another face 〜電網の恋人〜
第一話・開設
l'omelette(ロムレット)の伝言板
自由に書き込んでください。
(ただし、相手を中傷するもの等は、書き込まないでください。ネチケットを守って楽しい刻を)
<マスター>
【OTOMI】
初めて書き込ませてもらいます。
お店の雰囲気がとてもいいですね。コーヒーも美味しいし。
また寄らせてもらいます。
【神影】
やっぱりウエイトレスが可愛い!制服も良く似合ってる!僕は髪の長い娘が好み。
【ハニーレモンπ】
そうゆう風な意見は慎んだほうがいいですよ。>神影<でもあの制服はすごく可愛い。アル
バイト募集していないのかな?
【HELL HOUND】
私の情報網によると、l'omeletteでは一般にバイトは募集していないのでしたー>ハニー
レモンπ<ニャハハ☆残念でした。
あの店でバイトをするには、お店の人とかなり親しくないと無理みたい。
【ごませんべー】
いつもお世話になっています。デリバリーは本当に有り難いです。
【神影】
デリバリー?そんなこともやってるの?今度お願いしようかな。
「…。冴子のところの小父さん、余計な事を書いてくれたなあ…。『商店街のお得意さんだけです』って書いたら、店のイメージが悪くなるかもしれないじゃないか。やっぱりウチのホームページに伝言板なんか作ん無きゃ良かったかなあ…。」
ぼやきながら俺は、(本当は違うのだが)マスターからのメッセージとして書き込む。
【マスター】
誠に申し訳ありませんが、デリバリーは桜美商店街のお得意様に限定させていただいており
ます。これも当店の味を損なわないためとご理解ください。
「こんなところか。はあ…なんで俺がホームページの管理者なんかしなきゃなんないんだ?」
現マスターの親父が「l'omeletteのホームページを作ろう。」と言ったのが二ヶ月前、結局『一番パソコンが使える』と言う事で、俺が制作から管理まで勤める事になったのである。
「まっバイト代を上乗せしてくれるって言うし、文句ばっか言ってられないけどな。」
コンコン
椅子の背もたれに体を預けながら溜息を吐いていると、不意に部屋のドアがノックされて、ドア越しに俺を呼ぶ声がした。
「お兄ちゃんいる?」
俺は椅子をぐりんと180度回転させると、席を立ち、声の主を部屋に迎える。
「あっ…お仕事中…かな?デリバリーをお願いしたかったんだけど…。」
乃絵美だ。俺の妹、守るべき存在。近頃はあまり無いが、心配かけまいと倒れるまで無理をするから、いつも見守ってやらないといけない。
「(こんな事だから菜織に『シスコン』とか言われるんだな…。)」
今日も、まるでメイド服のような制服と、リボンが良く似合っている。
「いや、今終わったところだ。俺が行くよ。」
「よかった。今お店混んでて、菜織ちゃんも私も手が離せないの。」
そう言って乃絵美がほっとした表情を浮べる。
なるべく俺に迷惑をかけない様にしている乃絵美が、こんな表情をするという事は、かなり忙しいらしい。
俺としては疲れた体で働かされるより、乃絵美が無理をして倒れられる方が嫌なのだが…
「任しとけ、いくらでも行ってやるよ」
「ふふっありがとう」
そう俺にフワリとした微笑みを向けると、乃絵美は店の方へ戻っていった。
さてと、着替えて仕事に行くか。
バイト料安いけど……。
夏休みに入ってから、菜織はl'omeletteでバイトをしている。今ではすっかりウェイトレスも板に付き、乃絵美と二人でl'omeletteの二枚看板といったところだ。
真奈美ちゃんはミャンマーに帰って両親と一緒に暮らしてる。この前「8月の中頃に帰国します。約束どおりみんなで海に行こうね。」というメールがあった。また、たまに伝言板に何か書き込んでる事もある。真奈美ちゃんって遠く離れた常連なのかもしれない。
ミャーコちゃんは相変わらずだ。ホームページに伝言板が出来たって言ったら、早速その日の夜に、ミャーコちゃんがl'omeletteの事について色々書き込んでた。(かなり憶測が交じったものもあったけど…。)
冴子はしばらく実家に帰っていたが、一週間もしないうちに帰ってきた。冴子が言うには、「親父はいいんだけどさ、お袋が何かに付けて「お淑やかに」だの「女らしく」だの言うんだぜ。こっちで煎餅焼いてる方が気楽だから帰ってきちまった。」だそうだ。
みちる先生はと言うと、夏休み中は考古学のほうに精を出している。この前店に来たとき、「ちょっと真奈美ちゃんに会いに行ってくるね。」と言ってミャンマーに行ってしまった。何でも親父さんが残した資料が新しく見つかったらしい。
「ほー、今日も満員御礼だな。」
