修行中
25000番 雪奈さまのリクエスト 「初めてのキス」 初々しいアリスと、さらに火村もちょっと青いといいなあとか。
(うち、告白はニ系統存在するんです〜(苦笑) 今回は1999リク 「その場所」の後の2人です)
火村に告白した。
はずみだったとはいえ想いを伝えて、受け入れてもらって。ようやく気持ちが楽になれると思っていたのに、全然そうじゃないことにアリスは戸惑っていた。想いを隠して親友をやっていた時より、なんだか緊張してぎくしゃくしてしまう。
こんなことになるとは、思ってなかったのに……
いい年をして、まともな恋愛を今までしてこなかったツケが、今になって回ってきていると思った。
高2の夏の一件以来、恋愛に対して酷く臆病になっている自分を、アリスは自覚していた。女の子を見ればいっちょまえに『かわいいな』『きれいだな』なんてすぐに思うくせに、特定の人を好きになったり付き合ったりとかはできなくているうちに、気がついたら火村に囚われてしまっていた。
本当にいつの間にか。
女性を『いいな』と思うレベルとは全然違うところでひそやかに降り積もってきた想いだから、ある程度までは自分でもまるで気付かなかった。気付いたときには、どんなに足掻いても、もう後戻りできないところまで来てしまっていて…… どうしよう、どうしようとおろおろするばかりで、もう女の人どころじゃなかった。
告白、というものをされたことはある。でも学生時代はまだ例の彼女のことが頭にあったし、火村のことを自覚してからは尚更、それを隠して他の子と付き合うなんて出来なくて……
17歳の七夕の夜にありったけ掻き集めた勇気なんて、その後のことで木っ端微塵に砕け散った。何年か越しでようやく火村に想いが通じた時のことも、あれは勇気を出せたわけじゃなくて、弱いところから崩れたのだと自分では解ってる。
情けない。
『火村は、そんなことないんやろうな。昔っから、モテてたもんなぁ……』
過去に何度も見たことがある光景を思い出しては、ため息をつくアリスだった。
ところがアリスの買い被りとは裏腹に、そう余裕もない火村であった。
あの日、アリスの涙を止めたくて目許に落としたキスは、全くの逆効果になってしまった。傷つけて泣かせたわけではないと解ってはいるが、自分の何気ない行動が相手には大きな意味を持つこともあるのだと知らされた。
気を付けなければ。もっと思い遣ってやらなければ……
アリスと2人きりでいる時、ふと、黙り込む瞬間が多くなったように思う。些細なきっかけで、身体を固くして気まずく目を逸らす瞬間。
ようやく気持ちが通じ合ったのだから、素直に抱き寄せてもよさそうなものだが、どうにもこれが上手くいかない。自然に、自然にと意識すればするほどぎこちなくて。
経験がないとは言わない。
アリスへの想いを自覚するまでは、断るのが面倒くさくて付き合いじみたことをしたこともあるし、自覚してからはやり切れない想いを、やつ当たりのように適当な女性にぶつけていた時期もあった。
でも。
どんな女性が隣にいても、アリスへの想いは薄れるどころか膨れ上がる一方で。ちっとも楽になんかならないことに気付いて、すぐに止めた。
だから、本当の恋愛は初めて。親友としてはプロでも、恋人としては若葉マーク。
アリスの手前、意地でも無様なところは見せたくはないが、手探りなのは火村も同じなのだった。
気付き始めたのは、いつの頃からだったか……
お互いが同じ想いを抱えているらしいこと。そして、自分の想いに相手も気付いているらしいこと。でもそれは、確かめるにはあまりにも危険過ぎて―――
期待と不安、満足と焦燥………
危ういバランスを抱えた状態は、ついこの間、堰を切って崩壊した。幸いにして、薄々察していた予想は外れることはなかったが、新たな関係を築くには、もう少々の段階を踏む必要がありそうだった。
今までと違う反応の返し方が、よくわからない。
いつも気に掛けている。相手が何を見ているのか。
