第8回 いらかぐみオフ会
京都府南丹市園部町



 2月中旬からオフ会の話を持ち出すも、昨年秋に急死された西山さんの墓参以外になかなか進まない。
それでも3月中旬から下旬に、西山さんの墓参が中心のオフ会なら、大阪組の3名(Kさん・Noribeeさんと七ちょめ)で幹事役を引き受けることになった。
開催日程は5月29日(土)〜30日(日)、開催場所は園部町、宿泊施設は石川楼と相談が纏まった。そこまでは割にすんなり決まったのだが、二日目の昼食場所で、和食、伝統的な町家での食事など、西山さんの墓参との絡みで、なかなか決まらず、蕎麦の尾張屋と決まりかけたがこれも流れ、最後はその時の行き当たりばったりで行動することに暗黙の了解。
四月に入ってもオフ会の雰囲気が無いまま、5月の連休に園部の石川楼を下見する。突然の訪問で、お婆さん一人がお留守番しておられた。大丈夫かなと少し不安がよぎる。部屋を見せてもらった。設備云々をいえばもう一つだが、まあ「いらかぐみ」の懇親会には適当な所と判断する。園部・八木・亀岡・樫原とオフ会翌日に訪ねられそうな町並みを下見する。後日Kさんが西山さんのお墓の下見をして頂いた。お墓の下見とは余り聞いたことないが、それが無かったら当日困っただろうと思った。
さて開催日が近づいてきた5月20日頃に、太泉八雲さんが二日目の30日にとんぼ返りで帰らねばならないとの事情が発生した。そこで二日目に園部の町を歩いた後、一番に西山さんのお墓に参ろうと予定変更する。墓参の後、太泉八雲さんと京都駅で別れ、樫原か深草を訪ねるなど、当日の都合ということにする。孫右衛門さんが、仕事の都合で全ての行程に参加できないかもしれないと云ってくる。現役の方々の勤務状況が大変厳しいのでしょう。十分理解できるので、可能な限り融通を付けた対応をせねばと思う。
そして5月28日の朝、いらかぐみオフ会の掲示板を見ると、孫右衛門さんの参加が不可能になったとの知らせ。まあ、仕方ないでしょうと宿の石川楼に連絡を取り、一人分キャンセルする。気持ちよく受けてくれたので安心した。
さて、オフ会初日の各人の行動は、野村万訪さんは飛行機で大阪空港へ、池田の企業城下町、箕面の木造3階建て旧旅館の建物、服部緑地公園にある日本民家集落博物館を廻って石川楼にとのことだが、予定の石切・暗峠を行かれてない。来週のロンドン・パリへの出張を控えて体力温存とのこと。太泉八雲さんは前夜28日の夜行バスで京都入りし、レンタサイクルで京都市内の通りの探索後、JRで園部入り。Kさんは朝から篠山の河原町と福住周辺でスケッチして園部入りしてから、旧造り酒屋さんをスケッチ一枚。さて私七ちょめはYasukoさん・NoribeeさんとJR山崎駅で待ち合わせ町並み探索に向かう。京都府久御山町東一口・八幡市橋本・大阪府枚方宿・京都府南丹市八木・兵庫県篠山市福住を廻って園部入りした。

当日石川楼は我々専用の宿で、他に誰も宿泊していない。食事・懇親会で楽しく時間を過ごす。さて寝ましょうかと午後12時頃に男組と女組に分れて就寝。
さて話し合った内容は覚えている限りでは、@有料掲示板を無料のものにしたら。
A開催場所は九州に行ってないので熊本県山鹿市と意見が纏まったが、実際問題今回の様に、急遽変更や参加不可能の問題が発生するので、矢張り動きやすい、新幹線の通っている東京・大阪を中心とする地域が良いとのことに。
Bいらかぐみ掲示板の活性化の問題を持ち出したかったが、皆様の勤務を考えると云いだせなかった。
今回は西山さんが亡くなり、孫右衛門さんが不参加となり6名での開催でしたが、只一つ良かったのは、6名程度の小さな懇親会だから、話題が二つに割れずに、全員が一つのことで話し合えたのは良かったと思う。
翌朝午前7時前に宿を出て、園部の古い町並みを探索する。本来一番良い町並みであったであろう所は、良好な町並みを造るためとの理由で、全て取り壊されて大きな空間になっていた。古い町並みは旧山陰道に沿った京都側に展開していた。
中2階建てで、妻入りと平入り、漆喰塗込めの町家建築は丹波地方に多い建築様式と思われる。



 
宿に帰り、朝食を済ませてから、西山さんの墓参のため、Kさんと私の車に分乗して京都縦貫自動車道を通って京都東山の墓地へ。途中お花を買って墓地への山を登る。草を取り、水で清めてローソクを点け、線香も点けてお参りする。

オーイ 西山さん 居るかい。
誰か前もって西山さんを墓に呼び寄せていたのだろうか。電話でもしておけば良かったのだが。
でないと、彼のこと、毎日日曜日とばかり、カメラを持って日本全国飛び回っているだろ。離れ島ばかりを訪ねているかも知れない。デジスコを持って鳥を撮っているかも知れない。京都の路地裏を歩いているかも知れない。
いや待てよ!!、彼のこと、案外、園部に来て我々の懇親会の中に入っていたのかもしれないとはNorebeeさんの弁。
そういえばそうかもしれない。今までは大体午後11時から11時半で終わっていた懇親会が、今回は話題が尽きずに12時半になってやっと気付きいて、もう寝ようとなったのも西山さんの仕業かも知れない。
我々は彼の趣味や遊びの部分しか知らないが、彼の誠実さは本業でも発揮されていたのだろう。苦しい時もあっただろうが、一切仕事の話はしなかったのには敬服する。

さて、これから太泉八雲さんを京都駅まで送ってからどうするかとなるが、突然野村万訪さんが、夜の飛行機をキャンセルして新幹線で東京に帰ると云いだした。
週末のロンドン・パリ出張準備と、自宅の引越し準備で早く帰りたいとここと。
そこで急遽全ての予定を中止して、京都駅で解散となった。これだけ早い解散も過去にあったかなと思うと、奈良井でのオフ会時もこの位の時間に解散していた。
ただ、今回は解散後町並み散策したのは、Yasukoさん唯一人ということで、チョット寂しいオフ会だったようだ。
地元の3名は近場だから、改めて探索することも無い。遠方の野村万訪さん・太泉八雲さんは帰りを急いで居られ、残るのはYasukoさん一人となってしまったが、滋賀県東近江市の八日市地区の元遊郭跡を探索されたようだ。

尚、一番上のスケッチ画はKさんにお願いして描いて頂いたスケッチです。その他の写真は当日撮影の画像はライカVfという1950年発売のカメラで撮ったフイルムをデジタル化したものです。
                                            七ちょめ記