■欧州道中膝栗毛 第3回 〜恐怖の国、フランスでの一夜〜


シャルル・ド・ゴール空港に着いたのは、現地時間で午後8時。ついにフランスの地に足を着けた。ヨーロッパ入りだ。地球の裏側だ(違うか?)。しかしながらやらねばならぬ ことがあって、とてもじゃないがおフランスでエマニエル夫人でエルメスな気分ではなかった。
高橋事務所イギリス支部のジェレミー隊員が予約してくれたホテルに電話し、場所と行き方を確認しなければならないのだ。ここからマルセイユ空港まで乗り継ぐことは分かっている。しかしその後、どうすりゃいいのさ? というワケである。
宿が、ツーロンという場所にあるノボテルであることと、電話番号しか知らない僕は、とりあえず電話してみた。
「ツーツー、ツーツー、ボンソワールシルブプレジョボワ?」
ウオオォォ、生フランス語である。当たり前か、フランスだもんな。しかしここはもう英語で押し切るしかない。
「あのあの、あなた英語しゃべれるあるか?」
「オウ、ワターシ、英語理解するのことね」
(お互いインチキな英語であることを表現しています)
「んと、マルセイユからどうやってそのホテルまで行ったら僕はオールライト?」
「オウ、電車でツーロンね。そこからタクシーがいいことよ。ノボテル言えばオーライよ」
「ありがと」
「どいたしました」
何となく分かった。しかし不安はつのる。
まずは飛行機でマルセイユ空港に到着。最終便だったらしく、荷物待ちをしてるうちに誰一人、猫の子一匹いなくなった。
超不安〜。
空港から駅までは、バス。しかし僕以外に二人しか乗っておらず、このまま山中に連れ去られて身ぐるみ剥がされるんだろうなあ、と覚悟を決める。ところが意外なことに、無事駅に到着した。
もう午後11時半を回っていたと思う。バスを降り立つと、いきなり黒人のデカいのに声をかけられまくる。ガラガラと荷物を引っ張った東洋の子供が、深夜のマルセイユ駅に一人降り立ったのだ。こりゃいいカモだろう。
どうも、荷物を運ぶから金寄こしやがれメーン! と言ってるらしい。
マルセイユは犯罪多発地区として有名な所だ。下手なことすりゃ即スマキになって東京湾に沈むことだろう。はるばる東京まで運ばねえか。
僕はキンタマをギュッと握……りはしなかったけど、なるべく怖い顔を作って、黒人メーンたちの手を振り払い、駅構内に逃げ込んだ。いや、逃げ込んだつもりだった。しかし構内も暗く、怖い。 電車もどれに乗ればいいのかよく分からない。
駅員を発見し、
「ツーロンツーロンツーロン?」
とわめきたてると、 2番線だ、と言う。しかし表示板には3番線と記されている。
何だかよく分かんないけど、とりあえず時間があるので、構内で唯一明るかったマクドナルドへ。フランスでハンバーガーつうのも、妙に空しい。しかしここしか開いていないのだ。しかも食っていると、兵士がゾロゾロ入ってきた。みんなでっかい荷物をぶら下げて、ゴツい。安心していい相手なのかどうなのか、イマイチ判断が難しい。味方か、敵か? どっちだ。
見ているとやっぱり上下関係がハッキリしているらしく、
「青二才、オレはビッグマックだ」
「坊や、オレてりやきね」(てりやきなんてないか)
「はっ、了解であります」
みたいな感じで、まだほっぺの赤い若者が全部運んでいた。
そうこうしているうちに、電車の発車時刻が迫ってきた。2番線にも3番線にも電車が止まっている。
どっちに乗ればいいのさ?
何だか分からないけど、チェイ、と3番線の電車に。終電なので、これを逃したらその時点で僕ちゃんはどうしたらいいか分からなくなる。
ゴトン、と電車が動き出す。だんご鼻で赤ら顔、痩せた車掌に切符を見せて、
「ツーロンツーロンツーロン?」
とわめきたてると、
「ウィ〜」
なんてゆったりと頷く。酔っぱらってんじゃねえのか、という雰囲気が濃厚で、全然信用できない。しかし乗りかかった船だ。行くところまで行くしかないではないか。
電車は、「ジュボワール」とかなんとか次の駅名を告げるボソッとしたアナウンスが1回入るだけで、それを聞き逃したらおしまいだ。駅に着いたら黙って扉が開き、黙って閉まる。駅にも駅名表示板があんまりないようなので(あってもよく分かんないし)、今どこにいるのかもアヤシイ。電車に乗ったら寝られるかと思ったが、とんでもなかった。
あってるのか? あってないのか? あってなかったらどうすりゃいいのか?
