Fallen Angel その9
「……なんで、俺が電話すんだ。」
ヴィンセントは不機嫌そうにそう言った。
わたしは続けてノートに文字を書く。
『勝利に、わたしがここに居ることを知られたくない。
彼が無事かどうかだけ確認してくれればいいから。』
「……しかしなあ……。」
『どうせ携帯だから。
喋れないわたしが電話したって意味無いでしょう』
それでもまだ返事を渋るヴィンセントに、わたしは両手を組み合わせて懇願する。
お願い。
わたしに出来ることなら何でもするから。
ヴィンセントは大きく溜め息をついてわたしの頬に片手を当てると、強引に上を向かせた。
一瞬キスされるのかと身構えてしまった程の至近距離から、彼の低い声が響く。
「番号。」
仏頂面のまま、ヴィンセントがわたしに端末を差し出す。
わたしは泣き笑いになりながら、彼にもう一度頭を下げるとそれを受け取った。
勝利の携帯電話。
番号を聞いてはいたが今まで一度も掛けたことはない。
だが、わたしの指はまるで何度もその軌跡を辿ったことがあるとでもいうようにスムーズにその数字を押していた。
全て押し終えると、端末を彼の手に戻す。
彼が電話本体の前に移動する足音を聞きながら、わたしは念のためにTV電話のカメラの視界に入らないようにソファの上に横になった。
ヴィンセントが気を利かせて音声をスピーカに切り替えてくれたらしく、コール音が部屋に響く。
わたしは自分の鼓動をやけに大きく感じながら、勝利が電話に出るのを待っていた。
『はい、勝利……。』
時間的に、今頃は銀の竪琴亭でお酒を飲んでいたのかもしれない。
少し賑やかな背後の雑音とともに、彼の声が響いてくるのをわたしはまるで百年ぶりに聞くような気持ちだった。
「おう、暫くぶり。
ヴィンセント・シモンズだ。」
『ヴィンセントはん?』
いつもの調子で喋るヴィンセントに、勝利が怪訝そうに聞き返す。
これが女の子からの電話だったならもっと愛想がいいのだろう。
わたしは懐かしさと嬉しさで泣き出しそうになりながら彼の声を聞いていた。
「まあ、ちょっと唐突な事を訊くようで悪いが……最近、お前の周りで最近不穏な動きがあったりはしないか?。」
『何や、それ。
それよりも、ヴィンセントはんがなんでわいの携帯の番号知ってるんや。』
「まあ、そこはそれ、だ。
で、どうなんだ?」
勝利に突っ込まれてヴィンセントが苦笑する気配。
『……なんでヴィンセントはんがわいの心配するんや。
何もあるもんかいな。』
「そうか、なら良かった。」
……良かった。
勝利の返事を聞いて、わたしはほっと胸をなで下ろした。
シャルルは、まだ勝利の方へは手を出していない。
まだ知らない、という可能性もあるがとりあえず彼は無事なのだ。
『わいの事よりも、フィーナの方を心配したったらどや。
行方不明なんやろ。』
「……ああ……そう、だな。」
僅かな怒気を孕んだ勝利の声音に、ヴィンセントは歯切れ悪く返事をする。
『なあ、なんで急にわいのところに電話してきたんや。
なんやおかしいで。
ヴィンセントはん、なんか知っとるんとちゃうん?』
勝利の台詞がやや焦りを含んだものに変わる。
「いや、別に。」
『別にってことないやろ。
なあ、教えてくれへんか?』
「……もう、切るぞ。」
『ちょお、待ち……!』
ヴィンセントは追いすがる勝利に素っ気なく返事をすると回線を切った。
わたしの方までゆっくりと歩いてくると、ソファの上からわたしの顔をのぞき込むようにして声を掛ける。
苦虫をかみつぶしたような顔で、一言。
「……これで、良かったのか。」
わたしは目を閉じると身体を起こさないままで頷いた。
ヴィンセントはわたしの身体を抱き上げると、無言でベッドまで運ぶ。
「寝てろ。」
わたしに布団を掛けた後、ヴィンセントは短くそう言った。
どこへ行く、ともいつ帰る、とも告げずにテーブルの上にあった財布を掴むと大股で部屋を出ていく。
わたしは溢れ出そうとする感情を抑えるように唇をかみながら、自分で自分の肩を抱きしめていた。
<続劇>
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