20年前のパンダの消しゴム

illustrated by Mamoru Oshii昔、象が踏んでも壊れない、という名コピーのついた筆箱があったのを覚えているであろうか。TVのCMでは実際に象を登場させてその筆箱を踏ませ、いかに頑丈であるかをアピールした大変インパクトの強い商品であった。そこで当時の私たち小学生はこぞってそれを購入し、友人の前で自ら踏んで見せ、その強度を自慢するといった本来筆箱の使用目的からは全く掛け離れた妙なことが流行した。しかし、いざ踏んでみると象はおろか小学生が踏んでもヒビが入ることが判明し、ひどくガッカリしたものだ。しかし考えてみれば、足の表面積の広い象はそっと踏み、小学生は容赦なく2〜3人で踏みつけるためこのような悲劇が生じた訳だが、割れるまでムキになって踏み続けていたことを考えると、宿命とはいえその筆箱も気の毒ではあると思う。

象はともかく、当時の授業中に唯一の楽しみであったのがそれら文房具をいじることであった。とにかく目新しい物を手に入れては友人たちと自慢しあうのが日課だった訳で、その基準もシンプルな物よりはオモチャっぽい物の方が偉く、鉛筆もユニよりハイユニの方が偉いといった具合だ。無論シャープペンも芯が細いほど偉く、0.9ミリより0.5ミリの方が偉かったのは言うまでもないが、0.3ミリを導入した私が圧倒的勝利を納め、暫くの間シャープペンの王者として君臨できたのは大変な快感であった。その後もすっかり味をしめた私は毎日のように文具店に通い、新製品は惜しげもなく導入し、自他共に認める文房具の帝王となったのである。

しかしそれに引き替え、現在の私の文房具といったら貰い物と忘れ物ばかりで構成され、情けないことこの上ない。王者の筈だったシャープペンはすべて銀行の名前が入った物だし、消しゴムだってどうせどこからか貰ったパンダのやつだ。スコアを書くとき使う下敷きは車のカタログだし、筆箱に至ってはキティレコードから貰った"らんま"が書かれた物という徹底ぶりである。あとの物は、知人が私の家に忘れていった定規やサインペンなどで、一応「忘れ物がありますよ」と連絡はするののの、サインペン1本わざわざ取りに来るほど暇な人間はおらず、やがて自動的に私の所有物となったモノばかりだ。今、私が最も気に入っているシャープペンも、一体いつ頃から家にあったのかは定かでないが、どうやら冨永みーなさんの忘れ物のようだ。もっとも、本人に尋ねても覚えていないらしく、これも今や完全に私の物となっている。

そして私は、それらを使用して書き終わったスコアをスタジオの名前が入った手提げの紙袋に入れて仕事に行くのだが、ある日、ガラスに写った自分の姿を見てハッとした。これが例えば田中公平さんだったら、かっこいい鞄に美しくも緻密に書かれたスコアを入れ、持ってくる文房具もステッドラーなどの一流品に違いなく、無論キチッとした服を着こなしてスタジオに現れるに違いない。そこへいくと私なんかは紙袋に何となく音符の並んだどうてもいいようなスコアと、輪ゴムがへばりついたパンダの消しゴムなどを適当に入れ、着ているものも無論ジャージ、Tシャツ、サンダルである。これでは王者の風格どころかいつ警察に職務質問されてもおかしくなく、作曲家ですと言ったところで誰が信じるものか。だから鞄くらいは高級品を、と思うのだが、もっと変な格好になりそうで恐ろしい。じゃあ、せめて文房具だけはと考えたけど、どうせ見えないんだからこのままでいいかと思っているのだが…違うか…。
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