1stミッション・聖なるバスを狙え!(後編)
正義のヒーローと悪の帝王は、二人の世界に入ってしまっていた。それからは、お約束の応酬である。
新たな武器を得たアレクは、めちゃくちゃに剣を振り回した。あまりの猛攻(?)に、シリウスはじりじりと後退する。すぐ後ろにはジャングルジム、もう逃げ場はない。
「ふっ、もう後がないぞ」
剣を止め、アレクは言い放った。目には敵を嘲るような表情が浮かんでいる。無論、彼は敵を実力で圧倒したと信じていた。
「がんばれー!」
園児たちの声援が、ピンチのシリウスに飛ぶ。ちらりと観客を見、アレクはタメを作った。
「終わりだ!!」
青い軌跡を描いて、ソードが斜めに打ち下ろされた。息を呑む子供たち。
しかし。
「なにっ!?」
ビームセイバーは、虚空を斬っていた。敵を見失い戸惑う悪の帝王に、子供たちが叫んだ。
「うえー、うえだよ!」
ジャングルジムを見上げたアレクの目には、光を背に立つ敵の影が映っていた。嫌になるほどお約束すぎる。
「お前に勝機はない!おとなしく降伏しろ!」
シリウスが、眼下の敵に言葉を投げつける。
「‥‥降りてこい、決着をつけてやる」
悪の帝王風に渋く決めてみたものの、園児たちはシリウスのパフォーマンスに喝采を上げている。自分の味方はこの場にいないのか、と少し悲しくなるのはどうしようもない。
シリウスは大きくジャンプすると、アレクの後方に降り立った。すぐさま振り向き、セイバーを両手で構える。シリウスも既に身構えていた。
ここがこのショー最大の見所である。園児たちは黙って、勝負の行く末を見守っていた。
剣を正面に構え、二人は相手を見据える。にらみ合いはしばらく続いた。
先に動いたのはアレク。続いてシリウスが地を蹴る。シリウスの視線はただ一点に注がれている。アレクが剣を振りかざした時、バスタードソードがその小さな標的を捉えた。
雌雄は決された。ビームセイバーが宙を舞う。敵の剣によって弾き飛ばされたのだ。
「くっ‥‥」
右手を押さえ、アレクは片膝をついた。地に落ちた発振器からは、青い輝きは失われている。敵の一撃によって、叩き壊されたようだ。
敗北感が押し寄せてくる。それに追い打ちをかけるように、シリウスの剣が、まっすぐアレクに突きつけられた。
「悪は正義に勝てない。お前が負けたのもすべてそのせいだ」
「‥‥違う!私の慢心が、貴様に勝機を与えてしまったのだ‥‥」
よろよろと立ち上がりながら、それでも強い口調でアレクは言った。
「今日のところはこれまでだ。次に会う時が、貴様の最期‥‥覚えておくがいい!」
悪の帝王としての威厳を保ちつつ、戦いを見守っていたフェルの方へと歩み寄る。その時を待っていたかのように、園児たちは一斉にシリウスに駆け寄った。これでアレクの無様な姿が彼らの印象に残ることはないだろう。
今やフェルは完全に呆れ返っていた。鈍感なアレクの目にもそう見て取れたほどである。言葉をかけるのもためらわれたが、フェルにはやってもらうべき仕事があった。意を決して、部下に言う。
「発振器とフラムベルクを拾ってきてくれ。子供たちが怪我でもしたら困る」
「‥‥‥‥わかりましたよ」
力なく言い残し、フェルは上司の命令を果たすべく、園児たちのほうへと歩いていった。
「アレク様、残念でしたね」
ようやく喋れるようになったヘカテが、主人を慰める。
「あの程度では、私も全力を出す気にはなれぬ」
全力以上のものを出していたのでは、とヘカテは思った。しかし口に出したのは別のことだった。
「これから、園児たちを送り届けなくてはなりませんね」
「そうなんだが‥‥彼らは私よりも、シリウスを気に入った様子でな」
苦笑を浮かべ、子供たちを目で追う。シリウスは園児にもみくちゃにされて、明らかに嬉しそうだ。
