深きココロの淵より その7
勝利はペングリフォンを抱えて走りながら、竜胆丸の能力を只のテレパシーというよりも強力なヒュプノティズムを伴ったものであるという事を分析していた。
まだ冴えない顔色ながらも、彼の足に合わせるべく一生懸命となりを走る少女の横顔を見ながら、彼は心底彼の故郷の社会システムを嫌悪する。
月園寺。
全ての子供たちは”院”の為ならどんな犠牲も喜んで払うべし、と教えられて育つ。
そして、彼女はその中でも”院”を守る為に遺伝子操作やその他ありとあらゆる生物研究を行っている機関から生み出された、生粋の人造人間。
自分と同じだ、と勝利は思う。
自分だって、壬井院の血を絶やさぬ為に生み出された強化人間なのだから。
ただ、決定的に違うのは違うのはお互いに付与された能力と……その、考え方。
竜胆丸には骨の髄まで”院”に使えるべき者としての考え方が浸透してしまっているのだ。
「おっと、ここらへんでええやろ。
少し休もうや。」
走っていくうちにいつのまにか一行は少し大きめの公園まで出ていた。
勝利は竜胆丸の体力が限界近いことと、それでも自分が休もうと言い出さない限り彼女は走り続けるだろうということを知っていたので、彼女にそう声をかける。
もう言葉を発する力も残っていないのか、竜胆丸はただ頷いただけだった。
両手がペングリフォンで塞がっていなければ、彼女を抱きかかえて走るくらい出来たのだが。
勝利が腕の中を見下ろすと、ペンギンはまだ意識を失ったままぐったりとしていた。
公園の噴水の近くにベンチを発見して、彼は腰を下ろす。
彼に促されて、竜胆丸もおずおずと彼の隣に座った。
彼女の胸は走ったこととその前に行った数々の力の行使の影響で激しく上下している。
「ペンさま……。」
まだ呼吸を落ち着かせられないままではあったが、竜胆丸はじっと休んではいられないらしく、勝利の腕の中を心配そうにのぞき込んだ。
依然としてペングリフォンはぴくりとも動かない。
「あの医者、病気の治療はちゃんとしたんかな?」
「ええ、それは確かに為されておりますの。
その過程で、ペンさまがあまりにも人間の言葉を解っている風なそぶりをなさったので、それを興味深く思ってあのような暴挙に出ようとなさったのですの。」
勝利が誰ともなしに質問するのへ竜胆丸が答えて、次いで唇をきゅっと噛みしめる。
彼は期待していなかった確固たる答えが彼女か返って来たことに驚き、全ての状況を解っている風な彼女の顔をまじまじと見つめた。
「……記憶を封印する際に、あの男の方の思考を読ませて頂いたのですの。」
勝利の視線に気がついて、竜胆丸が説明をする。
彼女の答えで彼はその疑問については納得するが、また別の疑問も沸き上がってきた。
「そやけど、あの医者MM見てへんのやろうか?
ペンギンはんがパイロットやっちゅうんは結構有名や思うんやけどなあ。」
「普通の試合は、コクピットの内部までいちいち中継されたりしませんの。
だから、一般には本当はペンさまではなくりんが操縦していると思われているみたいですの。」
竜胆丸はペングリフォンの手柄を認めて貰えない事が心の底から悔しいのだろう。
彼女は悲しそうに笑うと、視線を敬愛するペンギンの上へと戻した。
「そないなもんなんかなあ……。」
と、勝利が竜胆丸につられてペングリフォンを見た、その時。
彼の黒と白の身体がぴくり、と動いた。
「おっ?」
「ペンさま……?」
竜胆丸は視線を固定させたまま、片手をこめかみに当てる。
テレパシーでも彼に目覚めたかどうか呼びかけているのだろう。
そしてペングリフォンはまだ気だるげな風情ながらも、なんとかその身を起こした。
辺りの状況を確認しているのか、ふらふらと頭部を回転させている。
「ペンギンはん、気がついたんやな。
どや、気分は? 何も痛いとこあらへんか?」
ペングリフォンはそのつぶらな瞳で勝利の顔を見上げ、一度大きく頷いた。
竜胆丸はそれを見て、安心したようにふわりと微笑んだ。
彼の回復を心から喜んでいる、無邪気な笑み。
「良かった良かった……ん?」
勝利が笑いながらペンギンの頭を撫でていると、突然彼の肩に重みがかかった。
驚いてその方を振り向くと、竜胆丸が彼にもたれかかって眠ってしまっている。
ペングリフォンの無事を確かめて、はりつめていた緊張が一気に緩んだのだろう。
それまでに重なった疲労も手伝って、眠り込んでしまったに違いない。
それは、安らかな寝息だった。
「ちょお、待ちいや!
こないなとこで寝たらあかんで!」
だが、当然勝利は焦った。
ペングリフォンを彼女と反対側のペンチの上に下ろし、竜胆丸の肩を揺さぶる。
しかし彼女はすっかり頭を垂れてしまっていて、全く起きる気配は無かった。
「か、勘弁したってや……」
ペングリフォンのくりくりした瞳に見つめられながら、勝利は天を仰ぐ。
彼にとって、今日が忘れられない休日になるのは確実のようだった。
<終劇>
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