邂逅
2435年、惑星リーヴン軌道上にて。
カザン帝国近衛第一軍「シュワルツリッター」旗艦「オルトロス」
「まったく、くだらん任務だな。」
シュワルツリッター司令ハインド・フォン・キルリードは面白くもなさそうに呟いた。今回の彼の任務は惑星ルーメンヴェイの調査である。惑星ルーメンヴェイは緑の豊富な居住可能の惑星である。この惑星からの定期報告が遅れている為に、今回彼の艦隊が出動する事になったのである。
「仕方がないでしょう。任務は任務ですから。」
副官がたしなめるように言う。そんな事は彼も分かっていた。ただ、何故辺境の一惑星の為にわざわざ近衛第一軍を動かすのか、それが分からなかった。近くの辺境警備艦隊にでも任せた方がずっと効率的ではないか。
その時、報告を持った通信士が心配そうに話し掛けてきた。
「閣下、リーヴンへ行った先発隊からの応答がありません。」
「そうか。・・・・・・全艦に通達、これより降下を開始する。」
「ハッ!」
1万数千隻の戦艦が、緑の惑星に降下をはじめた。
リーヴン惑星上に着くと、ハインドは新たに先発隊を編成し、近くの都市の探索を命じた。
数時間後、今度は副官が報告書を持ってきた。
「閣下、またも先発隊は帰ってきませんでした。どうしたのでしょうか?」
「何かあるな・・・・・・次は私が行こう。」
「なんですと!お止め下さい!」
「心配するな。取って食われる事もあるまい。」
ハインドは無表情にそう言うと、50人にBクラス装備(準戦闘態勢)をさせ、星都コールンへ向かった。
星都コールンは辺境の都市にしては大きかった。だが、不思議な事に人の気配が全くなかった。ハインドは付いて来た副官に訪ねた。
「どうしたのだこれは?人が全く居ないではないか。」
「私にも分かりません・・・」
「・・・・・・通信機は持って来ているな。帝都につなげ。」
「ハッ!」
「・・・・・・つながりました。」
「何の用だ、提督?」
通信に出たのは、科学技術長官ウィルヘルム・フォン・ローエンハイン伯爵。型にとらわれる堅物との評判である。
「財務長官にお聞きする。我々は惑星リーヴンの調査に来ているのだが、星都コールンに全く人気が無い。・・・・・・一体どういうことなのですか?
この星で何が有ったのですか?何故、我々近衛第一軍が出動という事になったのですか?今回の任務は不可解な事が多すぎますな。」
「・・・・・・お応えしよう、先日閣議にて明らかになった事だが、その星は実験場なのだ。」
「実験場?」
「遺伝子工学のな。いわゆる不老不死の研究だ。」
「不老不死?」
ハインドは苦笑した。いつの世にも権力者というものは不老不死に憧れる者だ。
「そして、その科学者グループはついに不老不死の薬を完成させたらしい。」
「ほう・・・・・・」
「だが、問題が起こった。奴等は惑星リーヴンの人民を人体実験に使ったらしい。本当だったら、許すわけにはいかん!」
「いわゆるマッドサイエンティストだったわけですな・・・・・・・」
「そうだ。そこで君たちに調査を命じ、真実だったら逮捕、もしくは射殺を命じる予定だったのだ。どうやら真実のようだな。」
「それだけ、ですか?」
「・・・・・・余罪だが、そやつらは密かに太陽系連合への亡命を考えているらしい。
だが、関係の無い事だ。」
本音はそれか。ハインドは思った。上級貴族の連中が、人体実験ごときでここまで騒ぎ立てるはずはない。不老不死の薬とやらが太陽系連合へ流れるのを恐れた結果だろう。
「改めて卿に命じる、科学者連中をその場で処分し、実験データを持ち帰れ。」
「・・・・・・御意。」
くだらない仕事だとは思ったが、その上ろくでもない仕事だったか。
ハインドは内心ため息を吐いた。
話に聞いた実験場は政庁の地下だった。薄暗い建物の階段を降りると、地下実験場のものと思われる扉があった。
「開くか?」
ハインドの声に、副官が答えた。
「少々お待ち下さい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・開きます。」
中は異様に広かった。奥の方には無数のカプセルが並んでいる。カプセルの中には様々な者が入っていた。おそらく、以前は人間だったのだろう。いまではその形を留めている者はほとんどいない。
手前の方には実験器具と大きな机があり、机の前には3人の老人がいた。おそらくは例の科学者たちだろう。無情なるハインドの声が響く。
