戻る


         明日になったら


 

 バレンタインデーが通り過ぎる。そうしたら街に出掛けられる―――


 クリスマスに父の日母の日…… 世の中には、参加できない者がいたたまれない思いをするようなイベントの時期が多すぎる。子供の日だけでは足りずに、孫の日まで作ろうとかなんとか?
 いかにもなディスプレイが何週間も前から街中に溢れ、店に入ればそれ用のテープがエンドレスで、プレゼントを買え買えと店を出るまで喚き続ける。新聞に入ってくるチラシも、テレビのコマーシャルも、嫌でも目に入るようにこれでもかと押し寄せてくる。
 私に取っては、この時期がそれにあたる。
 
 この時期は嫌い。
 街中がバレンタイン1色になる。女性たちは好きな人に贈るチョコレートのことで頭がいっぱいになり、男性の方もそわそわと浮き足立ってくる。義理チョコなんていうありがた迷惑な習慣もできて、うっとうしいことこの上ない。
 学生時代も、モテる奴とモテない奴との差がはっきり表れて、はっきり言ってあまりいい思い出はなかった。

 まして、今は―――



 『好きな人にチョコレートを』 贈れない人のことも考えろっていうんだ。
 火村が、女子学生が山ほど持ってくるチョコに辟易しているのは知っている。
 持ってきたヤツには単位はやらん、こっそり置いていったものは捨てる、とまで公言している。しかし直接教えていない子が手渡ししてくるものはいかんともしがたいらしく、それだけでも結構な数に昇る。
 私だって後日編集部気付で贈られた、『江神さんへ』などと書かれたチョコを送ってもらい、ありがたいけど食べきれなくて実家に回してしまう。
 別にお互いチョコが欲しいとか贈りたいとか思ってるわけじゃない。
 でも……

 女性から好きな人に何か贈るのが当然、という空気が街中に漂ってしまうと、私の胸中は複雑だ。
 私は女性ではないから気にしなければいいと思う反面、普段、その、なんだ、いわゆる女役、になってしまっているのも承知しているので、なんだか気が咎めるような気がしてしまうのも確かだった。

 また今年は、その前がご丁寧にも3連休ときている。3日間どこにも出掛けずに過ごすのは結構辛かった。
 いつもなら3日くらい外出しないことはザラにあるのだが、世間が休日だと判っていて、にも関わらずアイツが忙しくて会えないとなると、さすがに堪えた。
 差し迫った締め切りもないのに、夜ばかりでなく昼間も受験生のように真面目に机に向かい、仕事がいつになく捗ったのは誠に喜ばしい事であった。はぁ。



 バレンタイン、かぁ……

 いっつも気になって、でも参加もできずに横目で見ながら通りすぎる行事である。こんなに気になるんだったら、いっそのこと参加してしまった方が気が楽なのではないかとまで思う。ただし、自分があの女性の中に混じってチョコを買う姿を想像した時点で、そこでもう気力が萎えてしまうのだけれど。
「だーかーらー、違うんやって!」
 問題はチョコレートではない。恋人行事に胸を張って参加できないことを思い知らされるから悔しいのだ。
 だから耳を塞いで、目を背けて、世間のお祭り騒ぎが通りすぎるのをじっと待っている。



 もうすぐだ。
 もうすぐチョコも半額になって、じきに店頭のワゴンからもカラフルにラッピングされた箱が消える。
 そうしたら。
 そうしたら火村に電話しよう。
 声を聴いて、次の約束だけでも取り付けよう。この時期忙しいのは解ってるけど、それなら顔を見に陣中見舞に行くだけでもいい。
 じっと我慢できた自分へのご褒美に、火村をプレゼントしてやるんだ。

 1日でも早い方がいい。
 寂しいと自覚してしまったら、声にも態度にも表れて、きっと心配させてしまうから。
 その前に、一刻も早く自分に火村を補給してやらなきゃ……




「火村ぁ、たまに街に行きたいねん。まだ冬物最終処分やってるやろ? 付き合うて?」





きりばんの「当日のひと仕事」へ進む?

H12.2.14


壁紙のみバレンタイン仕様……(苦笑)
どのサイトさんもあまあましてるだろうと思って、あえて外してみました。
ごめんね、アリス。