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        ナンパの達人
                  のべるずの『同士』から続いてます。そちらから先にお読みください。

42424番 はるるさまのリクエスト     「嫉妬する助教授!」
男にナンパされるアリスを見た助教授、嫉妬大爆発!!!
(ちょっと… だいぶ違う。すみません)
 




「アリス!」
 人込みの中で大声で呼ばれるのをアリスが嫌っていることを、忘れていたわけではない。
 ただ、遅れている自分を見付ける瞬間のアリスの笑顔が見たかったのだ。決して、今か今かと火村を待っているはずのアリスが、自分が来たことにも気付かずに他の誰かと楽しそうにしていたからではない。ちゃっかりとアリスのマフラーをして笑っている子供から、自分の方へ視線を向けさせたかったからでもない。
 ……と思う。
「悪い、遅くなった」
 よほど驚いたのか赤くなってわたわたするアリスをたっぷりと楽しんでから、火村はとなりで面白そうにアリスを眺めている子供に視線を移した。
「この子は?」
「あー、えっとな、お父さんが迷子……」
「なつみ!!」
 さっきの火村を上回る大声が響き、1人の男が駆け寄ってその子供をしっかりと抱きしめた。
「遅なってスマン!」
 抱きしめられた子供は、アリスの方を見て照れくさそうに笑っている。どうやら待ちぼうけを食わされていた者同士、仲良くなっていたらしいと見当をつける。アリスの相手をしてくれていた少年に対して、火村は殊勝にも感謝に似た気持ちになりかけていたのだが、それはほんの一瞬のことだった―――



「いや〜助かりましたわ! こちらの兄さんの、『アリス』って、めったにない懐かしい名前を呼ぶ声が聞こえたんで、思わず振り返ってもうてんけど、うちのチビスケが一緒におったとはラッキーやったわー。人ゴミん中やとコイツ、チビっちょ過ぎて目に入らへんのや」
「チビチビ言うなこんド阿呆!」
「おっ、このっ、父上に向かってなんたる口のきき方! 成敗してくれる〜」
 むぎぎぎ〜〜っと、抱きしめていたはずがいつの間にか取っ組み合いになっている親子を前に、火村もアリスも暫しポカンと毒気を抜かれて立ち尽くした。
「……行くか」
「お、おう。ほんじゃな、夏海くん」
 気を取り直した火村がアリスを促し、2人で立ち去ろうとすると、
「ちょ、ちょお待って!」
 父親の方から声が掛かった。
「久しぶりなんやから、ちょお待てや。なぁ、アリ坊やろ?」
「へ?」
「やーっぱしアリ坊かぁ! なんやオマエ、全然変わっとらんのなー」
「ど、どちらさん? アリ坊って…… あーーーーっ!」
 指をさして叫ぶアリスに火村は額を押さえた。知り合いか。面倒なことになりそうだ……
 遅れたのは自分であるが、一刻も早くその分を取りもどしたい火村は内心穏やかではない。
「ひ、ヒデちゃんか?」
 アリスが横目でこちらを伺うような面白がるような視線が、火村の気に障った。お察しの通り、火村にもご幼少のみぎり、そう呼ばれていた時代があったからである。
「うわー、懐かしなぁ。こんな大っきい子供がおるなんて、知らんかったわ」
「おう。こいつが世話掛けたな。せっかく会うたんやから、これから一杯付き合えや」
「一杯て、オマエ、子供……」
「気にすんなって。飲み屋にかてジュースくらいあるわい」
「おっちゃん行こう? 友達ならちょうどええわ。さっきの話、おとうちゃんに言うたってや」
「なんや? なんぞ悪口でも言うてたんか?」
「え。あの…」
 冗談じゃねぇ、と火村は口に出さずに毒づいた。自分が付き合う義理はないし、アリスが旧交(と新交)を温めたいなら勝手にしろ。
「じゃあ、俺はお前の部屋で待ってるから」
 小声で囁いて背を向けようとした火村のコートを、アリスがはっしと捕らえた。
「待てや! なぁ、コイツも一緒でええやろ?」
「おお、この兄さんのおかげでアリ坊と出会えたんやしな。大歓迎や!」
「おい……」
「な、ええやん、ちょっとくらい。行こ?」
 義理はない。義理はないが…… アリスのおねだりに弱い火村であった。





 火村がほっとしたことに、まだ時間が早いしお互いこの後の予定もあるということで、飲み屋ではなく喫茶店に落ち付いた。この男はいちいち火村の癇に触るのだ。
「ナンパ成功やな」
「おお。オマエ、結構ええスジしてるやんか。さすが俺の子や」
 などと親子で囁き合っているのにも腹が立つ。なにがナンパだ。
 大人3人がコーヒーで暖を取っているのに対し、夏海くんとやらは果敢にもチョコパフェなんぞに挑んでいる。寒くないんなら、アリスにマフラーなんて借りてんじゃねえよ。――と、火村の心はどこまでも狭い。コーヒーもまだ熱いし、子供を前にしてはタバコも吸えなくてイライラする。

