欧州道中膝栗毛 第4回 〜遠く険しいサーキットへの道〜

午前7時半。日本時間午後2時半。
フランスでの初夜(うっふん)が開けた。
よく目が覚めたものだ。
家では信じられないぐらいズボラな僕だが、旅先では信じられないぐらいマメである。キチンと荷物を整理して、出発の準備を整えてからでないと、眠ることができない。当然昨夜も、キチンキチンと音が出るくらい整理してから寝たので、事実上3時間ほどしか眠っていない。
28時間起きていて、3時間睡眠……。
で、難関・左ハンドル右側通行への挑戦なのである。
こんなもん世界で統一しろよなーオラーと思うのだが、フランスは日本と逆だ。

絶対に事故る……。

僕には確信があった。頭の中で何度シミュレートしても、交差点でどっちに行っていいか分からず、ドカーン! オシマイである。
ただ直線路を走っているだけなら何とかなろう。がしかし、店を出た瞬間とか、交差点とか、ふとした瞬間に絶対に間違えそうだ。それでなくとも物忘れの激しさでは埼玉 一のボクなのさ。
ボークなーのーさあぁああ♪
と、唐突に作詞作曲してメガヒットを飛ばしてしまうほど、間違えることに自信があった。

まずはフロントのオバちゃんにタクシーを呼んでもらい、ツーロンの街へ。ハーツに行くのである! と断固主張する。しかるに運ちゃんは爆走し、ツーロンめがけてブッ飛ばす。朝のラッシュアワーだからなのか知んないが、周辺の車も殺気立っている。ランナバウトというロータリー状の交差点など、みんなグイングインと激しく車体をロールさせ、タイヤをきしませながら旋回しているのだ!

何だなんだこの国は!!

フランスといえば、エレガントでジュテームな人たちだとばかり思っていた僕は、どおくまんのマンガのように目玉 がバビョーンと飛び出してしまった。

こ、こりゃあ事故、間違いないや……。

しかし我こそは日本男児。キンタマも(たぶん)立派なのを2つもぶら下げて、今さら縮こまってばかりいられっか! オラオラ! クルマ出さねぇかオラ! 日本男児のお通 りでぇいオラー。鼻息も高らかにツーロンのハーツに乗り込んだ。
そこではワーオ、メルシーボークーなおフランス婦人がにこやかに僕を迎えてくれた。日本国埼玉 県入間市からとった予約もバッチリ通じているようである。
うーむ、オンラインちゅうのは素晴らしい……。
ご婦人は英語があまりできず、いくつかの質問はまったく理解できなかったが、ニコヤカに「ウィーウィー」言ってるうちに万事オーライ。もしかしたら「返却はスウェーデンにて」とか、「ガソリンは400ガロンつけるべし」なんて言ってたかもしれないが、知ったこっちゃねえ。
クルマを整備していたのは、これまた絵に描いたような人の良さそうな赤ら顔の老人で、ノタクタと歩いてきて、笑顔でいろいろ説明してくれた。
「んにゃ、見なボウズ。ホレ、自動式電動窓開閉装置だでや」
「すごい!」
「見なボウズ。これが前照灯だで」
「感激!」
「ここからは何と冷風が吹き出てくるのだぞぉ」
「わーお!」
せっかくなので一つ一つ感動して差し上げた。
ついでにサーキット・カストレの場所を聞く。
「だいたいアッチの方だと思うんだけど」と婦人。
「んにゃ、××号線を行って××を右じゃ」と老人。

……。

何とかなるだろう。
マシンはルノー・クリオ。オートマ撲滅を願う僕としては、もちろんマニュアルだ。
って、「もちろん」はいいけど、日本車とは逆に、右手でシフト操作じゃないの! いきなりビビッたが、発進直後に「オ、コレは……?」とビビッと来た。実は右手シフトの方がやりやすいんでないの? 右利きだからかな? 分かんないけど。
右側通行も、なあに、案じることはなかった。何せみんな右側通行しているわけだから、間違いようがないのである。
ロータリーみたいなランナバウト式交差点も、出損ねたら回ってればいいのである。何なら一生回って回りながら天に召されても、誰にも責められないのである。
何しろここは自由・平等・博愛の国であるからして、個人の自由は確実に尊重されているのだ!!
それよりも何よりも、早くポールリカールに着きたいではないか。

