スタジオにおける食生活のお話
illustrated by Mamoru Oshii 動物は空腹感を覚えたら食事の必要性を感じる。無論、猿であろうと犬であろうと、はたまたスタジオに入っている作曲家であろうと決して例外ではない。そこでレコーディング中にお腹が空いた時は、とりあえず何か出前をとることになるのだが、ここで必ずと言ってよいくらい毎回深刻な問題に直面する。それは「一体何を食べるのか」ということである。しかしこれをくだらない、と言って笑ってはいけない。なぜなら、その内容の如何によってスタッフのやる気を猛烈に削ぎ、作品のクオリティーにまで多大な影響を及ぼすことが充分予測されるからである。ところが、もし近所に2軒位しかお店が無く、しかも鬼のようにまずかったらどうするのか。幸いにも、私はまだそのようなスタジオに行ったことはなく事なきを得ているが、いつ当たるかわからないので戦々恐々とした日々を送っている。
 渋谷や青山みたいな繁華街のスタジオであれば、一部の例外を除いてそのメニューはバラエティーに富み、お昼は蕎麦だったから夜は中華にするなんて、いともたやすいことなのだが油断は禁物だ。膨大な数を誇るメニュー群のどこにギガドン級の爆マズ店が潜伏しているか判らないからである。ただ、そういったスタジオのメニューをよく見ると、しばしば「ふざけるな」とか「おとといきやがれ」などのコメントが殴り書きされていることがある。これは、以前この店から出前をとって大失敗した前任者が無念の思いで書き残した血のメッセージであり、絶対その店のものを食べてはいけない、という訓辞なのである。
 しかしそう言われると、どの位まずいのか試してみたくなるのもまた人情というものだ。相当の危険が伴うことは覚悟の上、我々は「止めろ」というスタジオのアシスタントの制止を振り切って、一世一代の清水ジャンプを試みた。
 注文したのはチャーハンとギョウザだ。スタジオから30秒という近距離にかかわらず、ギョウザはとうの昔に冷めており、皮はぶ厚く、具は極端に少なかった。また、皿に溜まった夥しい量の油がいかにも体に悪そうで、食欲の減退を一層促している。噛めば噛んだでひどく堅く、ニッチャニッチャといつまでも口の中に残った。これはもはやギョウザ味のガムと言える。有体に言って、物凄くまずい。
 一方チャーハンもギョウザ同様冷め切っているのはよいとして、少し変わった味がする。どうやら味噌を使っているようなのだが、そんなチャーハンがあるのだろうか。私はどうしても納得がいかないので、スタジオのアシスタントにそのことを訊いた。すると彼は「ああ……僕が味噌イタメ頼んだからッス」となげやりに答えた。皆何の事か判らず唖然としていると「鍋、洗わないんス、あそこは」と恐るべき真相を吐き捨てるように語った。さらに、よく虫なども入っている、という体験談を聞くに至っては、さすがに全員言葉を失い、スタジオの中は重々しいゲップの音が幾度となく鳴り響いた。
 「だから言ったじゃないスか……!」と、アシスタントによる非難の声もあがったが、それでも私は黙々と悲劇の味噌チャーハンを結局全部食べたのである。
むろんギョウザも、だ。
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