相手の視線を追うのは、今までも当然のようにしていたことだ。けれどこれまでは隠しているべきことが多過ぎて、気付いていながら知らない振りをするのが暗黙の了解になっていた。自分に都合のいい想いを相手の中に感じたときには、外れた時に受けるダメージを考慮して、あえて『まさかな』と嗤い飛ばしたりして。
今度は素直に受け入れてもいいはずだけれど、どうにも距離感が掴めない。片想いでいた期間が長すぎて、親友でいる空気が心地よすぎて、他の接し方を知らない。
お互いに相手を意識し過ぎているのがなまじっか判るだけに、却って対処に困る。
どの程度まで踏み込んでもいいものなんだろう………
週末、仕事を終えたアリスがはるばる部屋を訪れてみると、論文の準備に追われているはずの火村の姿が見あたらない。
「おーい、ひむら? ……ありゃ」
そっと足を踏み入れると、部屋の主は開いたノートや散らばった資料もそのままに、隣の部屋の畳の上に転がって寝息を立てていた。一緒になって眠っていた瓜太郎が気付いて、一声鳴いて寄ってくる。
「しーっ。おじゃまさん、ウリ。火村が起きんように、静かにしてような」
しゃがみ込んでまずここの住人に挨拶してから、アリスは火村の隣にそっと腰を降ろし、なんだか久しぶりな気がする寝顔を覗き込んだ。
窓の外に綺麗な月が見えているが、月明かりがさし込むほどには強くなくて。開けた襖の幅の分だけ隣の部屋からさしている光が、昼間よりも濃い影を寝顔に落とす。学生の頃から見飽きるくらい見ているはずなのに、どうして未だにドキドキできるのか、アリスは改めて不思議に思った。
片想いだった頃は、そんなに長く顔を見つめるなんてできなくて、せめて寝顔だけでもと、機会があるたびにじっと見つめ続けた。疲れてないか、うなされていないか、苦しそうな兆候が表れていないかと、それこそ穴が開いてしまいそうなくらいに。
安らかな寝息が聞こえるほど近い場所にいられることが嬉しくて、特権みたいに誇らしくて。
2度目以降の悲鳴が聞こえた夜は、こんなに近くにいるのに何もできない自分に歯噛みして。
両想いになった今でも、火村の寝顔を見ると条件反射みたいにあの頃の想いが溢れてくる。いとおしくて、見ていると切なくて。そっと抱きしめて、キスを落としたくてたまらない。
と、あまりにも強すぎる視線に気づいたのか、火村が薄く目を開いた。
「なんだ、来てたのか。……どうした?」
アリスの思い詰めたような視線に、火村が声を掛ける。
「―――キス、したい。君に……」
寝起きで掠れた声がとてつもなく優しい気がして、アリスは問われるままに答えてしまっていた。
「……どうぞ。してみろよ」
まだ半分夢うつつのような、熱に浮かされたような火村の返事。
「アリス?」
「………」
自分を呼ぶ声に急かされ、アリスは覆い被さるようにして、火村の乾いた唇の上にそっと自分の唇を押し当てた。
「―――ご感想は?」
「……よぉわからん。したくてたまらんかってんけど…… キスしたら、切ないのがちょっとは治まるかと思ったんやけど、あんま変わらんし……」
触れた唇だけが、僅かに熱を持ったような気がした。
「苦しいのか?」
「……うん。こんな苦しいんは片想いだからや、ってずっと思ってたんやけど、違ったんやな…… 好きだからやったんか。知らんかった。ずっとこうなんかな……」
「足りなかったんじゃねえのか」
そう言って、火村がアリスの頭を先ほどの位置まで抱え寄せる。2度目のキス。さっきと違うのは、火村の手がアリスに回されていること。大きな掌が頭と背中をすべり降りていく感覚が、アリスを陶然とさせた。
自分はさっき、腕立て伏せみたいに布団の上に手をついていただけだったのに。唇に触れようとするだけで精一杯で、おまけとして添えられているだけだと思っていた手が、こんなに大切な役割を果たしているなんて知らなかった。こんなに気持ちのいいものだったなんて。
俺もこうすればよかったんやな……
