フリッツ氏の不幸な宴(後編)
「?」
いまだになにが起こっているのかわからないフリッツ。いい加減気づけよ(爆)。
そしてついに真奈美とリディアの毒牙がフリッツに襲いかかる。
「うん?」
フリッツは背後から誰かに抱き付かれ、耳に息を吹きかけられて身体を強張らせた。龍かエリアルだろうと思っていたが、その期待は見事に打ち砕かれる。
後ろを振り返ったとたんにフリッツは硬直した。彼の後ろにいたのは龍でもエリアルでもなかった。
「やぁ、また会ったね…」
「こ・ん・ば・ん・は(^^)」
真奈美はすかさず額に軽くキスをし、リディアはフリッツにしなだれかかる。
「き、君タチはぁ!」
女性二人にくっつかれてパニックを起こしかけつたフリッツは、ガクガク震えながらポケットに手を突っ込み、痴漢撃退用ブザーを鳴らした。黒服親衛隊の召喚だ。
主の命によリ駆け付けた黒服によって、すぐに扉が叩かれるが扉には鍵がかけられている。何度かドンドンと扉が叩かれ、ドアノブがガチャガチャと音を立てる。しかし、それはすぐに収まった。
ターン
鍵がかけられているとわかるや否や、乾いた銃声がしてドアノブが弾け飛んだ。金持ちは判断は早いが、どうにも遠慮が無い。
「ご無事ですかマイロード!」
続いて勢いよく扉が開き、ギルバートを先頭に黒服の男たちがゾロゾロと乗り込んでくる。黒服とサングラスはもちろんのこと、髪型、体格、よくみると顔まで同じである。おそらく量産型なのだろう。
黒服たちは迅速にフリッツの周りを取り囲むと、主に張り付いている女どもを排除にかかった。
その様子を見てフェルが立ち上がった。どうやらまだフリッツを許してやる気は無いようだ。
「困るなぁ。いまいいところなのに」
天使のような悪魔の笑みを浮かべつつ、フェルはどこから取り出したのか、催眠スプレーを次々に男たちの顔に吹き付けた。なにもそこまですることもあるまいに。黒服たちはバタバタと倒れていった。
「!!」
救援が着たと思ったのもつかの間、フリッツは最後の防波堤がもろくも崩れ去ったことを知り、断末魔の悲鳴を上げた。それを見ていた龍とエリアルは予想をはるかに超える展開にカウンターの端に避難する。
「……なんか、すごい罪悪感」
「被害者なんですけどね、僕ら……」
だが止める気はないらしい。あの女性二人に逆らうことは自殺行為だと本能的に悟っているようだ。
ぷちっ。
なにかが千切れるような音が、フロアに響いた。待避していた龍とエリアルにも確かに聞こえたのだ。
それを知り真っ先に顔色を変えたのはギルバートだった。元より青白い顔が、急激に白に変り、眠りこけている黒服たちを、ケリやビンタで大急ぎで起こしにかかる。
催眠スプレーをモロに食らって、低血圧のお父さん、または爆睡中にプロデューサーに乗り込まれたなすびのようにのそのそと起き上がった黒服たちも、フリッツの様子を見るや、たちまち目の色を変えた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
獣じみた叫びをあげて、フリッツは立ち上がった。そしてまだ体に張り付いている女たちを骨も砕けよとばかりに降り千切った。
「きゃ!」
「いったーーーい!!ひどいなぁ……(;_;)」
そして手当たり次第にテーブルやスツール、スピーカーなどを破壊しはじめる。貞操の危機を察知したホモの本能が最後の防衛手段にフリッツを駆り立てたのだ。
黒服たちは集団でフリッツを取り押さえようしたが、揃いも揃ってあっさりと投げ飛ばされる。どうやら量産型では相手にならないようだ。フリッツはワイシャツを引き千切り咆哮を上げた。
「WRYYYYYYYYY!!!!」
違うだろオイ。
尋常じゃない取り乱し方に、それまで事態を静観していたセラフィナも腰を上げた。
「そろそろヤバイ感じ。何とかしないと危険そうね。」
いくらブチ切れたとはいえ、フリッツは人間に過ぎない。夜の吸血鬼の怪力を持ってすれば、手間はかからないだろう。そう思ってセラフィナはフリッツを押さえにかかった。
「え?」
実はフリッツは合気柔術の達人である。それと知らずに手をかけたセラフィナは、逆に自分の力を利用されて投げ飛ばされ、したたかに腰を打った。
邪魔者を全て排除してもフリッツの暴走はおさまらなかった。そして、フェルの姿が視界に入ると、暴走はさらにエスカレートした。意中の相手を見つけだし歓喜の雄叫びをあげる。
それまで呑気にフリッツの暴走ぶりを眺めていたフェルだが、自分がロックオンされたことに気づき、にわかに腰を浮かせる。狂える愛の狩人と化したフリッツを止められるものはもはやいない。予想し得た事態だが、その迫力は想像を絶するものがある。だがフェルとて黙ってホモの毒牙にかかる気はまったくない。ギリギリまで引き付けて、催眠スプレーで仕留めればいい。もう少し痛い目に会わせてもいいのだが、さて、どうするか……(冷笑)。
「おおおおお!!!」
「……!!!(^^;」
フェルの思惑とは無関係に、愛する相手を見付けたフリッツはさらにパワーアップする。通常の3倍のスピードで詰め寄ると、フェルにスプレーを使わせる暇も与えない。フェルはとっさに横に飛び、フリッツの抱擁をかわす。
ガン!
