Fallen Angel その16


 〜Epilogue〜

 ねっとりと絡みつくような闇の中。
 時間も空気の流れも全て止まっているかのような錯覚を受ける程、静謐で死の臭いに溢れたその場所。
 その静けさと停滞した運命の流れを切り裂くように、鋭い音が響いていた。
 音の中心には十字架の形の磔台があり、そこに一人の女性が架けられている。
 手足を鎖で縛られ、うなだれた頭から流れるような金色の髪が真下に向けて垂れ下がっていた。
 その女を傍らに立つ緋色の髪を持つ長身の男が鞭で何度も打ちつけている。
 女は暫く前から鞭打たれていたらしく、服のあちこちが破れ皮膚の裂け目がそこからのぞいていた。

「どう、反省した?」

 その十字架がある場所をずっと見下ろせるような高みから乾いた声が響く。
 声に合わせて、男が鞭を振るう手がぴたりと止まった。

「カインに様子を見させておいて正解だったよ。
 ねえ、アニタ。
 僕はあんな余計な事をしろと言った覚えはないよ。」
「…申し訳…ありませんでした、シャルル様…。」

 呻くように言った女の唇から紅い雫がこぼれ落ちる。
 その手に鞭を持った長身の男は無言のまま怜悧な光をたたえた瞳でそれを見つめていた。

「僕の天使が万が一失われるようなことがあったら、お前の命が幾らあっても足りないような目に遭わせてやる。
 ……彼女が死ねば、きっとその波動は僕に伝わってくるからね。
 あれから五日も経ってその気配が無いところをみると、まだ無事なようだけど。」

 感情的に高ぶっていた声がふと止まり、何かを考えているような沈黙。
 それから、声は少し落ち着いた調子でまた言葉を紡ぎはじめる。

「念のため、僕の天使に監視をつけておいたほうがいいかもしれないね。
 前みたいに横からさらわれるような真似、僕はもう耐えられそうにないし。
 ……カイン。」
「はい。」

 名前を呼ばれた男は声のほうへ身体を正対させると、鞭を持ったまま跪いた。

「その役目は、お前に任せる。
 逐一報告するように。」
「シャルルさま、その任はわたくしが……!」

 声を遮るようにして、女が顔を上げて言葉を発した。
 それを聞いた声の主が眉をひそめる気配。

「呼ばれもしないのに口を利いたね?」

 その言葉が男に対する命令であったかのように、男は立ち上がるとまた女に鞭を振るった。
 風を切る音に次いで、鋭い破裂音が辺りに響き渡る。
 その残響音が終わる頃に、淡々とした調子を崩さないままの柔らかい声。

「駄目だよ。
 アニタは、つまらない嫉妬心でまた何をしでかすか解らないからね。
 僕を慕ってくれるのは嬉しいけど、さ。」

 声の主が含み笑いを漏らす。
 女は反論することなく、力無くうなだれていた。
 それから、声はそこには自分の世界を創ると歌うような抑揚で呟いた。

「愛してるよ、ぼくの大切なフィーナ……。」


<続劇>




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