ふと、アレクは何かを思いついたように目を輝かせた。さきほどまで対峙していた敵に向かって、大声で叫ぶ。
「シリウス!貴様も正義ならば、その名にかけて子供たちを無事幼稚園まで送り届けろ!!わかったな」
「任せておけ!‥‥っておい!!」
シリウスの答を待たず、アレクはその場から消えていた。最も面倒な事後処理を敵に押しつけ、自称悪の帝王は広場を後にしてしまったのだった。
長い長い一日が、もうすぐ終わろうとしている。日が傾きかけ、空が赤くなりはじめた時刻、フェルはようやく悪の秘密結社に戻ってきた。肉体的な疲労はないが、精神的には疲労困憊である。
「ご苦労だったな、フェル」
大きくため息をつく彼に、先に戻っていたアレクが声をかけた。それには答えず、回収してきた武器の残骸が入った紙袋を乱暴に机に放り投げる。
「今回は惜しくも失敗してしまった」
アレクがさして残念でもなさそうに言った。
どこが惜しいんだ、とフェルは思う。そもそも「子供たちに話を聞かせてそれを広める」などということ自体、成功するはずがない。しかもあんな場所であんな奴と‥‥と考えかけ、彼は最も言いたかったことを思い出した。
「さっきのあれはどういうことですか、アレク様!?何もあそこで、本当にショーをやることはないでしょうっ!!」
すごい剣幕で机を叩くフェル。その振動で、袋の中の金属が小さく音をたてた。
対して、アレクは平然と答える。
「呼びもしないのに敵がのこのこやってきたのだ。悪の帝王たる私としては、叩いておかねばなるまい」
「逆に叩かれてどーするんです!?しかもあのビームセイバー‥‥なんであんな役に立たないものを持ってるんですか」
「言っただろう。私は人を傷つけるのは嫌いなのだ」
「はぁ‥‥そうでしたね。でも今回のことで、シリウスはヒーローですよ‥‥少なくとも園児の間では」
「私とてそれは同じ。強く美しい悪の権化として、鮮烈に彼らの記憶に残ったはず」
「負けておいて『強く美しい』もありませんよぉ」
「今日のところはな。しかし次だ。次こそは、シリウスに一矢報いてやるさ」
「え‥‥次?」
不敵な表情で語られた思いもよらぬ言葉に、フェルが恐る恐る尋ねる。
「次も、何か‥‥やるんですか?‥‥シリウスと?」
「ふっ、こんなこともあろうかと、いま一度幼稚園バスジャックを‥‥」
アレクは得意げに一枚の計画書を見せた。フェルが戻ってくるまでに書き上げておいたらしい。
瞬時に憤怒の炎に染まるフェルの瞳。驚くべき速さで紙をひったくると、フェルは情け容赦なくそれを破り捨てた。
「二度とごめんですっ!!」
声高にこう叫ぶ。すぐにきびすを返し、フェルは大きな足音を響かせて部屋を出ていった。
遠ざかる部下の背をアレクは呆然と見つめていた。何故不機嫌なのかがわからない、といった様子である。
「あいつは何を怒っているのだ?」
「‥‥おわかりにならないのですか?」
主人の鈍感さに閉口しつつ、ヘカテが言った。もっともこれは今に始まったことではない。昔からアレクはそうなのだ。しかし最近、特にその傾向が顕著になったような気がする。
「まあいい。‥‥まったくフェルの奴、せっかく書いた計画書を‥‥仕方ない、書き直すか」
前向きなアレクは、再び計画書を書くべくペンを取り、すぐに置いた。
「そうだ、パソコンのほうがいいな」
「懲りない方ですね」
「ふっ‥‥そうでなくては、宇宙を手に入れることなどできぬ。私の目的は、あくまでも宇宙の覇権なのだからな」
そう言うと、アレクは星の大海に思いを馳せつつパソコンに向き直った。ここサングロイアに次なる悪をもたらすため‥‥そしてやがては、宇宙を漆黒の闇で覆い尽くすために。
終
|