一日の仕事を終えたヤマハ社員たちがグラスを傾けるY's BAR。気の知れた仲間たちが集う店内では、
開発や技術にまつわる話、苦労話や失敗談など、ヤマハ談義は尽きるところを知らない。
 今日は珍しく早い時間にお店に着いて、ひとり準備に大忙しのマスター。
お店の扉を開けるなり元気よく声をかけたのは、ファクトリーライダーの中野真矢選手です。
おやおや、意外なことに、ふたりは古くからの知り合いのようですよ……。



■ヤマハ発動機発行「WAY」1997年3月号掲載・1997年2月取材

中野真矢(以下:中野)「ちわーっす!」
マスター(以下:MS)「おぅ、ビールならそこに置いといて!」
中野「何言ってんのマスター。僕だよ」
MS「おおーっ、真矢じゃないか! 久しぶり。まーまー座んなよ。何か飲む? ビール?」
中野「もう! 僕が19歳だって知ってて言うんだから」
MS「真矢まだ19歳だっけ。あれー、この間ハタチになったのは……、あー、あれはカヨちゃんか。いや、ユミちゃんだったかな」
中野「そんな、マスターの女性遍歴聞かされたって……」
MS「だぁははは。まーまー、ジンジャエールでも飲む?」
中野「ありがとうございます。でも炭酸はやめておこっかな」
MS「あれ、前はコーラとかよく飲んでなかった?」
中野「うん、飲んでた。でも、巨人の松井選手が、骨のために炭酸をやめたって話を聞いて、僕もやめることにしたんですよ」
MS「エライッ! さすが真矢だ。オレが目を付けただけのことはあるッ!」
中野「……そうでしたっけ!?」
MS「そうよ。自慢じゃないけど、ポケバイの時から目ェ付けてたんだから。並のライダーじゃないって、一目で分かったね」
中野「どの辺で?」
MS「え? う、うん。まぁ、な。それより真矢、どうしたのこんな時間に」
中野「大学の授業が休講になっちゃったんですよ。どうやって時間つぶそっかなーと思ってたら、確かマスターのやってるY's BARが近くにあったな〜って。昼間にマスターがいるのかどうか分かんなかったけど、来てみたんですよ」
MS「すっごいラッキーだよ。ふだんこんな早い時間に店に来てることなんかないからね」
中野「……はぁあ」

