賭けの結末 〜ゼルヴァくんの場合〜(後編)


 話が一段落したところで、ふと空を見上げる。まずい、もう暗くなりかけてるじゃねーか。あわてて時計を見ると、あと少しで夜の7時という時間。

「やば、もうこんな時間だ。早く宇宙港に行かないと、船に乗り遅れちまう」
「急ぎましょう、タクシーを捕まえれば間に‥‥」

 理沙ちゃんが、急に口を閉ざす。彼女の視線のずっと先に、怪しげな影が動いているのが見えた。
 あいつは多分、新星のビル前に立っていた奴だ。スーツ姿の男、見かけはただのビジネスマンってとこか。しかし、どうも妙な感じがする。もしかしたら、俺たち‥‥いや、理沙ちゃんを狙ってるのか?
 こんなことなら、何か武器でも持ってくるんだったな。ここは丸腰でいられる大学じゃないってこと、すっかり忘れてたよ。

「悪いけど、ちょっとここで待ってて」

 理沙ちゃんの返答も待たず、俺は男に向かって歩き出した。俺が無防備に近寄るのを見て、奴は訝しげな様子をしている。逃げりゃいいものを、どうしたものか戸惑っているようだ。

「あのー、すみません」

 普段より間の抜けた調子で言う。もちろんこんな緊迫した場面で落ちついていられるはずもなく、心臓は普段の何割増しかの速度で動いている。

「‥‥‥‥」

 男は、俺の態度の意味を測りかねているようだ。それは俺が狙った通りの反応だった。

「あのですね、もう‥‥」

 ここで思わせぶりに一呼吸置く。そして。

「ついてくんじゃねぇっ!!」

 大声で叫ぶと同時に、男の足を払った。男は俺の言葉に気を取られていたこともあってか、とっさに体勢を立て直すことができずによろけ、そのまま地面に頭から落ちる。男の持っていたブリーフケースが手を離れ、落下の衝撃で大きな口を開けた。
 意外にも、出てきたのは普通のビデオカメラだった。それを素早く拾い上げると、這いつくばっている男を、勝ち誇ったように見おろした。

「悪いけど、これはもらうぜ。俺のデートの大事な記録だろ?」

 どーでもいい台詞を言っている間に、そいつはとんでもないことを企んでいた。俺にそれを教えてくれたのは、いつの間にか近くに来ていた、理沙ちゃんの声だった。

「あぶない、ゼルヴァさんっ!」
「‥‥‥‥!!!こいつ、正気かよっ!?」

 パラライザーどころじゃない。男が懐から取り出したのは、超小型のビームバズーカとでも言うような代物。こんな至近距離から撃たれたら‥‥!
 男は俺に逃げる間も与えず、トリガを引いた。
 俺は来るべき衝撃に身を硬く‥‥身を硬く‥‥。
 ‥‥‥‥‥‥‥‥あれ?‥‥衝撃が、来ない。
 情けなくもぎゅっと閉じていた目を開けると、男は必死にトリガを何度もカチカチやっている。ここぞとばかり、俺は奴の頭に踵落としをお見舞いしてやった。‥‥やっと、男は動かなくなった。
 なんてこった。俺はいつも疎んじている能力(?)に助けられて、死なずに済んだのだ。
 俺はのびている男に向かって、思いっきりかっこ良く呟いた。

「‥‥俺の武器故障率を、甘く見るなよ」


「ゼルヴァさん!!」

 理沙ちゃんが走ってくる。君は俺に祝福のキスを届けにきてくれたんだねっ!さあ理沙ちゃん、俺の胸に飛び込んで‥‥。
 ‥‥彼女はのびている男を心配そうに見ている。そりゃないだろ‥‥。

「死んではいないみたいですね」
「正当防衛だから殺したって大丈夫かもしれないけど‥‥まずいっしょ、一応」
「正当防衛って‥‥これ、粘着弾射出銃ですよ」
「‥‥‥へ?」

 あ、ほんとだ。よく見るとビームバズーカなんかじゃない。‥‥ちぇ、せっかくかっこよく決めたと思ったのに。どうせ故障するんなら、もっとすごい銃を持ってこいっつーの。ったく、とことん使えない奴め。

「まぁ、考えてみたら、警察のしっかりしてるシリウス星系で殺人なんかしたら大変か‥‥」
「殺人?何だと思ったんですか、この銃?」
「‥‥なんてもない」

 照れ隠しに、いつの間にか落としていたビデオカメラを拾い上げた。その時、倒れている男の腕時計が目にはいる。‥‥‥やっべぇ!!

