戸惑いながらおずおず話す。
「もちろん。って言ってもまだ来年の話だけどね。う〜ん、遠いなぁ。冬にでも温泉
旅行企画しようかな〜。そしたらもうすぐ行けるな〜」
彼女の戸惑いが面白く、どんどん話を進める。
案の定、彼女は慌てた。
「ちょ、ちょっと待って下さい。私の一存では何とも……。みんなや大旦那様にも聞
いてみませんと……」
本当に申し訳なさそうにつぶやく。今度は俺が少し慌てた。
「ま、まぁ、ほら、無理矢理ってわけにもいかないからね。それに急な話じゃ、良い
事も駄目になっちゃうし。来年の夏でも待つよ」
さ、戻ろう、と俺は立ち止まった美姫ちゃんを促し、先に立って歩き出した。
「はい。きっと連れて行って下さいね」
その後ろから美姫ちゃんが呟き、そっとシャツの後ろを掴んだ……。