MS「はい、100%のオレンジジュース。あ、牛乳の方がよかったかな」
中野「僕の牛乳好き、覚えててくれたんだ」
MS「もちろん! だって真矢、ご飯食べるときいっつも牛乳じゃない」
中野「そうなんですよ。変かなぁ。鉄分2倍のヤツとかいろいろ試してるんですよ」
MS「まぁ、体にはいいもんね。それより真矢、ヤマハのファクトリー入りしたんだって!?」
中野「もう! 一番最初に言ってほしかったのにぃ。今シーズンはヤマハレーシングチームで全日本ロードレースのGP250にエントリーするんです」
MS「じゃ、インタビューの練習でもしよっか。えー、中野選手、いかがっすかー、ファクトリーライダーになった感想は」
中野「いやぁ、最高ですよー。そういえばホラ、ヤマハのホームページができたでしょ。で、大学のコンピュータはいつでもインターネットが使えるんで、授業の空き時間に覗いてみっかーなんつって眺めてたら、『'97レース活動体制』なんてコーナーがあって、『おおっ』なんてさっそく覗いてみたんですよ」
MS「なるほどなるほど〜」
中野「で、ファクトリーのライダーが紹介されてて、阿部さんのとこなんかは名前をクリックすると顔写 真が出てくるんですよ」
MS「なるほどなるほどぉ」
中野「『すっげーなー、阿部さんぐらいになれば、インターネットに顔写 真載せてもらえるんだー』なんて感動しちゃって、『まー応のため自分のとこも……』って自分の名前をクリックしたら、僕の顔写 真も載ってたんですよ。『うおーっ、すっげー! やっぱファクトリーは違うわ』って、その時初めて実感しましたね。一緒にいた友達につい叫んじゃいました。『見て見て』って」
MS「なるほどー、インターネットでファクトリー入りを実感したなんて、さすがイマドキの若者ですねぇ」
中野「いやぁ、でもコンピュータ苦手なんですよ。インターネットはホラ、なんかポチポチ押してれば結構何とかなっちゃうから……」
MS「なるほどぅ。ところで中野選手、もうテストはされてるんでしょうかー?」
中野「はい。YZR250でたっぷりと。去年は全日本でTZ125に乗ってたんですけど、'94年にはSP250でTZRに乗ってましたから、250ccという排気量 には違和感はありませんでした」
MS「なるほどー。で、YZR250、乗ってみていかがですかー?」
中野「やっぱりパワーが違いますね。YZRは加速感がすごいんです。それに軽くてハンドリングもいいから扱いやすい。ワークスマシンと戦うプライベーターって、ホントに大変なんだと初めて実感できましたね。たまにワークスにプライベーターが勝ったりすると、専門誌なんかでも大きく扱われますよね。あれ、何でかなーなんて思ってたんですけど、確かにスゴいことなんだなって分かりました」
MS「なるほどー。ありがとうございましたー。……へぇ、インタビューもばっちりこなせるねぇ!」
中野「あー、ちょっと緊張しちゃった。それよりマスター、必ず『なるほどー』って言うからおかしくて」
MS「言ってないって。でも、真矢でも緊張するのか」
中野「しますよ、そりゃあ。トークショーなんかで人前でしゃべるのもすごく緊張するし……。でもレース後だけはペラペラペラペラしゃべれるんですよ。やっぱりハイになってるっていうか、すごい興奮状態にあるんでしょうね」
MS「ふぅん。プレッシャーなんか全然感じないタイプかと思ってたけど」
中野「そんなことないですよ。今回のワークス入りだって、やっぱりプレッシャー感じてるんですから」
MS「なになに? Y.E.S.S.クルーとどう接したらいいか分かんないからプレッシャーを感じるって? そーゆーことなら任せといて! 何でもレクチャーしちゃうよ。えー、まず初対面 の女性にはだなぁ……」
中野「……何か知らないけど勝手に話を進めてるし。そうじゃないってば」
MS「そうなの? じゃあ何なのさ」
中野「レースに関わってる人の数がすっごく多いんですよ。設計の方たちやメカニックの方、それにいろいろなコーディネイトをしてくれるスタッフの方……。僕なんかのためにこんなにたくさんの人たちがって思っちゃうんです。だからレースも頑張らなくちゃって」
MS「そっか。Y.E.S.S.クルーとの件じゃないのか」
中野「そんなに落胆しなくても。でも、Y.E.S.S.クルーは僕なんかには付いてくれないんじゃないですか? 付いてくれるんですかねぇ」
MS「そりゃ付いてくれるよ。レース前にパラソルさしてくれるって」
中野「じゃぁ、その方の分も頑張らなくっちゃダメですね」
MS「そ。で、頑張って僕に紹介してね」
中野「……はぁあ」
MS「でもさ、レースって周りの人のために走るっていうのももちろんあるけど、自分だけ味わえる楽しさっていうのもあるんでしょ?」
中野「それは、うん、あると思う。ギリギリの所でライバルをかわしていく瞬間とか、自分でも『ウッシャーッ』て思うもん。それとかグランドスタンドで観客が盛り上がってたりすると、燃えちゃう。でも、先行してそのまま逃げ切りっていうのが一番気持ちイイかな」
