川井憲次 Special Essay 
最近好きな音楽がないと お嘆きのみなさまに……

ミもフタもないことを言ってしまえば、音楽なんかなくったって人間は生きていける。しかも、どんな音楽を聴こうとケガなんかしないし、病気にもならない。だから音楽を必要としない人もいるし、稀ではあるが嫌いな人も当然いらっしゃる。しかし、音楽は時として我々の心を微妙に変化させる。この精神へ影響は計り知れないものがあり、ディープ・パープルの「ハイウェイスター」を聴いていたがために、つい右足に力が入ってスピード違反で捕まった、なんていうおマヌケな人も結構いた位である(私ではない)。 そういった心理的効果を意図的に狙ったものが宗教音楽であったり、リラクゼーションの音楽であったりするワケで、直接音楽が何かするのではなく、それを聴いた人の感受性から何か行動を起こさせたり、気分を高揚させたり、安心させたりするのだ。クラッシックは胎教に良いと言われているが、それはあくまで母親側の精神安定のためという説もある。まあ、ワインにクラッシックを聴かせるとおいしくなるってのは、本当かもしれないけど、ちょっと……。
 それはともかく、どうせ精神に影響を及ぼすんだったら、自分にとって気持ちの良い音楽を聴くべきだし、多分このコラムを読んでいる方の多くはそうしてきたハズである。そうすると必然的に音楽は良いものとそうでないものに分類されるが、では、一体良い音楽とはどういったものなのだろうか。もちろん人それぞれの趣味によってかなりの違いが生ずるのはあたりまえで、自分で「サイコー」と思っていても、他人からはただのノイズにしか聞こえない可能性すらある。だからいくら世間でヒットしてようが、最高の評価を受けていようと、自分が気持ち良くならなければ何の意味も持たない、ただの雑音に過ぎないのだ。
  じゃあ世界中の膨大な数のレコードなりCDを聴いて自分に合った一枚を探さねばならないのか、といえばそんなの一生かかってもムリだし、趣味以外の雑音みたいなハズレ音楽を聴くこと自体、すでに主旨に反しているのでお薦めはしない。また、友人に訊いたところで、答えは千差万別、一方的にその友人の趣味をおしつけられるのがオチであることは想像に難くない。
  ところが作曲家とかミュージシャン等、音楽を生業としている人間が好きな作品や尊敬するアーティストというのは、不思議なことにある程度一致するのだ。それも、作っている曲のジャンルが違うにかかわらず、である。さらに年代的にはクラッシックを除いて1960〜80年位のものに集中しており、最近の作品はあまり対象にならないのが特徴だ。 もちろん皆それぞれ趣味も違うので、人生最高の一枚というのは選ぶべくもないが、生涯ベスト40なり50ともなれば、かなり肉薄することは間違いない。当然例外はあるだろうけど、きっと誰が選んだところで、順位こそは違っても半分位はダブるんじゃないかと思う。
  そこで、それらの言わば職業音楽家御用達というか、要するに“おスミつき”のアーティストや作品をここにいくつか紹介させて頂き、おせっかいながら少しでも皆様のお役に立てれば、と思う所存である。しかしここでこんなコトを書くと、他の同業者に恨まれる恐れもあるため(ネタバレ等含むから)、あくまで私個人の趣味の範疇として、非常に片寄った意見で書かせて頂くことをご了承願いたい。しかも、これは私の音楽ルーツにあたるものばかりなので、本当はあんまり書きたくないのだが、この原稿の締切も迫っていることだし、まあいいや、と開き直っている次第である。


バート・バカラック『リーチ・アウト』
(1967年発表。ポリドール POCM-2011¥1748)

