僕、コンピューター、持ってません
illustrated by Mamoru Oshii
 少し前の話だが、某コンピューター専門誌の取材を受けたことがある。内容的には、普段どのようにして私が音楽を作っているのか紹介したい、ということだったので、私は快く承諾した。しかし今にして考えれば、何故コンピューター専門誌に私などが載るのかをその時点で疑問に思うべきであったのだが。
 取材はとあるレコーディングの最中に行われた。取材の方も気を使ってお菓子などを持ってこられたので私はひどく恐縮し、もうどんなことでもお訊きになってください、といわんばかりの姿勢でインタビューに臨んだ。ただ、私はコンピューターのことは全く判らないので、その旨だけは説明したのだが「いやいや、またそんな御謙遜を」と笑って本気にしてくれない。しかし、謙遜どころではなく、こっちは本当に何も知らないのだ。ひょっとして勘違いしているんじゃあ……、と考えているうちに「では、インタビューを始めます」と、テープレコーダーが回り始めてしまった。そして案の定、最初の質問でいきなり「川井さんは、何のコンピューターをお使いになっているのですか?」と訊かれたのだ。ああやっぱり、と思ったが、こればっかりはどうしようもないので、「僕、コンピューター、持ってません」と正直に答えるしかなかったのである。
 その瞬間、取材に来た人々の顔から一斉に笑みが消えた。テープレコーダーも止められ、場は一転して重苦しい雰囲気で満ちあふれた。取材スタッフの一人は顔を手で覆っている。「か、川井さん、8ページの特集なんですよ、これ…」悲痛な訴えであった。私は事態の深刻さに同情し、なんとかしなくては、と実際コンピューターに打ち込むシンセマニピュレーターの人を紹介した。そしてインタビューは彼を中心に進められ事なきを得たのだが、その間、私は常に「へえーすごいざんすね」みたいな安っぽい合いの手を入れたり、くだらないギャグを言うだけのどうでも良い存在でしかなかったのだ。つまり、誌上で私のセリフの後には必ず(笑)がつくのである。しかし、これではただ頭の悪いお調子者が乱入したにすぎないじゃないか!
 −−だいたい、私がコンピューターを持っていない、と言うと多くの人々は「信じられない」とか「ええ?今どき?なんで?」などと、あたかも家に電話がないかのごとく非難する。もっともそれだけが理由ではないが、やりたいゲームもあったので、昨年私はついにコンピューターを購入する決心をしたのだ。しかし一体どれが良いかサッパリ判らぬ。そこで様々な人に相談してみると、おおむねマック派と98派に分れることが判明したものの、実はここからが大変であった。それぞれが相手をボロクソにけなすからである。2大派閥のミゾは思ったよりずっと深いものがあり、私がどの機種を選ぶかで戦争も起こりかねないほど緊迫した情勢が続いた。しかもその結果によっては友人を失う可能性すらあり、気の弱い私はプレッシャーで髪が白くなりかけた。本当は、ただ「上海2」がやりたかっただけなのに、である。
  まあそれはともかく、あの騒ぎからもう一年が経過した。あれほど悩んで購入したコンピューターは結局この原稿を書く時にしか使用していないが、別に持ってさえいれば良いのだ。私はもうあんな惨めな思いはしない。いつでも取材はOKと言える。なんでも訊いていただきたいものだ…でも、DOSって、何?
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