実はちょっとしたトラブルが発生していた。某エージェントからホテルのフロントに届いているはずのパスが、なかったのだ。パスがなきゃ、サーキットには入れない。しかしとりあえず僕に出来ることと言えば、サーキットに行ってみることだけだった。

行きゃあ何とかなるだべ。

だが、この「行きゃあ」がいかに大変か……。
地図とにらめっこしながら、ハイウェイにイン。周りのペースが速くて楽しい楽しい。140km/hぐらいで走っていても、特別 速いワケではなく、きちんと抜かれる。日本で140km/hは「結構速い部類」に入ってしまい、おっせぇクルマの邪魔が入るばっかりで全然思い通 りに走れない。しかしフランスではそのようなことは一切なかった。
遅いクルマに追いつくと、すぐにどいてくれる。フランス人を蹴散らしながら、日本男児は爆走した。
バンバン行くでぇ。どこまで行けばいいのか分かんないけど。

アタリをつけておいた出口で高速を降りる。料金所でお金を渡す。フランだフラン。フランダースの犬だ。降りていきなり道を見失い、何だかい〜ぃ感じの海辺に出てしまった。まさにおフランスなビーチで、ちょっとしたリゾートっぽくなっている。クルマの窓から、潮の香りが混じった心地よい南仏の海風が吹き込んでくる。のんびりとした雰囲気で、海と車道を隔てる広い歩道を、カップルが歩いている。真っ白な砂浜には真っ白なビーチパラソルが並び、泳いでいる人の姿も見えた。

なーにがサーキット・カストレじゃあ。
わしゃあこの海で一生を過ごすんじゃあ。
シャチでもトドでもかかってこんかァ!
わしゃあ生粋のヤン衆じゃあ!

と、いうワケにはいかない。日本ではかわいい妻と子供が僕の帰りを待っている。
さらには仕事先の人々が「一年分の仕事の成果」を手ぐすね引いて待っている。待たなくていいのに。
もう一度高速出口に戻り、再度道を確認。
あったあった。ランナバウトの出方を間違えていた、今度はキチンと山岳方面に向かう。大好物のワインディングロードだ。

ウッシャー、ジャポンテクニクゥを見せてやる〜と、クリオにムチを入れる。いいペースで走れるじゃないの。切り立った岩に松のような木が生えていて、思ったよりも日本的な風景の中、クリオでカッ飛ぶ。

地元っ子もこのペースにはびっくりじゃろうて。

そう思いつつ何気なくルームミラーを見ると、何てことだ! 超古そうなすすけたプジョー205が、今まさに我がクリオを抜き去ろうとしていた。そして、あっさりとパスされる。

ゲ。
ゲゲ。
なにこれ。
どうなってんの?

その後もオバちゃん運転のセダンやら、じいちゃん運転のキャンピングカーなどに、威勢良く抜かれるばかりであった。

く、グヤジイイイイィィィ。

しかしワタクシは分別のあるオトナとして、遠きおフランスで事故など起こそうものなら、どうなってしまうかぐらいは、えーと想像もつかないんだけど、オオゴトになるであろうことぐらいは分かる。ニッポン男児のドライビングテクニックを100%発揮できないのは悔しいけど、ここは一歩引くしかないのであった。

そんな悔しさの中、サーキット・カストレについに到着した。テレビでしか見たことのないサーキットに、ついにたどり着いたのである。
ああ、ここがメインゲートか……。
誠に不本意ながら、やや感動してしまった。しかし、パスがない状況は相変わらずである。

入れないじゃん。
どうしよう。

だが、問題はない。
こんなこともあろうかと、在日中に有能かつ親切なルパート隊員の携帯電話番号を聞いておいたのだ。電話してみよーっと。
電話ボックスに入ってみる。ん? テレホンカードしか使えないぞ。カードカードカード、えーとドコに入れたっけな。
って、買ってないじゃん!
買ってないもの、持ってるワケないじゃん。

近くの売店で聞くと、下の町のタバコ屋か薬局で売っている、というようなことを言っているらしい。
タバコ屋かよー。
しかも「下の町」かよー。
そこらへんにコンビニねーのかよー。
売店には電話もテレホンカードもなく、もちろんセブンイレブンもないので、行くしかない。父ちゃんは行くしかないのだ!!
僕は再びクリオに乗り込み、さっきよりは速いペースでワインディングを駆け下りるのであった。波乱は続くのである。

もう1年以上も前の話になっちゃったなー。
書くたびに作風が違うけど、気にしないでね。

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