another face 〜電網の恋人〜

第十話・相思

 

 

 

17:30

「ゴメン、遅れちゃって…はじめまして、『アプリコット』さん…ですよね?」

 

聞き慣れた声でハンドルネームを呼ばれ、振り向くと…

……

…お兄ちゃんがいた。

 

「乃絵美…。」

 

しばらく動けなかった……信じられなかった。

私は…どこかお兄ちゃんに似ている『WIND』さんに恋をしていた…

だからデートのお誘いにも応じた…

一度約束を破られても今度は来てくれると信じられた…

けど…『WIND』さんはお兄ちゃんだった。

『似ていた』んじゃない…

『本物』だったんだ!

 

「乃絵美!」

 

傘を放り出して、私は走り出した。お兄ちゃんの前にいられなかった。

 

 

 

どうして…

どうしてなの?

私はお兄ちゃんの代わりを求めてはいけないの?

私は…

私はお兄ちゃんの事が好き!

もしかしたら愛しているのかもしれない…

だけど…

 

『兄妹』

 

そう、私はお兄ちゃんにとって妹…血の繋がった妹なんだ。

 

『妹』ではなく『恋人』になりたい!

 

でも、それを言ってしまうと『妹』ですらなくなるのかもしれない。

なら何も言わずにお兄ちゃんに似た人を好きになれば…そう思ったから私は!

…せめて

…せめてお兄ちゃんが義兄だったら…。

こんなに苦しまなくても良いのに!

素直に…この気持ちを伝えられるのに…・。

 

「分からない!もう何も分からない!」

 

気が付くと私は、十徳神社の石段の下…拓也さんに振られた場所に来ていた。

 

 

 

「きれい……。」

 

旧十徳神社から夜景を眺める。

お兄ちゃん…心配してるだろうな…。

帰らなきゃ…

でも…お兄ちゃんに会いたくない…。

 

「『WIND』さん…お兄ちゃん…。」

 

………ポツリ……………ポツリ………。

……………ポツリ……ポツリポツリ

ザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

 

 

 

「……………。」

 

あめがつよくなってきた…

でも…うごきたくない…

……わたしなにやってるんだろう?

……まるでなにかをまってるみたい

…まってる?

……なにを?

 

ぱしゃっ

 

「えっ!?」

 

後ろで水溜まりを踏む音がすると、私の頭上に降り注いでいた雨が止んだ。

振り向くと…

びしょ濡れで、私に白い傘を差しかけるお兄ちゃんがいた…

たぶん傘を差さずに町中を走り回っていたんだと思う…

 

「おにい…ちゃん。」

 

どこかで、わかっていた様な気がする。

お兄ちゃんなら、追い掛けて来てくれるって…

こんな…私を探して…

 

「……!!乃絵美!」

 

お兄ちゃんの顔を見たとたん…足の力が抜け、視界が歪んだ…。

 

 

 

……

あったかい…

何か大きなものに包まれている温かさ…

優しくて…

力強くて…

すごく安心できる…

ずっと、ここにいたいな……

 

「んっ…あっお兄ちゃん…。」

「乃絵美…。」

 

目覚めると私はお兄ちゃんの腕の中にいた。

お兄ちゃんのシャツを掛けられ、お兄ちゃんの胸に顔を埋めている。

息を吸い込むと、ツンっとしたお兄ちゃんの汗の臭いと、かび臭い匂いがした。

…わたし…どうしたんだろう?

……なんだか頭がぼうっとする。

 

「お兄ちゃん…ここは?…私、どうしたの?」

「ここは旧十徳神社の社の中だ…。乃絵美はここまで上がってきた上に、雨の中でずっと濡れたまま立っていて倒れたんだよ。菜織の家に運ぼうかと思ったけど、この雨の中で乃絵美を抱えて石段を無事に降り切る自信も無かったから、しばらくここで様子を見ようと思ってな。……なんでこんな無茶を…。」

 

そう早口で言うと、お兄ちゃんが心配そうに私の顔を覗き込んだ…。

不思議…

いつもなら恥ずかしくて俯いてしまうのに…今はお兄ちゃんの顔を見つめ返してる。

今なら…言えそうだな……

 

「ねえ…お兄ちゃん。お話…聞いてくれる?」

「ああ…。」

 

お兄ちゃんが、優しく私の髪を撫でながら答える。

気持ちいいな…。

 

「私ね…『WIND』さんの事が好きだったの…でもそれは…彼がお兄ちゃんに似てたから…私は彼にお兄ちゃんを重ねて…自分を騙していたの…。」

「乃絵美?」

 

お兄ちゃんの手が止まる。

でも私は、構わずに続けた。

 