「しっかし久しぶりやなぁ。俺が4年生で引っ越して以来やろ? なんでオマエそんなに変われへんねん」
「ほっとけ」
「ひょっとして、まだ嫁さんおらへんのと違うか? アカンで、それは」
「君に言われたないわい」
「なんやそれ…… あっ、夏海てめえ! コイツに余計なことしゃべりよったな?」
「何が? オンナに逃げられたんはホンマのことやん」
「かーーっ、生意気な。このこのっ」
「いて、いてて、やめれ」
 ぐりぐりの刑に処せられている夏海を助けるべきかどうしたものか、というアリスの視線が火村の方を伺う。それに肩を竦めて見せて――もちろん、それが暴力ではなくコミュニケーションにすぎなかったからだが――窓の外に視線を逸らした。
 幼馴染み、か。
 火村はぼんやりと考えを巡らせた。自分の知らない子供の頃のアリス――― アルバムの中でしか知らないアリスを知っているという男を、羨ましく思ってしまう自分がとても滑稽に思える。このあとアリスの買い物に付き合ってやる予定だったが、すでにぐったり疲れている火村だった。
「なぁ、そちらの兄さんも1人もんなんか?」
「おう。コイツも俺とおんなじや」
「いかんなぁ。俺がナンパの仕方、教えたろか? これからチビに伝授してやる予定やってん。ついでや」
「結構。間に合ってますので」
 火村はにべもなく断る。相手がどう思おうと知ったこっちゃねえ。最も、いい年をしてこんな馬鹿げた誘いにホイホイと乗る奴がいるとも思えないのだが。
「んー、そらまぁこんなカッコええ兄さんやったら、不自由しとるワケないわな。……せやったらオマエやアリ坊。俺の弟子2号にしたる」
「冗談やないわ。俺かて間に合ってますー」
「ウソこけ」
「なんで嘘やねん!」
 
「やめとけば?」 
 思わぬ援護射撃が火村の前からかかる。
「そのおっちゃん、好きな人おるて言うてたで?」
 どんな話をしてたんだ…… と正面から横に視線を移すと、かかーっと見事に色づくアリスの顔があった。
「い、いや、別に、そう言うたわけでは……」
「止めといた方がいいでしょうね。そいつの恋人は、結構なヤキモチ焼きですから」
 しどろもどろのアリスを遮るように、火村は口を挟んだ。呆然とこちらを向き、視線が合って更に赤くなるアリスに、ニヤリとしてみせる。
(なんだよ。本当のことだぜ?)
「恋人! おるんかアリ坊!?」
「え! え、っと…… ぺ、別に、この年やし、いたってええやんか!」
「ほーー」
 気が抜けたようになっている男に、ちょっとだけ溜飲を下げる。ザマアミロ。
「ま、こん中でホンマの1人もんは、おとーちゃんだけっちゅーこっちゃ」
「なんやと! 夏海、まさかオマエも……」
「オレかって彼女くらいおるねん」
「げ」
「ナンパ名人、なんていつまでもちょーしこいてんと、早う再婚しいや」
「ハイ……」


 目の前で漫才が繰り広げられている間に、火村はようやく冷めたコーヒーを飲み干した。
「アリス」
「な、なに?」
 タバコを吸ってくる、と言おうとしただけなのに、どこか慌てたような返事が返ってくる。何か様子がおかしかった。アリスが、先ほど夏海に話した『大切に名前を呼んでくれる人』が火村本人のことだと夏海にバレないよう、呼ばれるたびにはらはらしている――などとは知るよしもない火村だった。
「ふーん」
 そんな2人を、男の無遠慮な視線が眺め廻す。にやにやと嗤う男が気に食わなくて――まるで自分の笑い方を見るようで――睨み付けないように意志の力を必要とする。
「名前で呼ばせてるんや」
「な、なにを……」
「せやかてオマエ、『アリス』なんてイヤや言うて、絶対に名前では呼ばせへんかったやないか」
「そんなん、小学生の時分だけや。上の学校行くにつれて無駄な抵抗になったわ。俺かてオトナになったし」
「ほー、よー言うわ。なぁなぁ兄さん、こいつホンマにおとなしく呼ばせてました?」
「……ええ、特に嫌がられた覚えはありませんね」
 そうすると、この男はアリスのことを名前で呼んだことがないわけだ。
 そんなことにささやかな優越感と慰めを見出して、この場を乗り切ろうと我慢していた火村は、待ちに待った別れ際に男から放たれた「じゃーな、アリス」の一言に、最後の最後でぶち切れた。