「次期マスターがまるで他人事ね…。ああっロムレットも次の代で終わりなのね…。」
いつも通りの盛況ぶりを感心する俺に、オーダーを取ってきた菜織が呆れたような声で答える。
菜織の制服は、この前降ろしたばかりに新品で、乃絵美や母さんのとは、襟元や裾に若干の違いが有る。何でも、菜織様に母さんが発案したらしい。
「勝手につぶすな!それにまだ継ぐって決めたわけじゃない。」
「ハイハイ。それじゃデリバリーお願いね。クリーニング屋さんに文秀堂それからサエの家ね。」
「いっぺんに三軒もいくのかよ?冷めちまうぜ。」
三軒に同時にデリバリーに行こうかと思った俺に菜織が、まるでだらしない子供を叱るかのような口調で答えつつデリバリー用のコーヒーカップを一つ手渡す。
「なーに言ってんのよ。面倒くさがらずに一つずつ取りに戻って来るの。スプリンターなんだから三往復くらい楽勝でしょ。」
「…オニ…。」
後で菜織に『遅〜い!』と言われるのもシャクなので、超特急でデリバリーを済ませた俺は、出掛けて行った親父に代わって厨房に入った。
「お兄ちゃ…マスター、ブレンド三つお願いします。」
「ん、わかった。」
『開店以来、店といっしょに長男に代々受け継がれ、より美味しく改良されてきた由緒正しきl'omeletteオリジナルブレンドコーヒー(現マスター談)』を煎れながらしばらく乃絵美と話をする。
「あっそうだ!乃絵美、明日暇か?」
「うっうん、明日は一日中お店番してるつもりだけど…。」
唐突に明日の予定を聞いた俺に、乃絵美が戸惑いながら答える。
乃絵美のヤツ、何で顔が赤いんだ?
「さっき冴子のところに行ったらミャーコちゃんが来ててさ、明日二人で横浜に行くんだけど、乃絵美も行かないかってさ。後で電話があると思うぞ。」
「そうなんだ、うーん、じゃあ考えとくね。」
何故か赤い顔で俺の話を聞くと、乃絵美は少し残念そうな顔で答えた。
赤くなったり、残念がったり、どうかしたのか?
「明日は俺が店番してるからさ、たまには遊んで来いよ。ほいブレンド三つ」
いつもの様に控えめな答えをする乃絵美にもう一押しすると、俺はコーヒーカップが乗ったトレイを渡した。
「ウン、ありがとう。お兄ちゃん。」
「おつかれさま。菜織ちゃん。」
「ごくろー。」
アイス用のグラスを指紋をつけない様に磨きながら、菜織を見送る。(菜織は境内掃除があるので夕方には帰るのだ。)
「おつかれさまー。じゃ、また明日ね。あっそうだ、アンタちゃんと自主トレしてる?今日はちょっと遅かったわよ。」
と言って菜織は、何処からとも無く取り出したスットップウォッチを俺に見せる。
「……タイム測るなよ……・大体ドコにそんなもん持ってたんだあ?」
「フフーン、オンナの秘密よ。」
そう言って、どこか馬鹿にしたような(実際馬鹿にしてるんだろう)微笑みを残して、菜織は帰って言った。
…『オンナの秘密』って何だ?
じりりりりりん じりりりりりん
菜織が帰った後一時間ほどで閉店して自室のベットに寝転がって漫画を読んでると、下の階で電話が鳴った。
「はい……です。あっミャー……ん。」
横になったまま、下から微かに聞こえる乃絵美の声に耳を澄ますと、どうやらミャーコちゃんからの電話らしい。
明日の事かな?
「うん、……った。じゃ………た10時……前だ…。えっうん。………と待っ……。」
とんとんとん…
コンコン
ちょっと大きな声で呼べば聞こえるのに、いちいち2階まで上がって呼びに来る。
なんとも効率が悪いが、そうゆうところが可愛い。
「お兄ちゃん起き……。」
「ああっ電話だろ。」
少し意地悪して言葉の途中でドアを開いてやると、案の定、目の前には、驚いて目を真ん丸にした乃絵美が立っていた。
本当に可愛い。
そんな乃絵美の頭を「くしゃ」っと一撫ですると、俺は一階に降りた。
ちなみにさっきのベルの音からして自宅用の回線らしい。店用の回線なら俺のパソコンに繋がってるから、二階でも取れたのだが。
「はい替わりまし…。」
「ニュース、NEWS、だーいにゅうすううううう。l'omeletteの伝言板にいい!」
To Be Continued...
第二話予告
…さもないと怒っちゃうぞ!!!
l'omelette
の伝言板に書き込まれた子供じみた脅迫状「少しいいか…。話がしたい。」
再び俺と乃絵美の前に姿を見せた柴崎
「おにいちゃん…。」
大事な人と憧れの人が傷付け合わない事を祈る乃絵美
そして旧十徳神社で向かい合う二人
次回『another face 〜電網の恋人〜』
第二話・脅迫
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