頭の中でいろいろシミュレートしてるうちに、どうでもいいやー的捨て鉢気分になってきた。車窓から風景を眺める。暗くてほとんど見えないけれど、テレビで見たようなヨーロッパっぽい建物が飛び去っていく。ああ、ホントにこんな風景なんだなあ、とのんきなことを思う 。
やがて「ツーロン」というアナウンス1発。
「ツーロン? ツーロンって言ったよな今。ツーロンだよな。よし、降りるぞ、降りるぞ。ホントに降りちゃうぞ。いいんだな? よーし降りるぞ。もし間違えてたらオレ速攻で日本に帰るぞ。帰れないけど」
エイヤ〜とホームに降り立つ。わずかな文字情報を分析した結果、ここがツーロンと断定した。
駅を出ると、ナトリウム灯に照らされた6階建てぐらいの古い建物がそびえている。1階もしくは地下はバーのようになっているらしく、 時おり嬌声が聞こえてくる。街を歩く人影はない。たまーにクルマが通る。
ロータリーには、ずらりとタクシーの列。
は、なかった。
午前1時。西武池袋線小手指駅なら、タクシーまみれだ。
しかしここはツーロン。1台のタクシーもない。通過もしない。
僕の前に1人、うら若く美しい女性(フランソワ/仮名)が待っている。
寒い。
どうなってしまうのだろうか。
タクシー、来そうにない。
コンビニもない。
ただ待つしかない。
フランソワも待ってるみたいだし。
フランス怖いよ〜。
と、1台のタクシーが爆走してきた。フランソワが乗り込もうとすると、
「おめえはどこまでだ?」
と運ちゃん。
「ノボテルノボテルノボテル!!」
とわめくと、
「おう、じゃ乗れや」
ああ、 素晴らしきかなフランス! 目の前が開けた!
「仕事の様子はどうだい?」
「まあまあ慣れたけど、ボスには腹立っちゃって」
「ワハハ、仕事なんてそんなもんさ」
フランソワと運ちゃんは、そんな会話をしているかのように聞こえなくもない。中身はまったく分からないし、もしかしたら「こいつをスマキにして東京湾に……」と相談してるのかもしれない。でも、クルマに乗るとなぜか安心できた。
フランソワは10分ほどで降りることに。
「いやあここは僕がまとめて払いますんで。いいですよ、フランソワさんは」
「いえ、そういうわけには参りませぬ。はるか日出ずる国よりお越しくださった天子様に、お金を払っていただくようなわけには」
「いいんだよ、フランソワ。君はツーロンの駅で一輪のバラのように美しかった。どうか私に、その代金を払わせておくれ」
「天子様……ダメ……そんな」
というようなやりとりのあげく、律儀なフランソワはきちんとそこまでの料金を払い、運ちゃんはメーターをいったんゼロに戻して、ノボテル向けて爆走を始めた。
何だかハイウェイに乗ったようだ。140km/hでタクシーかっ飛ぶ。運ちゃんは無口で、たまに、
「どこから来た?」
「日本」
「オレ、英語話せない」
「そうか。僕と同じだ」
「?」
みたいな会話というか何というかをするぐらいで、あとはエンジン音が心地よく車内に満ちていた。
しかし意外と遠い。フランソワが降りてから、30分ほどハイウェイをかっ飛ばしただろうか。ようやくインターチェンジ脇にノボテルのネオンが見えてきた。
「いざとなりゃ歩けばいいや」と思っていたオノレの甘さを思い知らされた。 危うくマジで電波少年化するところであった。
ノボテルのゲートは閉まっていたが、運ちゃんがインターホン越しに、
「日本からのVIPをお連れしたぞ」
と言うと、従業員総出で赤い絨毯を敷いてくれた。
てなことはなく、フロントには黒人の実直そうなあんちゃんがいた。
予約もきちんと取れていて、鍵を渡される。部屋に入ったのは午前2時。自宅を出てから、26時間ほど過ぎていた。
しかし、生きているではないか。何とかなった。
部屋は、ベッドが二つあってかなり広い。窓からはプールも見える。よし、明日ここにフランソワを誘って、のんびりプールサイド・デートだ……。
違った。
ツーロンの街でハーツを探し、レンタカーをゲットしなくてはならない。初めての右側通 行。にも関わらず、場所もよく分かっていないポール・リカールサーキットに行かなくてならない。サバイバルは、まだまだ続くのだ。
何気なくテレビをつけると、リーサル・ウェポンをフランス語で放映していた。フランス語でまくしたてるメル・ギブソン。
迫力、ねえ〜。