「あ、あの、火村……?」
 一言も口をきかず、立て続けにキャメルを消費しながらすごい勢いで歩いていく火村に、アリスからお伺いの声が掛かる。斜め後ろから必死についてくるアリスは、既に息を切らせていた。
「君、今日おかしいで? 具合でも悪いんか? せっかく子供がおるのにあんまり話もせんかったし……」
 あのな、俺は別に子供好きって訳じゃ…… と火村は突っ込みたかったが、言うべきことはそこではない。
「悪かったな。……目の前で恋人をナンパされたんだ。その相手に愛想よくできるほど寛大な男がいたら、お目にかかりたいね」
「ナン… あ、アホかっ! そんなワケないやろ!」
「そう思うか?」
 そんなに思いがけないことだったのか、その場に立ち止まってしまったアリスの肘を掴み、火村は通行の邪魔にならない路地まで誘導した。
「……あの、なぁ、火村、さっき言うてた、あの…… ヤキモチやきって、ホンマ?」
「………」
「せやったら、さっきも妬いてたんか?」
「―――」
 ジロリと睨むだけで答えない火村に、アリスの顔が綻んでいく。
「うわぁ。……さっき解ってたら、もっと堪能したのに」
 そう言って晴れ晴れと笑うアリスが、火村の目には悔しいが愛しく映る。チクショウ。
「嬉しそうにしてんじゃねえよ」
「せやかて、嬉しいんやもん。いっつも俺ばっかり妬いてるんは悔しいやんか。俺がナンパに乗ることなんてまずありえんのやし、それ以前に誘われもせえへんしな。妬いてもらう機会があらへん」
 ……解ってる。
 実は結構妬く場面に遭遇する火村は、内心ため息をつく。アリスは下心が見えるナンパには絶対に乗らないが、下心が見えないナンパにはそうとは思わず付いて行く習性があるのだ。まぁ今日の奴らに下心があったとは言わないが。
「俺だって誘いに乗ったことなんかねぇだろうが」
「…………」
 乗らなくても誘われてるだけでイヤや―― なんて考えているのが見え見えのアリスに、火村は少し気を良くした。そうだな。妬かれるってのは、嬉しいもんだな。


「そういや1回だけあったっけな。誘いに乗ったことが」
 びくりと肩を震わせるアリスを、火村は意地悪く楽しんだ。
「いつ……?」
 アリスは顔を強張らせ、注射の覚悟を決める子供のような風情で俯いている。
 本当は片想い期間中、自棄になって女からの誘いに乗ったことは何回かあるのだが、ここはシラを切り通すに限る。アリスをこれ以上悲しませないためにも。
「不可効力だったんだ。あまりに自然だったんで、見事に釣り上げられてた」
「――――」   
「おまけに奢らされて、未だに捕まってるんだから…… 達人だなお前」
「……俺?」
 ようやく視線が合う。アリスが目を上げられないのをいいことに、ニヤニヤ嗤いを顔に貼り付けていた火村だったが、それを消して宥めるような笑みを送る。
「だろ? 誘いに乗ったことのない俺を、『昼メシでも一緒にどうや?』の一言で釣り上げたんだから」
「……君がそんな風に考えてるとは知らんかった。俺の方が150円カレーで釣られたんやと思っとったのに」
「お互い、その時に気付いてりゃよかったな」
 そうすれば、その後の不毛な数年間を過ごさずに済んだものを。

 そう言ってやると、「けど俺は、その数年間も経験できてよかった」という返事が返ってきた。『何事も経験!』がモットーの小説家はこれだから……、と助教授はまた別の嫉妬に駆られる。いや本当は、その間に育んできた想いを、自分同様アリスも大切にしているからだと解ってはいるけれども。
 キリがない。
 自分だけを見ていて欲しい思いはお互いに一緒だが、自分の視線が相手だけを見ているわけにはいかないのも、それに妬ましいような気持ちを覚えてしまうのも、また一緒なのだった。
「なぁ…… せやったら、もう2度と他の誘いに乗ったらアカンよ?」
「お前もな」
「あたりまえやん」
 得意そうな怒ったようなアリスの宣言はあてにならない。なにしろナンパされている自覚がないのだから……
「行くぞ。さっさと買い物を済ませちまおうぜ」
 多少の頭痛のタネを感じながらも、火村は取り合えず妬かれる幸せを堪能することにした。今日うっかりと妬いてしまった失態を、これで埋め合わせにしようと自分に言い聞かせながら。



H13.1.20
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本当はカレーよりも、「気になるな」の一言でオチたと思うのですが……<ナンパ 

夏海パパ。名前を、仮に『水木秀幸』さんとつけてみましたが、別に出さなくてもいいや、と (笑)
なぜ水木なのかは、わかる人だけ笑ってください。(好き好き〜v)