Burt Bacharach: Reach Out  まず、私の最大の音楽的ルーツである、バート・バカラックについてお話ししたい。とは言っても、別に音楽偉人伝を書くつもりはないので、経歴等は割愛させて頂くが、とにかく「雨にぬれても」は誰でも知っているであろう。他にも「サンホセへの道」や「エイプリルフール」「遥かなる影」と、曲名は知らなくともそのメロディーを一度は聴いたことがあるハズだ。最近ではドラマのBGMに「アルフィー」がリメイクして使われたりしているから、ご存知の方も多いんじゃないだろうか。
 一般に彼の曲の特徴として、わかりやすく、軽快で、情感豊かで・・・と言われており、恐らく彼の多くのファンもそういった部分に惹かれているんじゃないかと思う。それは大筋では当たりなんだけど、よくよく聴いてみると「どうしてこんなことを」としか思えないようなアレンジを平気でやっていたり、「なぜここで転調するか」といった、当時の日本ではおよそ想像もつかないことを、それも最高に美しいメロの下で行っているのだ。事実、このことに気がついた日本の作曲家も何人かいて、名前は出せないけど気が狂いそうになった人や、ショックで廃業までしかかった人もいたらしい。その頃、私は幸いにも廃業する以前に中学生だったため、凄い凄い、良い曲だ、と素直に喜んでいただけで、それ以上の意味は考えていなかった。だからもし現在彼のような作曲家がいきなり登場したら、と考えるだけでゾッとする。きっと私なんか“へ”みたいなもので、おならブッブーでおしまいである(なんだこりゃ)。
 と、まあそれはともかく、近年再びバカラックブームが起こっており、彼に洗礼を受けた日本のアーティスト達によってカバーアルバムも作られている。過去においても、カーペンターズやディオンヌ・ワーウィックによって歌われたものもあるが、ここはとりあえずオリジナルのバカラック・オーケストラによるアルバムをご推薦したい。オーケストラと言っても、決してクラシカルなものではなく、ドラムはいるし、エレキ・ギターだのローズ・ピアノもいる大変ポップな編成で、エコー感の極めて薄い、ドライなサウンドになっている。ただ、サントラを含めて夥しい数のアルバムがリリースされているため、その中の一枚を選ぶとなると、ひどく困難である。だから絶対コレ!って言うんではなく、とりあえずこの辺でいかがでしょう的なノリでご紹介させて頂いた。でも、ベストなんとかみたいのが出ていたら、そっちの方がいいかも・・・。


キャロル・キング『つづれおり』
(1996発売 EPIC RECORDS ESCA7614 \1,631)

Carole King / Tapestry さて、次にご紹介したいのがキャロル・キングだ。この人の曲も絶対一度や二度は耳にしていると思う。有名なところでは「イッツ・トゥ・レイト」や「ロコモーション」等が挙げられる。また、彼女はピアノ弾き語りの元祖みたいな人で、その後の日本のニューミュージック界に大影響を及ぼしたと言って過言ではない。作曲家としての経歴も長く、今だ現役であることを考えると本当に恐れ入ってしまう。そんな彼女のサウンドは、前述のバカラックほどのアグレッシブさはないのだが、やさしさをかみ締めながら一人でジーンとする、そんな曲が多いのだ(ああ、ちっともうまく説明できない)。だから、いわゆるハデさも全くないし、特別ズバぬけたサウンドというワケでもない。それでここまでウケるのは、やはり曲自体の素晴らしさと彼女自身の素朴な(語弊はあるが)声の魅力であろう。それだけにヘビーユーザーも多く、私なんか、一枚のアルバムを1000回以上聴き込んでいるため、さすがにレコードのミゾが無くなりそうだったから全部CDに買い直したぐらいなのだ。さらに影響を受けたのは曲調だけではなく、ちょっとだけ聞こえるアコースティック・ギターの音色にまで及び、未だにこの呪縛から逃れられないためか、ギブソンのJ-45を使っていたりする程である。
 今回、本当は「ミュージック」の方をお薦めしようと思っていたのだが、甲乙つけ難く、かと言って「喜びは悲しみの後に」も超捨て難いため、ホトホト困っていたのだ。しかたがないので、一般的に代表作として有名な「つづれおり」をご紹介させて頂くことにしたのだが、本当は「ミュージック」が好きで・・・いや、「ライター」うーん、やっぱり「つづれおり」かな・・・うう・・・全部聴いて!


