■欧州道中膝栗毛 第2回 〜おそろしく優雅な出発前準備〜

仕事先からゴーサインが出たのは、出発の5月20日をさかのぼること僅か6日、
14日(金)のことであった。
フランス〜スペイン〜イタリアと3カ国を巡る13日間の旅は、優雅なヨーロッパ観光──ではなく、お仕事だ。 見積もりやら何やらでようやくゴーサインが出たが、最後のセリフはボディにズシンと効いた。
「特例なんだから、1年分の仕事をしてきてネ」
うーむ。
13日とはいえ、機中を除けばヨーロッパ滞在は11日しかない。 それで1年分の仕事ということは、えーとえーと1日に33.1818日分の作業をしなきゃ追いつかない。 1時間に1日分以上の仕事! ビル・ゲイツかオレは。

しかも、旅の手配もすべて自分でしなければならなかった。
これが大変なことだった。
航空券は、ゴーサインが出た14日(金)にすかさず所沢のJTBに駆け込み、詳細を調べてもらった。
今回乗るべき飛行機は、
20日・成田〜パリ、パリ〜マルセイユ、
25日・マルセイユ〜バルセロナ、
26日・バルセロナ〜ミラノ、
31日・ミラノ〜パリ、パリ〜成田、
という 全6便である。
日程と合わせてどの便が取れるか、調べてもらう。
返事は土曜日以降になるとJTBのお姉さんは言うがちょっと待て、今度の木曜日出発だぞ。そんなんで大丈夫なん?
しかし冷静に考えれば、「大丈夫なん?」はJTBのセリフであろう。
フツーはヨーロッパに行こうなんてえ人物は、5年ほど前からゆったりとプランを組むものらしい。しかも執事がスケジュールを組んで、使用人が荷物を運んで、本人は棒を差し渡した椅子みたいなのに座ってしずしずと運ばれるらしい。
ウソだけど。
それはさておき、出発間際の航空券手配には特別手数料がかかることなどを学びながら、手配を進めてもらった。

ここで、各国における目的を明らかにしておこう。
フランスはポール・リカールサーキット。WGPでノリックと中野真矢の取材だ。
スペインでは、ノリックの自宅で取材。
イタリアはモンツァサーキットで、WSBの芳賀紀行取材となっている。
何やら聞くだけなら華やかな目的地だが、ワタシには何が何やら……。
だいたい、フランスとスペインとイタリアの位置関係さえ分からない。
イタリアっつうのは、長靴みたいなカッコしてる国だってことは知ってるけど、どこなんだよう一体!
さらにサーキットなんて、見当もつかない。
ウロコで埋め尽くされた魚市場の地面に落としたコンタクトレンズを探すようなものだ。
(よく分からん比喩だが……)

