おきらく、ごくらく…
illustrated by Mamoru Oshii
作曲家は普段どういうシチュエーションで曲を作るのであろうか。まあ一般的には、お風呂に入っている時とか散歩などをしている時にフッと曲が浮かんでくる、という妙に脳天気なイメージがあるかもしれないが、冗談ではない。私を含め、多くの作曲家は、常にピアノなどに向ってそれこそ絞り出すように作曲するのだ。だいいち、道を歩きながら曲なんか作っていたら危なくてしょうがない。そのうちセナに轢かれちゃうぞ(これじゃウゴウゴ・ルーガだ)。
 しかし、まれにそういったことがあるのも事実で、現に夢の中で凄く良い曲が生まれ、興奮して目を覚ましたことが何度かある。すぐ五線紙に書き写せばよいのだろうが、悲しいかな、ものの1分も経たない内に忘れてしまう。そこで私は枕元に小型のテープレコーダーを置き、曲が浮かんで目を覚ましたら、即座に唄って録音できるようにしてみたのだ。これで余すことなく夢の中のイメージを記録できる筈である。
 それから何日かして、待望のその時がやってきた。私はとび起きて、急いで録音ボタンを押し、なぜか正座しながら夢でみたメロディーを唄った。また、頭の中ではちゃんとオケも付いていたので、各楽器のパートも一緒に唄い込むという、凄じい歌唱法が同時に要求された。むろん夜中なので大声は出せないが、それでも感情をたっぷり込めながら約15分間にわたり熱唱し、心地好い充実感と共に録音は無事終了したのであった。
 しかし翌日、私は期待に胸をワクワクさせながらそのテープをかけてみて愕然とした。そこには何か得体のしれない音階で、ひどくせわしない唸り声が入っていたのである。間違いなく私の唄なのだが、これのいったいどこが素晴らしいというのか。もはや不気味ですらある。それ以前にこれは曲なのか?しかもなまじ感情が入り込んでいるため、猛烈に気持ち悪い。こんなの犬にも聞かせたくないと思った。……つまり、ボツである。
 またある日、道を歩いている時、急に曲が浮かんだこともあった。自分で言うのもなんだけど実に良い曲で、絶対に後に残すべきだと考えた。しかしテープレコーダーも五線紙も持っていない。私はあわててあたりを見渡すと、電話があった。そう、私の家は留守番電話がかけてあったのである!私は急いで電話に駆け寄り、何回も間違えながら必死で自宅の番号を押し、受話器に向かって朗々と唄い始めた。ところがすぐ横で電話をかけていた人がギョッとした顔でこっちを見るため、小声で唄わざるをえなかった。
 とにかく私はすぐ家に戻り、早速留守電のテープを聴いてみた。確かに街の騒音をバックに唄らしきものは聞こえるのだが、拍子も音程もまったくデタラメで、何がなんだかさっぱりわからぬ。いったいこれのどこがよい曲なのか。しかも妙にボソボソ唄っているところがひどくうす気味悪い。これじゃまるで変質者のいたずら電話だ。そんな不気味なものを人様に聴かせられるワケがない。当然ボツである。
  ……という具合に、私の歌唱能力的問題があるにせよ、道端やベッドの上などで日常フッと思いつく曲は、その殆どがボツになるのだ。これはつまり「作曲はラクしちゃ出来ない」という厳しい教訓なのである(本当かよ)。
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