MS「そういえば『バリバリ伝説』の大ファンだったもんなぁ……」
中野「よく覚えてますね! もうグンが大好きで、ミニバイクの頃なんかずっとゼッケン56付けてグンのレプリカヘルメットかぶってた。だからかなー、走ってるときって結構キレちゃうんですよね。オリャーッて」
MS「なんか意外だなぁ。すっごく冷静に走ってるのかと思ってたよ」
中野「その辺はもっと勉強しなきゃって思ってるんですけどね」
MS「昔っから負けず嫌いだもんね」
中野「最近F1のゲームにハマッてるんですけど、先輩たちとやってても勝つまでやるもん。でも、自分ではけっこうノンビリしてて、そこがダメなんじゃないかなーなんて思ってるんですけど」
MS「確か真矢がポケバイ乗り始めたのって5歳だったよね。自分で乗りたいって言ったの?」
中野「いえ、違うんです。父親に乗ってみろって言われたのがきっかけです」
MS「真矢のお父さんって、レースかなにかやってたっけ?」
中野「ううん、全然。父はバイクの免許も持ってないんですよ。たぶん、たまたまポケバイのレース場に行った父が、ちっちゃい子供たちがポケバイに乗ってるのを見て、こいつぁ面 白そうだと思ったんでしょうねぇ。これなら何の取り柄もないウチの息子でも自信がつくんじゃないかって。でも僕、最初は周りのオトナに『怖いよ〜』って脅かされて、泣いちゃったんですよ」
MS「それが3年後には8歳で東関東選手権シリーズのチャンピオンだもんね」
中野「両親にはずっと支えてもらってますんで、ホント、感謝してます」
MS「あ、オレだってたまにジュースおごってあげたりしたじゃんか」
中野「たま〜〜〜に、ね」
MS「今19歳でしょ、でもキャリアは14年もあるんだよね。なんか若いのかベテランなのか……」
中野「でも、自分では若いなんて全然思わないなぁ。バイクレース界はどんどん低年齢化してきてるから。19歳なんて、下手したらオジサン呼ばわりですよ」
MS「やめてくれー。そんなこと言われたら、オレ、おじいさんじゃない」
中野「あれ、違いましたっけ?」
MS「……もうオレンジジュースあげない」
中野「あ、そろそろ時間だ。次の講義に遅れちゃう。行かなくちゃ」
MS「大学と両立するのも大変でしょ」
中野「でも、人間的にも幅が広がるかなーなんて」
MS「勉強、面白い?」
中野「うん! なーんちゃって。とにかく難しいからなぁ。でも、心理学は面 白いかな」
MS「あれ? 真矢の学校って理系だよね」
中野「そう。武蔵工大機械工学部。一般教養でやってる心理学が気に入ってるんです。さわりの部分だけだからかもしれないけど、あんまり数字とか出てこないし」
MS「サークルなんか入ってるの?」
中野「モーターサイクル部ってのに入ってるんですけど、すっごい楽しいですよ。去年はモトクロスとかミニバイクレースに出たりもしたんです」
MS「そりゃ豪華だな。全日本ライダーのエントリーするサークルレースってのも」
中野「全日本で使ってるレーシングスーツとかヘルメットで走ったんです。っていうか、それしか持ってないから……。みんな『おおっ』なーんてドヨめいてた」
MS「やっぱり速いんでしょ?」
中野「ずっとミニバイクやってましたからね。でも目ン玉吊り上げて走る必要がないから、ホントに楽しめるんですよ。授業の空き時間なんかも部室に集まって先輩たちといろんな話したり」
MS「ふーん、な〜んか青春しちゃってんだなー。ギャルにもモテモテって寸法だね?」
中野「寸法だねったって、ほとんど女の子いないんです、キャンパスには。なんかもう、200人のうち女の子6人、みたいな感じだもん。武蔵工大、略してムサコウっていうぐらいですから、ホントにムサ苦しくって」
MS「で、女優の羽田美智子ちゃんに入れ込むってわけだ」
中野「ぎえー! そんなことまで覚えてんのか〜。やっべぇ、遅刻しちゃう。じゃーマスターまたねー」
MS「あ、逃げた! 逃げ足も速い!」


架空のお店、「Y's BAR」にヤマハ関係者を招き、お酒を飲みながらトークをする、という企画。ファクトリーライダーになることが決まったばかりの中野真矢がゲストだった。

思えばこの頃は彼もまだ未成年。若かったなあ。通常の取材では、インタビュー後に実在する渋谷のバーに移動し、ちょっぴりお酒を飲みながら撮影ということになるのだが、中野真矢に関してはオレンジジュース。撮影のセッティングをすごくもの珍しそうに眺めていたのを覚えている。

このコーナーの原稿は毎回書くのが楽しくてしょうがなかった。弾んでいるのがよく分かる。この頃は、羽田美智子のファンだったんだ、真矢くん。しょっちゅう変わるなあ。

これが縁で、彼のホームページの仕事に携わせてもらうことになった。

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