川井式 スタジオリラックス法
illustrated by Mamoru Oshii スタジオワークというものは思ったよりも重労働である。その殆どの時間は椅子に座っているだけで肉体的疲労は何もないものの、精神的消耗は計り知れないものがある。そこで少しでもリラックスできるように、と各スタジオ独自の工夫がこらされているが、本質的改善に至っていないのが現状である。つまり、本当にリラックスするためには、自分自身できちんとした抜本的対策を講じる事が肝要と言える。
 そのためにはまず服装から考えねばならない。馬鹿にするなかれ、これがけっこう重要なポイントなのである。そこで、どんな格好が一番楽なのかを検証するため、某スタジオにおいてリラックスの帝王「浴衣」でレコーディングを試みたのだ。まあ結論から言うと夏だったこともあり、予想以上に快適であたかも温泉に来ているかのごとく寛げた。しかし、使用した浴衣はもともと就寝用のいわゆる寝巻と称されるものでひどく性能が悪く、とても長時間のレコーディングに耐えられる代物ではなかった。つまり、どんどん前がはだけてしまうのである。そこでスタッフ全員で研究を重ね、縦にガムテープでびっちり固定する方式を開発したところ、これが実に調子良いことが判明したのであった。なにしろ帯を使わないため全く締めつけられず、ただ布を一枚身体に巻いているにすぎなかったからだ。もはや現時点でこれ以上の服装は有りえない、と断言できるほど皆で功績を讃えあったのは良いとして、いったい我々は何をやっているのか。
 案の定、あまりに異様である、という理由でそれ以来浴衣レコーディングは禁止されてしまったが、あの時の快感はそう簡単に忘れられるものではない。もうTシャツとGパンですら窮屈に感じる。だが、少なくとも作曲家として人前に出る以上、その位のスタイルがもはや限界と考え、私は悩みに悩んだあげく恐るべき一つの結論を見出すに至った。なんのことはない。浴衣がダメなら「パジャマ」を着れば良いのである。ただこれはさすがに抵抗を感じた。自分の家ならともかく、スタジオ等へ行ってそんな格好でウロウロしていたら怪しいったらありゃしないからだ。それに「パジャマの川井」で有名になるなんて絶対嫌である。そこで弱気ながら「スエット」を着てしばらく様子を見ることにした。これだったらそれほどひどい格好ではないし、パジャマには遠く及ばないもののけっこう楽チンである。
 若干の不安を感じながらある時、恐る恐るスタジオに着て行ってみた。するとどうだろう、皆チラッと見るだけで特に話題にも上がらないじゃないか!私は心で快哉を叫び、それならば、という訳で翌日はスエットの下とTシャツだけにしてみたが結果は同じであった。調子に乗った私はだらしなくTシャツをベロンと出し、サンダルでスタジオに行ってみたところでこれまた全然問題にならなかった。つまりなんでも良いのではないか、と私は気が付いた。そうと判ればもう怖いものはない。それ以後、ずっとその格好で「劇パト2」のレコーディングを行なったのである。もっとも、取材等で写真を撮られる時は着替えを持っていくなど、まだ少々弱気な部分があることも否定できないが、もはや浴衣に肉迫するくらいの寛ぎが確保できたのは、今年最大の喜びであった。
 ただ最終日になってから、変な作曲家、という理由でスタジオの人に写真を撮られてしまった。しかし私は動じない。なんとVサインで軽く答える程すでに開き直っていたのだ。これなら私がパジャマでスタジオに行ける日もそう遠くはないだろう。
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