反省も込めて、アリスは手の届く位置にあった火村の肩にぎゅっとしがみついた。
時間はそんなに長くなかったはずなのに、今度はすごく満たされた気がした。離れたとき、思わずため息が漏れた。火村から離れたばかりの口で大きく吸った息に、空気が唇を通過する際、そこから微かにキャメルの匂いが混じるような気がした。
「どうだ? 今度は」
「……ん、なんか、さっきより安心した。手が……」
「手?」
「え、と、よう解らんけど、俺だけやなくて、そっちからも欲しがってくれてる気がして、その……嬉しかった」
火村が微かに笑った気配がした。起きて立ち上がるついでに、くしゃっと髪を掻き回していく指も、アリスはさっきの続きとして嬉しく受けとめた。
「アリス、電気点けてくれ」
「あ、うん」
カーテンを引きながらの火村の言葉に、何気なく従って明かりを点ける。ぱっと溢れる白い光の下、本当に何の気なしに振り返ったアリスは、火村と目が合った途端、かあっと顔に血が昇るのを感じた。おまけにすっかり忘れていた、アリスの言い付けどおりにおとなしくしていた瓜太郎の存在にも気付いて……
「なんだ? さっきまで平気だったくせに」
笑って抱き寄せられる。火村の鼓動も実は早めだったのだけれど、アリスに気付く余裕はなかった。
「ひ、火村、ひむらっ………」
火村の腕の中で、顔は胸に埋めたままわたわたともがく。
「あのっ、俺っ、すまん。今、正気に戻った。うぁぁ、俺、なんちゅーこと……!」
さっきのはなんだ、その、月が綺麗だったからや。うん。そのせいに違いない。自分は月に囚われていた。アリスは内心、必死に自分に言い訳をした。
「なんだよ。電気点けたくらいでもうおしまいか? やっと目が覚めたとこなのに。……夢じゃなかったよな。アリスが自分から―――」
「わーっ、言うなぁ! た、頼むわ、今はなんも言わんとってくれ。ちょお放っといて……」
目が眩むくらい、恥ずかしかった。でも、声を上げて笑う火村がちょっと嬉しそうで、自分も嬉しかったから…… まぁいいか、と思うアリスだった。
「なぁ」
「ん?」
そのままの姿勢で、火村から声が掛かる。
「お前、これ、初めてか?」
「あ、あったりまえや!」
「……そうか」
その間はいったい―――
「な、何や?」
「いや… アリスでもしたいと思うことを、俺が何も感じないと思うか?」
「っ、君、まさか!」
慌てて顔を上げる。その先には、アリスの視線を避けるように目を逸らす火村がいた。
「……まぁな」
「……どんくらい?」
「……さぁな」
「…………」
はて、いったい今のは、実は何度目のキスだったのだろう……?
今となっては訊いても定かではないらしい問題に、アリスは暫しぐるぐると頭を悩ませた。
「やっぱりそうだよな。相手も求めてくれるんじゃなきゃ嬉しくないよな。よく解ったよ」
火村の呟きに、ふと我に返る。
「……今日のは嬉しかった?」
「……ああ」
「……しゃあない、許したる。けど、今度からこっそりはナシやで?」
もったいないから。
せっかくの火村とのキス。その想いを感じたいから。精一杯に応えたいから。
伝え合おう。どれだけお互いを想っているか。
ナイショにしておくより、きっとその方が幸せだから。
恋愛修行中。アリスだけでなく、おそらく火村も。
この年になって本気の恋愛は初めてだなんて、他の奴には恥ずかしくて言えないけど。コイツとのことは、今ようやく始まったばかり。
まだ先は長いから、2人で手探りで進んでいけばいい……
なんとなくお互いにそう思っていることがわかって、同時に苦笑する2人だった。
H12.6.11
おのれら、いい年こいて、ええ加減にせえよ(-_-メ) とお思いの皆様、ごもっともです。
ちと若い、日記の「社会人と院生」の方は、その場でへろっとキスしちゃってるもので……(;^-^A)
前半中立だったはずなのに、後半なんだかアリス視点。どうも最近クセがついて困ってます。はう〜