「もう7時半だ!!さっさと宇宙港行かないと‥‥」

 男の傍らに、一台のエアバイクが止まっている。カードキーはささったままだ。これって、こいつの‥‥だよな。

「これ借りちゃおーぜ、安い迷惑料だろ?」
「え、でも‥‥」
「あ、このビデオ、カバンの中入れといてよ。‥‥早く後ろ乗れってば!!」

 まだ躊躇している理沙ちゃんを半ば強引に乗せると、エアバイクは一直線にケルビム宇宙港へと疾走した。


 うかつにも爆睡してしまった。
 目を覚ました時には、船はもうクーリエの大気圏内にあった。あわてて起きあがって窓から下を見ると、うちの大学がけっこうな大きさで見えている。
 うそ、俺、16時間も寝ちゃったのかよ?

「ゼルヴァさん、起きてらっしゃいますか?」

 ノックの音に続いて、理沙ちゃんの声が言った。

「起きてる‥‥っつーか、今起きたって感じ‥‥」
「あと15分で着きます。早く準備してくださいね」

 すぐに足音は遠ざかってしまった。理沙ちゃんもいろいろやらなきゃいけないことがあるんだとわかっていても、ちょっと残念だ。

 俺は、はっきり言って寝起きが悪い。しばらくぼーっとしていないと調子が出ない質で、そのせいで一度目の大学入試に失敗したといっても過言ではないのだ。
 んなこと言ったって、降りる準備しなきゃいかんよなぁ‥‥。
 仕方なく俺は、いまだはっきりしない頭をひきずるように、のろのろと支度をはじめた。


 丸一日ぶりに降り立ったサングロイアは、何も変わっていなかった。
 ここはサングロイア宇宙港のヘリポートだ。研究室の奴らは、周りで忙しく動き回っている。ということは、SITまでヘリで戻るってことか。
 そういや、俺の最後の仕事も残ってるんだった。もはや見慣れた感のあるあの金属の箱を探して、それをヘリに積み込んで‥‥よし、終わりっ。

「任務完了‥‥っと」
「お疲れさまでした」

 理沙ちゃんがナイスなタイミングで声をかけた。皆も荷物の積み込みを終え、ヘリは人間が積み込まれるのを待つばかりになっている。

「みんなはこのままSITに戻るのか?」
「はい。研究会の成果をまとめないと」

 ちぇ、理沙ちゃんと二人で帰ろうかと思ってたのに‥‥まあ、他の男と二人で帰るってわけじゃないし、今日のところは許してやろう。
 でもデート、楽しかったな〜。あのビデオヤローのお陰でひどい目にあったけど、カッコイイとこ見せられて結果オーライだったぜ。‥‥そうだ、ビデオといえば。奴の持ってたカメラ、理沙ちゃんに渡したままだった。

「そういえばあれ、どうするんだ?」
「あれ?‥‥ああ、こちらで処分させてもらおうと考えています」
「処分!?もったいない、だったら俺にくれよぉぉぉ」
「それはいくらゼルヴァさんの頼みとはいえ、できません。証拠はなるべく残さないように‥‥」

 あからさまにぶーたれている俺を見て、理沙ちゃんは困惑している。そこへ彼女にとっての救いの神が来た。研究室の教授だ。

「今回は我々の研究の助手を務めてれて、助かった」

 さすがに教授相手に不機嫌な顔をしているわけにもいかず、真面目な表情を作る。

「いえ、運んでちょっと動かしただけなんで、たいしたことは」
「これからすぐにSITに戻らなきゃいかん、我々はここで失礼するよ」

 教授は俺の言葉を聞く気もないようだった。言いたいことだけ言うと、理沙ちゃんの背を押してヘリに乗り込んでしまった。
 ドアが閉められる。するとすぐに、ものすごい風が俺を襲った。鉄の塊が空に舞い上がるのをぼーっと見送る俺‥‥理沙ちゃんがすまなそうにお辞儀をしている。
 ‥‥あの馬鹿教授め、逃げたな!

「おぃ、待て!!てめぇ、教授だか何だか知らないが、覚えてろーっ!!」

 もちろんこんな声は、はるか上空の教授に届くはずもなかった。

 理沙ちゃんのファンは、何も学生ばかりじゃなかったようだ。あの野郎、こんなところに俺一人を残しやがって‥‥。
 ぽつんと広大なヘリポートに佇んでいた俺は、小さくため息をついた。やっぱ俺って、悲しい宿命を背負って生まれてきたのかも‥‥。

 こうして、俺の奴隷生活は終わりを告げた。デートもできたし、お姫様を守るという奴隷らしからぬお役目も果たせて、おおむね満足だ。
 気になるのは、あのテープの行方と、理沙ちゃんの「考えておきます」。一体どっちに考えてくれてるんだろ?まあ、どちらにしても、今の段階では俺の出方によってどうにでもなるって感じだったな。ってことは、また彼女と会う機会を作らないといけない‥‥なんだ、結局AKに乗るしかないんじゃねーか。

「よっしゃ、また明日からGF戦だっ!!」

気合いを込めてそう口に出すと、俺はヘリポートを背に、大学に向かって歩いていった。






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