そこで僕は、有能な秘書に声をかけた。カメラマン高島夫妻である。
高島夫妻は、罵倒・喧嘩・殴打・誹謗・中傷・非難・衝突などを繰り返しながらも、1年ほどヨーロッパ放浪の旅をした強者である。彼らは誠にありがたいことに、彼の地よりたびたび絵葉書を送ってくれ、その最下部には必ずF・I・SF・Dなどと秘密めいたアルファベットが記載してあった。
何の暗号かと解読に挑戦したところ、半年ほど経ってからどうやら彼らが訪れた国の略号らしきことが判明。当時所沢に住んでいた僕と妻は、そのアルファベットの多さに圧倒され、何度ため息をついたことか。
まったく持つべきはありがた迷惑じゃない、ありがたい友である。
そして15日(土)、信じられないほど巨大なイチゴを手みやげに、高島夫妻が我が家にやって来てくれた。こっちが助けてもらうのに、みやげを持ってくるとは。高島夫妻の神髄発揮だ。もちろんイチゴだけではなく、ミシュランの地図なども持っている。
これをもとに、まずはポール・リカールを探してみた。
しかし見つからない。
当たり前だ。
日本全国地図を見ながらTIサーキットを探すようなものなのだから……。
すげードキドキしてきた。こんなんで大丈夫なんだろうか。
高島夫妻は何だか妙に楽しそうだ。ふたりで額と額を付け合わせて、
「あ、ここも行ったねえ」
「ここは楽しかったわよねえ」
「あ、ここも行った」
「いい所だったわねえ」
「あ、ここも行ったよ」
「あの夜のこと、忘れられないわん」
などとなーんか知んないけど見せつけてくれる。
チッ、しょせんヒトゴトだもんなあ。
インターネットやら何やらで、何とかポールリカールサーキットを発見。どうも現地ではサーキット・カストレと呼ばれているらしい。
うーん、何とかなりそうじゃないか高島くん!! などとゆったりした気分で葉巻をくゆらせていると、
JTBのお姉さんから電話が入った。なんと! 25日のマルセイユ〜バルセロナ間の飛行機が満席だというのだ!!!
なんだよそりゃあ!
僕的にはマルセイユ〜バルセロナなんて、高松〜小松ぐらいマイナー路線というイメージだったのだが、そうではないらしい。
しかし実際にはそんなにメジャーでもなかったらしく、なぜ満席だったのかは後にスペイン到着した時、明らかになる。
とりあえず代替路線を決めねばならない。高島夫妻はのんきに「じゃあクルマで移動しちゃえ」とかすぐ言う。飛行機で1時間ちょいかかるっつうことは、何キロあると思ってんのさ!! こちとら左ハンドル右側通 行未経験者なんだぞ!! このふたりのクルマ好きはもはや病気の域に達しているので、全力で耳をふさいで飛行機的移動経路を探す。
ポールリカールからまあまあ近い空港に、ニースがあった。コレだコレ。コレでしょう……!!
週が明けて17日(月)にJTBに頼んで、何とかニース〜バルセロナを予約。あと1席とか、そういう状況だった。
うわああ、宿はどうすんだ!! スペインはノリックに、イタリアは紀行に頼んであるから大丈夫として、フランスはあてがないぞ!! 着いたらいきなり宿探しか!?
しかし出発2日前の18日(火)になって、高橋事務所イギリス支部のジェレミー隊員より連絡が入り、宿をキープしてくれたという。ジェレミーはヤマハのWGPチームのPRを受け持っている優しいイギリス人だ。
宿があるのは ツーロンという街なのだが、サーキットまではクルマで小1時間かかる。え? じゃあレンタカーじゃん。
えーとレンタカーレンタカー、日本のハーツに電話してツーロンで借りる手はずを整える。これも何かスゲーな、ホントにちゃんと連絡行ってんのかな。いきなりヒッチハイクになっちゃったら、もう電波少年状態じゃんか!!

てなドタバタを繰り返し、どうにかこうにか成田〜パリの機内に辿り着いたのである。
今年の春、3泊4日でマレーシア・WGP開幕戦を見に行った時と同じ小さなスーツケースに13日分の荷物を詰め込んで。もう、洋服省略しまくり。 パンツも裏返して履くぐらいの覚悟はあったのである──。

機内では、ユー・ガット・メールと、ラヂオの時間と、釣りバカ日誌を上映していた。どれもふだん観ることは絶対ない映画だったので、ついつい観てしまった。フランス語をしゃべるトム・ハンクス、フランス語字幕のスーさんなど、それはそれで楽しめた。
飛行時間は約12時間。一度もトイレに行かないぞ、と心に決めていたが、つい1回だけ使用してしまった。なんか悔しい。どうでもいいことなんだけど。ああ、窓際じゃないから退屈だ。
隣の福島さんは、寝るかメシ食うかメモ取るか、という機内ライフスタイルを崩さずにいる。
フランス語、キレイだなあ。高校の時に第2外国語でフランス語を履修していたのだが、最も出席しなかった授業の一つで、1年かけて覚えたのはアルファベットのHを「アッシュ」と読むことだけだった。ちゃんと勉強しておけばよかったよ……。

そしていよいよ飛行機はシャルル・ド・ゴール2空港に到着した。エレガントな着陸であった。