「拓也さんの時も一緒…私はあの時…本当はお兄ちゃんの側にいたかった…でもお兄ちゃんの側にはいつも菜織ちゃんがいた…。正直菜織ちゃんを怨んだ事もあったよ…。」

「乃絵美…。」

 

私の頭を支えているお兄ちゃんの指に、力がこもっていくのが分かる。

 

「でも…もう自分にウソをつくのに疲れちゃった…。私…正直になるね…。」

「の…えみ?」

 

お兄ちゃんの表情が険しくなる。

何かを待っているような、それでいて拒んでいるような…。

でも私は、胸の奥から溢れ出す気持ちを止められなかった。

 

「私…お兄ちゃんの事が好き!大好き!私は、お兄ちゃんの恋人になりたい!」

 

……

言っちゃった…

でも、何故だろう…後悔は全然無いな…

それどころか、胸のつかえが取れたような感じがする。

 

「……。」

 

お兄ちゃんは驚いた顔で私を見ている。

やっぱり、言っちゃいけなかったのかな…

私が、間違ってたのかな…

 

「…ごめんなさい…やっぱり軽蔑したよね。私達、血の繋がった兄妹だもんね…。」

 

そう言って私が身を放そうとすると…。

 

「乃絵美!」

「ひゃん!」

 

突然、お兄ちゃんに力一杯抱きしめられた。

服越しに、お兄ちゃんの逞しさと温もりを感じる。

 

「待ってくれ…少しだけ…俺に時間をくれ…。」

「えっ?」

 

『時間をくれ』って…。

 

「俺も乃絵美の事が好きだ…だけど…俺にはまだ分からないんだ…乃絵美が俺を思う気持ちと俺が乃絵美を思う気持ちが同じものなのか…。」

「お兄ちゃん…。」

 

お兄ちゃんは腕の力を緩めると、私の顔を見つめながら続けた。

お兄ちゃん…。

 

「だから少しだけ考えさせてくれ…乃絵美の気持ちが解った以上、俺もその場だけの返事はしたくないんだ…乃絵美は俺にとって…とても大事な存在だから。」

「お兄ちゃん……ウン、解ったよ…私…待ってるから…。」

 

私は、泣いてたのかもしれない・…

だって…嬉しかったから…

想いが…通じたから…

 

「ありがとう…必ずはっきりした答えを出すから…。」

 

そう言うと、お兄ちゃんはまた私をきつく抱きしめた。

痛い…痛いけど……

あったかい

 

「お兄ちゃん…。」

「乃絵美…。」

 

顔を上げると、お兄ちゃんの瞳に私が写っていた…。

 

「………。」

「……。」

 

お兄ちゃんも私も、無言でお互いの瞳に映る自分を見つめている。

……何だか恥ずかしくなって来ちゃった…。

でも…このまま時が止まらないかな…。

顔が熱くなるのを感じながら、そんな事を考えていると、視界がまた歪んだ。

あ…れ?

おにい…ちゃん…そばにいてね。

おきたとき…いなかったら…いやだよ。

意識が沈んでゆく中で、お兄ちゃんが私を呼ぶ声を聞いたような気がした。

 

 

 

……暖かいものが体の上を撫でてる…。

腕…首…背中…。

お腹…胸…。

 

「んっ…なに?」

「あっ乃絵美気がついたのね…良かった。」

 

目を覚ますと、菜織ちゃんと菜織ちゃんのお母さんがいた。

 

「ゴメン、もうすぐ終わるからじっとしてて…。」

 

そう言うと菜織ちゃんはお湯に浸したタオルで私の脇腹を拭いた。

 

「ひゃっ…くっくすぐったいよ菜織ちゃん。」

「もう…我慢しなさい。びしょ濡れだったのよ、あのままじゃ風邪だけで済まなくなるんだから……はい終わり…下の方は自分で出来る?」

 

菜織ちゃんが、洗面器に張ったお湯にタオルを浸しながら聞いてくる。

 

「えっ?ウン、大丈夫……お兄ちゃんは?」

「アイツなら家の方に電話した後、お風呂に入ってもらってるわ。それじゃ着替え持って来るから…。」

「うん…ごめんなさい菜織ちゃん、小母様。」

 

良かった…お兄ちゃん、いるんだ…。

もしかしたら、神社での事は夢じゃないかって一瞬思ったから…。

 

 

 

私が体を拭き終わると、ちょうど菜織ちゃんが戻ってきた。

 

「はい着替え。私のだから少し大きいかもしれないけど…。」

「ありがとう、菜織ちゃん。」

「お礼なんていいわよ…それよりなにがあったの?」

 

真剣な表情で、菜織ちゃんが聞いてきた。

やっぱり答えないといけないのかな…

でも…

 

「それは……。」

「私にも言えない事なの?」

「…今はまだ……。」

「……フウ…わかった。じゃあ乃絵美が話してくれるまで待ってるわ。」

 