「遺伝子工学の科学者達だな。」
「・・・・・・いかにも。」
真ん中の老人が答える。この場において薄ら笑いを浮かべていた。
「帝国上帝陛下の御名において貴様らをこの場にて処刑する。但し、実験データを渡すのならば、格別の慈悲をもって釈明の場を与える。」
「我々が何をしたというのだ?」
「人体実験だ。証拠は貴様らの後ろにあるカプセルで充分だな。」
「人体実験?だからどうしたのだ?君たち貴族は「大義の為」とかいう理由でたくさんの人間を殺しているではないかね?「科学の為」という方が、余程人類に貢献しているとは思わないかね?」
老人達は全く悪びれる様子無く言った。なおもハインドは続ける。
「・・・・・・そして、太陽系連合への亡命を図った。」
「・・・・・・・・・・・・」
老人たちは無言で机の下のスイッチを押した。その瞬間、ハインドと老人達との間に何かが降って来た。それは、腐った人間。つまりはゾンビである。
「我々は遺伝子工学者だからな。こういう事は簡単なのだよ。」
老人達が勝ち誇ったように言う。
瞬間的にハインドは懐のレーザーサーベルで目の前まで来たゾンビを切り裂いた。ゾンビは低いうめき声を発すると、床に倒れて動かなくなった。
「こんなもので我々を殺す気か?」
「おやおや、先刻までの部下に対して切り付けるとは・・・・・・」
「なに!」
老人達が嘲笑うように言うと、ハインドは呆然と立ち尽くした。その瞬間、彼は左腕に激痛を感じた。
老人の一人がにやつきながら拳銃を構えていた。別の老人がハインドに語り掛ける。副官以下部下達は、ゾンビと戦っていたが、もうすぐ決着が付きそうだ。
「感謝したまえ。その弾薬は不老不死の薬の副産物だ。」
「副産物?」
「そもそも不老不死の薬というのはヴァンパイアの血から造られていてな。それを飲むと不老不死の力が得られる。そればかりでなく、ヴァンパイアの異能力たる常人の数倍の力と驚くべき回復能力が得られる。もっとも、ヴァンパイアよりかは少し劣るがな。」
「・・・・・・」
「その代わり、ヴァンパイアの弱点たる日光や血液補充の心配が一切ない。つまり、これを使えば、まさに最強の兵士を造る事が出来るのだ!」
「・・・・・・で?」
ハインドが面白くなさそうに聞く。その声を聞いて、老人はますます声を高くして喋った。
「今、君に撃った弾薬には、通常の数倍の濃度の薬が詰め込まれている。これを撃ち込まれた者は、数十分で身体が若返り、あっという間に赤ん坊に戻ってしまうのだよ。・・・・・・そろそろ体にも回り始める頃かな?」
「随分と回るのが遅い薬だな。良い事を聞いた。」
「なに?」
その瞬間、レーザーサーベルでハインドは自分の左腕を切り落とした。老人達の目が驚愕の色を隠せていない。
その瞬間を彼は見逃していなかった。すぐさま踏み込み、老人達に向かってレーザーサーベルで切り付ける。
希代の科学者達の首は地に落ちた。
「閣下!」
ゾンビを片づけた副官達が駆け寄る。どうやら左腕の傷口が開いてしまったようだ。折角レーザー切断で血が出ていなかったのに、とハインドは考えた。
「旗艦に戻るぞ・・・・・・」
「ハッ!」
数時間後、惑星リーヴン軌道上、旗艦「オルトロス」
副官がベッドの側でハインドに聞いた。
「閣下、お呼びでしょうか?」
「・・・・・・原子還元ミサイルを用意しろ。」
「は?」
「目標は惑星リーヴン核。」
「か、閣下・・・・・・」
「命令だ。聞こえなかったのか?」
「・・・・・・了解。」
こうしてこの事件は闇に葬られた。帝国政府は、惑星リーヴンは火山の大規模爆発により消滅と発表した。
ハインド・フォン・キルリードの身体にも変化が起こっていた。どうやら例の薬の影響で成長系遺伝子がおかしくなってしまったらしく、彼は成長のリズムが一定でなくなった。あるときは老化したり、またあるときは若返ったり、さらには静止したりと、いわゆる半不老不死になったようなものである。しかも恐ろしいのは、成長、老化のスピードが恐ろしく遅い為、自分でも今若返っているのか老化しているのか判らない事だ。自分がいつ死ぬか、そして死ねるのかどうかさえも判らないのだ。
「・・・・・・やはり不老不死とはろくでもないものだったな。」
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