1泊温泉旅行、影の立て役者 
  illustrated by Mamoru Oshii  
 私は15年以上前から、温泉ブームは確実に来る、と友人達に予言してきた。当時彼らはそんな私をジジ臭いと笑い、決して信じようとはしなかったものである。しかしそれから10年ほどが経過した頃になって、にわかに温泉は脚光を浴び始め、テレビでは「ナントカの宿」とか「秘湯の旅」などの番組が目白押しとなり、無数の温泉ガイド本が店頭に並ぶようになった。もともとブームに流されやすく、温泉好きの日本人はここぞとばかりに飛びつき、温泉通と名乗る人物を大量に生み出す結果となったのも当然のことである。私も予言が的中したことでいきなり温泉博士と崇められ、大得意になって知人などにアドバイスしまくった。しかしそれと同時に、巷に溢れる多くの情報は私の旅行と異なり、随分優雅なものとして紹介されていることに著しく疑問を感じた。
 私と温泉仲間(変なの)が旅行に行く場合、まず夕方頃旅館に到着し、風呂に入り、ビールを飲み、夕食をとり、酒を飲み、その後また風呂に入り、ビールを飲み、酒を飲み、風呂に入り……これを深夜から早朝にかけて永遠と繰り返すのだ。しかし私の信念として温泉ではあくまで騒がず、情緒豊かに、と思っており、爆発的な大宴会は趣味ではない。従って、あくまで「くつろぎ」を演出しつつ夥しい量のスケジュールをこなすところが温泉の上級者としての才量を要求されるのだが、これでは東京で仕事をするより遙かに凄じい体力が消耗してしまうことは言うまでもない。その結果、地獄の朝食を迎え、全員でゾンビのごとく味噌汁を啜り、瀕死の状態で東京へ這い戻るものの、何度も風呂に入ったため湯あたりしており、その後3日間は完璧にダメージを残すことになるのだ。これが嫌なら夕食をとった後、一杯飲んでさっさと寝てしまえば良いのだが、私にはそんな達人のような余裕の旅行は当分出来そうもない。
 なぜこんなに詰込むのかと言うと、わずか1泊という限られた時間内でいかに温泉情緒を満喫するか、という実にみみっちい発想があるからなのだ。すると、どうしても温泉本来の目的である「のんびり」とは掛離れて行くが、それは脳を完全に停止させることによって「くつろぎ」を得、酔っ払いながら浴衣で出来るゲーム等でなんとか「温泉情緒」を補うという、コペルニクス的発想の転換で解決するしかないのである。
 そこで温泉情緒を盛り上げ、かつ世界一頭を使わない究極の娯楽が必要になるのだが、これは「射的」「スマートボール」「温泉パチンコ」の3大遊技場にとどめをさすことに異論はあるまい。しかも看板の「パチンコ」のマルが落っこちて「ハチンコ」かなんかになってたらもう言うことはない。むろん「卓球」もかなり侮りがたい存在であるが、大抵一人位は元卓球部員という奴がいて技術の差が著しく猛烈にシラける。その点3大遊技場は普段から練習しようもないし、「射的」に至ってはコルク玉を使用することから極めて低い命中精度を誇るため、誰がやっても同じ様な結果しか出ないところが良い。ただし、いずれも儲けることなど出来ない。景品はあくまで不気味なセトモノの人形だの、ぬいぐるみ等であるからだ。たまに液晶ゲーム等があってもジュラ紀の物がほとんどのため、たとえ取れたとしてもその液晶ゲームにハマることは絶望的な嘲笑を買うので注意は必要である。まあ、そこがまた良いのだ。
 しかし、それらの店の情報は、未だにどのテレビや雑誌でも一切紹介されていないのが現状だ。これを温泉情緒と呼ばないのか?私は元祖温泉ハードユーザーとして言いたい。誰か、1泊しか出来ない我々のために是非、3大遊技場の特集をして欲しい!!
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