話しにくそうにしている私を見て、菜織ちゃんが溜息をついた。

菜織ちゃんって、やっぱり優しいな…

お兄ちゃんと違う温かさを持っていると思う…

 

「…ゴメンね菜織ちゃん。」

「…でも、ややこしい事になってるんなら、すぐに相談しなさいよ。できる限りの事はしてあげるから…。」

「……うん…ありがとう……。」

 

いつか…必ず話すよ…

解って貰えるとは、思わないけど…

でも、菜織ちゃんは…大切な『お姉ちゃん』だから…

 

 

 

しばらくするとお兄ちゃんが入ってきた。(ちなみにこの部屋は旅行に行ってるお姉さんの部屋みたい。)

 

「乃絵美…大丈夫か?」

「うん…。」

 

枕元に座って、心配そうに覗き込むお兄ちゃんに答える。

ハア…駄目だな…

私…心配掛けてばかり…

 

「もう…あのねえ、ウチは神社で救急病院じゃないのよ。アンタが乃絵美を抱えて飛び込んできた時は、ホントどうしようかと思ったわよ。」

「すまない菜織、緊急事態だったんだ。この礼は必ずするよ。」

 

菜織ちゃんがお兄ちゃんに半眼で指を突きつけながら文句を言うと、お兄ちゃんは本当に済まなそうに謝った。

悪いのは、私なのに…

 

「そっ…それを言うのは私だよ。菜織ちゃん本当にごめんなさい。」

「乃絵美…。」

「……なんだか解らないけど、気にしなくていいわよ。私達の仲でしょ。」

 

慌てて体を起こして間に入った私に、菜織ちゃんは少し照れながらそう言うと、優しく布団に戻してくれた。

 

「すまない。」

「ありがとう、菜織ちゃん。」

「ちょっと…照れるじゃない…そうだ二人ともお腹減ってない?『おじや』でも作ってくるわ。」

 

私達にお礼を言われてさらに顔を赤くすると、菜織ちゃんは台所に行ってしまった。

だから今は、お兄ちゃんと二人きり…。

 

「…乃絵美。」

 

お兄ちゃんが、私の額に手を当てながら口を開いた。

お兄ちゃんの手…

あったかい…

 

「何、お兄ちゃん?」

 

お兄ちゃんの手に私の手を重ねて聞き返す。

それだけでも少し辛い。

やっぱり、風邪ひいちゃったかな…

 

「さっきの事だけどさ…。」

 

さっき…

……

あの事…だよね…。

 

「…ウン。…私は本気だよ。」

「そうか…待っていてくれ…必ず答えを出すから。」

 

でも…

 

「でも…真奈美ちゃんの事は良いの?これじゃ私が横から邪魔に入ってるみたいだよ。」

 

そう…

今、お兄ちゃんは…真奈美ちゃんと恋人同士…。

 

「それは違うよ乃絵美。確かに真奈美ちゃんの事も大事だ。でも乃絵美の……勇気を出して伝えてくれた乃絵美の気持ちを無視する事なんて俺には出来ない。」

 

でも、お兄ちゃんは、額に当てていた手を私の手を乗せたまま滑らせて、頬を撫でるとそう言ってくれた。

お兄ちゃんの手から温かさが、私を見つめる目から優しさが伝わってくる。

 

「お兄ちゃん、優しいね…ううん、優しすぎるんだよ…。」

 

お兄ちゃんの温かい手に、私が手を重ねたままそう言うと…

 

「乃絵美…もし俺がお前を………いや何でもない…。」

 

と、何か言いかけて止めた。

 

「えっ何!?言ってよ!…言ってくれないと不安だよ…。」

 

辛いのを我慢しながら、私がすがり付いてそう言うと、お兄ちゃんは私の前髪をかきあげて額にキスをした。

…どうして?

疑問に思いながら、私がお兄ちゃんを見上げると…

 

「乃絵美が俺の恋人になっても、俺の可愛い妹だという事は変わらない。それだけは覚えておいてくれ。」

 

と、微笑みながら答えてくれた。

……

驚いた…

恋人になったら、もう妹には戻れないと思ってた。

だけどお兄ちゃんは私を恋人として受け入れても、兄妹としての絆を無くさずにいてくれるつもりなんだ…。

 

「ウン……お兄ちゃん…大好きだよ。」

 

 

 

To Be Continued...

 

 

 

第十一話予告

 

「おはようチャムナ、レナンさん。」

何時も近くにいる新しい親友

「あっあのね…お弁当作ってみたんだけど…食べてくれるかな?」

恋人との絆を確認して、より強くしたい私

「えっ!?そんな…。」

親友が伝えてくれた真実

 

人の心は、常に動き続けるものなのか…

 

次回『another face 〜電網の恋人〜』

第十一話・疑惑

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