無題〜後編〜

 程なくして食事が終わったが二人はまだ雑談を続けている。

アレク「実は今、悪の秘密結社友の会というものを作ろうと思っている。
    翼は私の悪に共感してくれたのだろう?会員第一号になっては
    くれないか?」
翼「アレクさんのお願いなら…ええ、入会させてください」
アレク「そうか、では早速入会届けを持ってこよう」

 アレクは席を立つと入会用紙を取りに事務所へと向かう。 翼は後かたづけをするために皿などを集めそれを台所に運ぼうと少々無理のある量を一度に持ちドアに向かって歩き始めようとしたが、次の瞬間バランスを崩し皿を落とすと同時に自分自身までころんでしまった。  転んでいる翼、周りには割れたお皿が散らかっている。

フェル「何やってんの?余計な仕事を増やしに来たわけ?」

 フェルはゆっくりと椅子から立ち上がると、翼に歩み寄って彼女を見下ろした。

フェル「用事は済んだだろ。だったらさっさと帰ってくれないかな。
    はっきり言わせてもらうけど、君……邪魔だよ」

 翼はフェルを見た。 フェルの口調と同様に彼の目は目はあくまでも冷たく、有る意味非常に危険な光を宿していた。 それを見た翼は恐怖を覚え、黙ってそれに従いフェルに一礼をすると部屋を出た。
 翼は半泣き状態でとぼとぼと廊下を玄関の方に向けて歩く。 事務所の前を通りかかったときアレクが部屋から出てきた。

アレク「翼、どうした?……泣いているのか?」

 翼は先ほど起きた事故の事をすまなさそうに告げ、フェルに帰るよう言われたので今から帰ろうとしていた所だとアレクに言った。

アレク「フェルがそのようなことを……?
    皿のことならば気にするな、形あるもの、いつかは壊れる。その程度の
    ことで怒ったりするような心の狭い私ではない。
    しかし……フェルには注意しておかねばならんな。すまないが、この
    部屋で待っていてくれ」

 アレクはそう告げると、翼を事務所の横にある社長室に迎え、ソファーで座って待っているように言うと、食堂の方に向かった。
 険しい表情でアレクが部屋に入ると、部屋には相変わらず不機嫌そうにフェルが立っていた。

アレク「フェル、翼に何ということを言ったのだ……泣いていたではないか」
フェル「邪魔だから邪魔だって言っただけです。それで泣こうが僕の知っ
    たことじゃありません」
アレク「人を傷つける言動は慎め、と言ったはずだろう。翼に謝ってこい」
フェル「嫌です。謝らなきゃいけないようなこと、してませんから」
アレク「しかし、お前の一言で彼女は……」
フェル「謝らないって言ってるでしょう!」

 フェルは今まで我慢していたのだが、ここに来て遂に感情を激発させた。普段こんな態度を取ることがない彼を見てアレクは内心少々驚いたが、表情は全く動じず…いや更に険しくなった。

アレク「……いい加減にしないと、さすがの私も怒るぞ。
    だいたいお前に翼の何がわかるというのだ?」
フェル「わかってないのはアレク様の方ですよ!
    あの子はアレク様の考えに共感してここに来たわけじゃない!」
アレク「何だと!?そんなはずはない、私は翼を信じるぞ!」

 アレクは自分自身の判断基準によって判断している。 その為に翼の本心はおろか、翼が自らが信ずる道に惹かれてやってきたと思いこんでいる。

フェル「それって……僕よりも彼女を信じるってことですか?」

 思ってもみない問いかけに戸惑うアレク。 それにどういう風に答えていいのかわからず黙っている。 彼がもう少し冷静で有れば「翼を信じている自分を信じる」とでもどうとでも言えたのだろうが…。
 少しの間の後、フェルは我慢しきれず言った。

フェル「だったらもう、勝手にしてください。どうなっても僕は知りませんからっ!」

 フェルは走って部屋を後にする。残されたアレクは呆然とそれを見送っていた。
 やがてヘカテがおずおずと自らの主人に質問する。

ヘカテ「アレク様……どうなさるおつもりで?」
アレク「とりあえず、翼の様子を見に行くのが先だろう。まいったな、このような
    状況になるとは……」

 アレクはかなり困惑した表情で翼のいる部屋へと向かう、社長室のドアを開けソファーの方に視線を向けると翼がこうべを垂れて座っていた。
彼は翼の横に座り翼に声を掛けてみた。

アレク「……翼?」

 …何の反応もない、いぶかしみつつ彼女の顔をのぞき込んでみると翼は眠っていた。
こんな状況で在るにも彼女が眠っていたのは今日一日普段無いほど頑張ったためだ。
今度はそんな事を想像することが出来たアレクは優しい笑顔を浮かべる。

アレク「何れフェルも解ってくれるだろう…あれは賢いからな。
    翼、今日の所はゆっくり休むといい…明日から我が悪を広めるため
    頑張ってもらわねばならないのだからな……」

 アレクは翼をアンの家で休ませようと思った。 このビルには宿泊設備が無い上に、今は朝晩に冷え込みを感じる季節だからだ。 彼が行動を起こそうとしたとき、翼が彼の方に倒れかかり寄り添う形となった。 そして彼女がぽつりと呟いた。

翼「アレクサン…
アレク「?」
翼「…………アレクサン
アレク「ん?」
翼「………………………スキ…デス…

 アレクは翼の言葉を聞いてパニックに陥った。 自分を信じてやってきたものだと思っていたのが実は違ったと言う事と、年端も行かない女の子に告白されるなどという二重の攻撃、これらのことが頭の中で渦を巻いて全く思考が回らない。
 …実のところは翼の寝言なのだが、この場合は寝言でも起きていても一緒だ。翼はアレクのことを好きで此処にやってきたのだ。
翌朝翼は目が覚めると自分の横に目を真っ赤にしているアレクを見た。 そして自分はその彼に寄りかかっていることも知った。 翼は驚き慌ててソファーから立ち上がり朝御飯を作るとアレクに告げ顔を真っ赤にして走り去った。






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