フェルの背後でフリッツがなにかにぶつかった音がする。これで気絶したかな? と思ったが、それが甘い考えであったということをすぐにフェルは思い知った。
フリッツは壁に激突して頭から血を流していたが、怯む様子はまったくない。額を深紅に染めた血を中指で拭うと、それをペロリと舐めて不気味な笑みを浮かべる。
フリッツは再びフェルに向かって突進した。
「!!」
確かに速いが、動きは直線的だ。見きった以上、そうやすやすとは捕まらない。と、思ったフェルだったが、思わぬミスがあった。足元にあった倒れた椅子に足を取られ、バランスを崩してしまったのだ。その隙を逃さずフリッツ君、ついにフェルくんゲットだぜ。というわけで、手加減なしでフェルを抱きすくめる。
「くっ、はなせ……!」
それでも必死にスプレーをフリッツの顔面にお見舞いするフェル。だが、アドレナリン全開のフリッツには効果が薄い。
ここで暴れても、火事場の馬鹿力状態のフリッツの手から脱することはできない。そこでフェルの頭を浮かんだは、視界の端によぎった龍とエリアルである。フェルは、全身の力を抜くと、気を失ったようにがっくりとうなだれた。
フリッツは、突然のフェルの失神に何事かとフェルの身体を揺さぶってみたが、反応はない。しかたなくフリッツは次の獲物を求めて視線をさまよわせた。もちろんカウンターの隅でガタガタ震えている龍とエリアルを発見するのにそれほど時間はかからなかった。やはり動くものに反応する。フェルの狙い通りである。
「!!!(^^;」
龍はズボンとスツールを繋がれているので逃げることはできない。せめて身動きが取れて剣の代わりになるものがあれば、まだ対処のしようがあるのだが。
エリアルもこの期に及び戦友を見捨てて逃げることはできないようだ。二人は手に手を取ってガチガチと歯を鳴らすことしかできない。
次なる獲物を発見したフリッツはニヤリと濃厚な笑みを浮かべる。
絶体絶命。
その時、ようやくフェルの催眠スプレーが効果を表したのか、フリッツは濃ゆい笑顔のまま、バッタリとひっくり返った。
「た、助かったんですか?」
「……そうみたい(^^;」
龍とエリアルはホっと胸を撫で下ろした。
落ち付いて周囲を見まわすと、随分ひどい状況になっていた。テーブルや椅子は見るも無残に破壊され、スピーカーは中身がとび出ている。その周囲ではわくわく状態の光の後ろに、翼がしがみつくように抱きついている。真奈美とリディア、セラフィナは投げ飛ばされたダメージでまだ立てないようだ。真奈美とリディアはともかく、セラフィナまで立てないというのは驚きである。
ともあれ、酷い有様であった。
フリッツの身体は黒服たちによってすぐに運び出された。
そしてフリッツを先に車に運び込むと、ギルバートが眉間を抑えながら店に戻ってきた。
「……はぁ、まさかこんな事になるとは……皆さん、お怪我はありませんか?(^^;」
投げ飛ばされたリディアは勢いよくギルバートに詰め寄った。
「ちゃんと払ってくださいよ、修理代!」
騙し、襲い、発狂させて金まで払わせようというのか。とんでもない娘である。しかし、ギルバートは事を穏便に収めるため、頭を下げつづけ、小切手を取りだすとサラサラと金額を書きこんだ。
「もちろんですよ……これで足りますか?」
「うーん、もう少しね」
金額を見てリディアはいった。どうやら搾れるだけ搾り取るつもりらしい。恐るべし銀の竪琴亭。
「そうですか」
素直に0をひとつ書き加えるギルバート。まったく金持ちの金銭感覚は度し難い。そして他の者たちの方に振り向くと、一人一人に小切手を配る。
「皆さま、今夜の事はこれでひとつ……」
何人かはさすがに罪の意識があるのか断ったのだが、ギルバートは半ば強引に押し付けた。
「いえいえ、受け取っていただかない事には……言っている意味が、おわかりですね?」
ただ、セラフィナだけは別の断り方をした。
「あら、わたしはいらないわ。もっと別のものが、欲・し・い☆」
「 セラフィナ様には、こちらよりもあちらの方がよろしいですか?」
セラフィナの性癖を承知しているギルバートは控えめに黒服のひとりを指差す。
「あら、それも悪くないけど……出来れば、あなたがいいわね。(^^)」
「 私ですか……(^^; あまり美味ではないと思いますが、しかたありませんね(
^^;」
と言ってネクタイを緩め、ボタンを外し肩を露出させる。
「 わ☆(*^^*) それじゃ、お言葉に甘えて」
と、ギルバートを部屋の隅へ連れ込んで、がぶり。
「っ……前にも言いましたが、低血圧なのであまり大量に抜かないようお願いしますね」
「……ふぅっ。大丈夫、加減は解ってるつもりだから。低血圧とか、そういった事も大抵「味」で解るから……」
と云ってもう1回、がぶり。