クインシー・ジョーンズ『バック・オン・ザ・ブロック』
 (1989年発表。Warner Bros.  9 26020-2  \1748) 

Quincy Jones/Back on the Block  さあ、泣く子も黙るクインシーだ。あのマイケル・ジャクソンだって「ウイ・アー・ザ・ワールド」だって彼がいなかったら無かったかもしれないのだ。そんな彼の作風は基本的にブラック・コンテンポラリーなのだろうが、コンボジャズはあるし、ビッグバンドもあればフルオーケストラやフュージョン、ダンスものにロック、と、無いのは演歌とドドンパぐらいで、書いていてもバカバカしくなる程レンジが広い。しかも、いちいち曲は完璧だわ、アレンジもカッコいいわ、ミュージシャンはどうしてこんな人が、という位豪華だわ、で、もはや追従する気すらなくさせるのである。さらにプロデューサーとしての能力もケタ違いであり、マイケル・ジャクソンを初め、ブラザース・ジョンソン、パティ・オースチンと、これまた書き切れないくらい大物すぎるアーティストがめじろ押しなもんだから、もう音楽界では雲上人のような存在なのだ。だからもはや私ごときが、あーだ、こーだ言うより聴いて頂くのが一番だ。
 そこで、この一枚を選んではみたものの、クインシーファンから思いっきり文句が出そうで、なんとも自信がないとりあえず無難に「スタッフ・ライク・ザット」や「愛のコリーダ」あたりにしといた方が良かったかもしれないし「Q'Sジューク・ジョイント」も、かなりカッコいいので超おススメなんだが・・・いや、まいったね、こりゃ(ハッキリしろよ)。


スティーリー・ダン『ガウチョ』
 (1980年発売。ユニヴァーサル・ビクター MVCM-21021 ¥1748)

Steely Dan/Gaucho さて、最後にご紹介するのがドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカーのユニット、スティーリー・ダンである。もっとも現在は解散(?)しており、独自にソロアルバムを出したり、一緒にライブをやったりしているものの、「カマキリアド」以来詳細は知らない。無責任なようだが、本当によくわからない人たちで、作っている音楽もその背景が見えないというか、一体何を考えて作っているのかサッパリわからないのだ。もちろんレベルとか完成度は凄じく高く、強烈な個性があり、しかも最高に洗練された美しいサウンドなもんだから、作曲家やミュージシャンたちのウケは異様に良い。ただ、あまりの独創性のため、追従しようにもできないし、仮にできたところで、“そのまんま”になってしまう可能性の方が高い。つまり、せっかく苦労して追従したところで、「スティーリー・ダンみたい」とモロに言われて終わるのである。
 まあそんなワケで、後にも先にもこういう音楽をやれるのは彼等、もしくはドナルド・フェイゲンだけだろうと思う。ジャンル的にはロックなんだろうけど、コードはテンション系びんびんで、参加ミュージシャンもスティーブ・ガッド、ラリー・カールトン、リー・リトナー等、フュージョン界のトッププレイヤーが顔を連ねるため、とびきり上質ではあるが、決して爽やかな明るいサウンドとは言えない。この音楽をインテリジェンスと呼ぶか、変態と言うかは意見の割れるところだが、いずれにせよ、未だ私とか様々な作曲家の愛聴盤であることは確かなので、一度聴いてみることをお薦めする。ちなみに「ガウチョ」より、「エイジャ」の方が人気は高く、一般的にはこちらの方を代表作としているようだから、先に「エイジャ」を聴いてもイイかもしれない(ガッドが多分今までで最高のプレイをしているし・・・)。


 まあ、そんなワケで、とりあえず4人のアーティストを紹介させて頂いたのだが、今回は最初だから比較的オーソドックスなチョイスにしてみた。もし、皆さんが全ての作品をご存知だったら言うことはない。ただ、最終的には聴く人の趣味なので、ひょっとしたらキライなもの、あるいは理解に苦しむものも含まれているかもしれない。
 でも、くどいようだが、多くの作曲家やアーティストが少なくとも参考にしているものばかりなので、一聴の価値があると信じている。いや、ホントの話、もはやストリップをやっている気分なのである・・・気持ち悪いか・・・。


初出 角川書店  NEWTYPE MK-2
(月刊ニュータイプ 1997年7月増刊)
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