予約済 (去年の暗さから一転させてみました)
「なんや火村、ずいぶん急いでんな。お前もデートなんか?」
「ああ」
「……なにィっ !? 」
足早に研究室を出ようとしていた火村は、質問に答えた途端、驚きの視線に取り囲まれた。
「自分から振っといて驚くなよ」
「驚くわ!」
どんな美人に誘われてもいかにも迷惑そうにするばかりだった火村が、クリスマスにいそいそとデートに出掛けるともなれば。
「お前らだって今日はそんなもんだろ。同じじゃねぇか」
「あー? そら、まぁ。けど……」
相手の歯切れが悪い。
火村にも自覚が無いわけではないのだ。まさかこの自分が、こんなにも恋愛沙汰で浮かれて恋人の許に赴くようになるなんて。
自覚があるからこそ、何事もないように軽く受け流す。相手について追及されたら困るので。
「じゃあな、お先」
「お、おう。頑張れよー」
さっさと部屋を出る。後に残されたメンバーの間には、微妙に固まった空気が漂った。
冬至が過ぎたばかりの夕暮れ間近の空を見上げながら、どうやら間に合いそうだと火村は息をついた。アリスが定時に退社できたとしても、アパートに辿り着くまでにはまだ充分な時間がある。
(あの鳥でも買ってくか)
たしか鳥吉とかいったか。アリスが子供の頃から好きだったという、カレー味を付けた鶏肉を売っている店は。買い物のついでに足を伸ばして、寄り道するくらいの時間はあるだろう。
(予約なしでも買えりゃいいけど)
一応自炊しているとは言え、『クリスマスディナーに腕を奮う』 などという大事業には、さすがの火村も乗り出すべくもない。だがせめて、少しくらいはそれらしくしてやりたい。
甘やかしていると思わないでもないが、今日くらいは許されるだろう。
約束したから。
今年は部屋を暖めて待っていてやると。
使う機会はそう頻繁にはなかったが、いつも財布に忍ばせている合鍵。それを思い浮かべ、今日は使ってやれるかと思うと、自然に頬が緩む。
久しぶりに会うアリスの喜ぶ顔を思い浮かべながら、火村は歩を進めた。
「お疲れさんでしたー!」
去年は急いで帰って行く人達を寂しく見送ったアリスだったが、今年は違う。ちゃんとその中の一員に混じって、競うようにして会社を飛び出した。
帰ったら、火村が待っていてくれるはずだから。ちゃんと約束したから。
ちゃんと恋人になって、初めてのクリスマスだ。ちょっとくらいワクワクしたって、それはカンベンして欲しい――― なんてな ///
『ちょっと』やなくて、『ものすごくワクワク』 の間違いやろ! と傍からツッコミが入りそうなくらいに、アリスは浮かれていた。こんなにドキドキするのは、サンタクロースを信じて待っていた幼稚園の頃以来だ。
それにしても、なんだか今日は恋人とのことをからかわれることの多い日だった。
去年もちゃんと、『イブは彼女とデートです』 と言っていたはずなのに、今年のひやかされ方は去年の比ではなかった。そして皆、最後には一様に、『頑張れ』 と声援を送ってくれる。
(なんで?)
首を捻るアリスは、答える自分の反応に思い当たっていない。恋人がいるように見せかけるためのその場凌ぎの言葉と、真っ赤になってわたわたと白状するのとでは、後者のほうが俄然からかい甲斐があるに決まっている。
わたわたしながらも嬉しさを隠しきれないその様子に、『コイツ、今夜勝負を賭ける気ィやな』 などと誤解する向きも少なくはなかった。気づかなくて幸いというものだ。
「今までもずっと一緒におったのに、なんや改めて意識すると急に緊張するなー」
考えてみると、出会ってから今までなんだかんだで結局、毎年欠かさずに一緒に過ごしていたのではあるまいか。友人以上になるなんて考えもしなかったそもそもの初めから。
おお、恋人もビックリのマメさではないか!
華やいだ空気ながらも相変わらず満員の電車に揺られながらも、アリスはいいカンジに浮かれて能天気なことを考えていた。街中のイルミネーションにすっかり酔わされてしまったみたいに。
「せや、ケーキ買ってかな」
今年は奮発してホールのケーキを買ってもいい。うわぁ、どんなのにしよう?
「けど、予約してなアカンかな」
うーむ?
「ま、どっちでもいっか」
ホールにしろショートにしろ、去年も行ったあの店ならおいしいケーキが買えるだろう。顔に似合わず意外と甘党なあの男にも、きっと満足してもらえる。
美味そうに食べる火村を思い浮かべれば、まだ会ってもいないのに嬉しい。木枯らしを避ける振りをしてマフラーの中に笑みを隠しながら、アリスは家路を急いだ。
去年の約束どおり、アリスのアパートで2人で迎えるクリスマス。
渡された合鍵を使って、アリスが帰るまでに火村が部屋を暖めて。
そしてこれからも、未来のクリスマスの予定は全て自分が予約済みなのだ。なんて贅沢なんだろう。
巷に幸せが溢れるクリスマス。
その中の誰にも負けないほど、2人は幸せな夜を過ごす予定―――
そして逢う前から、既に幸せなイブは始まっているのだった。
H14.12.24
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ずっしり重いバージョンと迷いましたが、時間切れにより幸せ浮かれバージョンです。 |