「…………ふぅぅっ!ご馳走様。(*^^*) 暖かくて美味しかったわ」
「お粗末さまでした(笑)……思ったより痛くないものですね(笑)……あぁ、4つも痕が……」
少し離れて彼女らを観察していたリディアがギルバートに声をかける。
「ギルバートさん、セクシー(^^」
「あまりからかわないでください(^^;」
といっていそいそと着衣を直すギルバート。
一方セラフィナ、思わぬご馳走にご満悦である。
(こんな余録があるなら、投げられたのも無駄じゃなかったわね。)
「それにしてもまったく……」
ようやく一段落して、フェルがカウンターでまったく役に立たなかった二人を恨めしそうに見ている。
「そんなこといっても、僕はもともとこんなことしたくはなかったんですよ」
「ま、いいけどね、けど、ずいぶん大掛かりな作戦になっちゃったね」
「そりゃもう、いろいろ手回しましたから(^^)……って、作戦なんて言っちゃ……!」
「あれ、何かまずいこと言った?」
リディアがそっとギルバートの方を指す。見るとさりげなく聞いている。作戦という言葉を聞いたとたん、眉間に一本皺が。しかしフェルに反省の色など無い。
「かなーーーーーーり身を削り過ぎちゃった感はあるけど……ま、楽しかったし、お金ももらえたからいいかな(^^)それにこれでフリッツも僕のこと、避けて通ってくれるだろうし」
「フェル様……この騒ぎは貴方がたが仕組んだ行動だったのですね……」
ギルバートは悲しそうにフェルを問い詰めた。
「僕は張本人じゃないよ。言い出したのは、あっち」
そういってリディアのほうを見る。
「……わ、私?(^^」
無表情にリディアを見つめるギルバート。
「……そうですか……まぁ、起こってしまった事は仕方がないですが……今後このような事がないように……お願いしますよ?」
「はーい、ごめんなさぁい(^^;」
「でもさ、僕なんて初対面でいきなりキスされちゃったんだよ?この程度の仕返しさせてもらったっていいと思うけどね」
「……そうですか、まぁ致し方ないのかもしれませんね(^^;」
「まあ、あなたに罪はないから……一応、謝っとく。そろそろ帰るね。こんな遅くなるなんて思わなかったな……じゃ」
「また協力……じゃない、来てくださいねー(^^)」
どうやら懲りちゃいないらしい。
去っていくフェルの背に、ギルバート、意味深な声をかける。
「それでは、また。今後ともフリッツとよろしくお願いします(笑)」
フェルの後姿が一瞬だけ動揺したように見えた。
そしてリディアに向き直り、社長秘書の顔に戻るギルバート。
「今後このような事があった場合には……それなりの場所に出ていただく事になります」
「わかりましたよぉ……そんな恐い顔しなくてもいいじゃないですか。ちょっとしたいたずら……でしょ?」
「フリッツにも社会的な体面というものがございます、企業のマイナスイメージに繋がるような事はできるだけ排除せねばなりませんので」
ならばフリッツの性癖の方をなんとかするべきではないか? 期せずして残された人々がそう思っているのがギルバートにもひしひしと伝わった。
「それじゃ、彼をもう少しきちんと管理してあげたほうがいいんじゃないですか?」
「私も再三申し上げているのですが……(^^; まぁ、ご理解いただけたのならば、今回の事はなかった事にさせていただきます」
「ただ、あまりいじめないでやってくださいね(^^; かわいそうなお人なのですよ(^^;」
「いじめてないじゃないですか。ああいうのは、かわいがってあげてるっていうんですよ」
やはり後悔も反省もしてないようだ。リディアは顎で黒服を使い、フリッツの後片付けをさせた。まったく酷い娘である。
ようやく銀の竪琴亭にいつもの静けさが戻ってきた。
「お目覚めですか? マイロード」
気がつくとフリッツはベッドの上にいた。
「ギルバート、僕はどうしたのだ?」
「いえ、そのなんといいますか……」
「フェル君がようやく僕の愛を受け入れてくれたところまでは覚えているのだが……。どうもその後の記憶が確かでない。どうやら僕としたことが、感激のあまり舞い上がってしまったようだ」
そういって微笑むフリッツ。対してギルバートの表情はフクザツだ(笑)。
「そ、それはようございました(^^;」
起きあがると、やはり身体が痛むのか、上着をはだけて身体を確認するフリッツ。そりゃあれだけ暴れりゃ痛いだろう。案の定いくらか痣ができている。それを見てなにを思ったのかフリッツは低い笑い声を漏らした。
「フェル君は思ったよリ情熱的だったようだね……フフフ」
どうやらフェルの受難は続くらしい。
終
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