another face 〜電網の恋人〜

第十三話・葛藤

 

 

「ふう…暑ぅい…」

 

旅行三日目最終日。
時間のある午前中に、私達は旅館近くの山に登る事にした。
まあ、『山』と言っても、ハイキングコースなんだけどね。でも真奈美や、特に乃絵美には辛いと思う。

 

「乃絵美…大丈夫?」

「ハア…ハア…うん…だい…じょうぶ…」

 

体力にはそこそこ自身があるので先頭を買って出た私が声を掛けると(当然私以上に余裕のあるアイツは、真奈美と乃絵美の世話を任されている)、草や木の枝で切らない様に珍しくTシャツにジーンズといった恰好の乃絵美が、膝に手をつき、肩で息をしながら、答えてきた。

 

「乃絵美、無理するなって…少し休もう」

「ハア…うん…ごめんなさいお兄ちゃん…私が登りたいって…言ったのに…」

「気にするな。ヨッと…翔兄ぃー!休憩ですよぉー!」

 

軽々と乃絵美を抱き上げたアイツは、さらに後ろから登って来ている翔兄さんに声を掛けると、そのまま乃絵美を近くの木陰に持っていって降ろした。

 

…ったく!シスコンなんだから…。

アンタこの頃乃絵美に優しすぎるわよ。そんなんだから乃絵美がいつまでもアンタに頼るのよ。

たまには突き放して……んっ?

…私ナニ考えてんだろう?

乃絵美に嫉妬?

……そんな訳無いか。

 

「ハニャア?サエー下りといでよー休憩だってー!」

 

乃絵美とアイツを見ながらそんな事を考えていると、私やアイツと一緒に登っていたミャーコが、一人で既に100mほど先まで登っているサエを呼び戻した。

 

「んっ?どうしたんだ?ああ…乃絵美がへばったのか…」

「ちょっとサエ!そんな言い方しなくても…」

「えっ?あっスマン。悪気はなかったんだ乃絵美」

 

生まれつき体の弱い乃絵美に対してあんまりな言い方に、私が乃絵美を庇う様に前に出てサエに噛み付くと、サエもハッとした顔をして頭を下げる。

 

まあ、不機嫌になるのも解からないでもないけどね…

 

「ううん。いいんだよサエちゃん。ゴメンね私の為に…」

 

それでも乃絵美は、自分の所為だとばかりにサエを見上げながら、済まなさそうな顔をして謝った。
いつもアイツや私に守られていると思っているのか、乃絵美は少し内罰的なところが有る。その事自体が悪い…とは言わないけど、でも、ミャーコの百万分の一程の図々しさが有っても良いと思う。

 

「ニャハハ☆でもサエ、やっぱりそのカッコ似合ってるねん」

ちなみに、旅行一日目のハンドボールで負けた罰ゲームに、今日のサエは摩耶姉さんとみちる先生の手によって、『可愛いサエ』にさせられている。
乃絵美のリボンや真奈美のブラウス、ミャーコのミニスカートと普段のサエは絶対着ない服装をしているけど、摩耶姉さん達の腕が良いのか、はっきり言って可愛い…。
でも、今朝アイツの前に姿を現した時に大笑いされてから、凄ぶる機嫌が悪かった。(もちろんその後、アイツはボコボコに殴られている)

 

まあいつものサエに戻ったといえば、そうなんだけど…。

 

「ハア…乃絵美ちゃん大丈夫?」

「うん、ゴメンね真奈美ちゃん…ハア…やっぱり無理だったのかなぁ?」

「そんな事ないよん。摩耶さん達はもっと後なんだから☆おやつでも食べて、追い付いてくるまでのんびりしようよ」

 

木の下で背中合わせに座りながら互いの様子を確認し合う二人に、ミャーコがナッブサックから次々とお菓子を取り出しつつ話し掛ける。

 

…何で、あの中にあれだけ入るのよ?

 

「そんなに持ってきて、食い切れるのか?…ミャーコ、アタイにも一つくれよ」

「ウ〜ン…じゃあ、コレあげる。」

 

自分の周りに色々なお菓子を並べて、どれから食べようか迷っているミャーコに、サエが声を掛けると、ミャーコはお菓子の中から小さな赤い箱を選び出してサエに手渡した。

 

へえ…珍しい事もあるもんね。

 

「サンキューって、これ酢昆布じゃねーか!」

「ハニャ?酢昆布、嫌いだっけ?」

「いや、嫌いじゃねーけどさ…もっと、こう…」

「う〜ん…じゃあ煎餅の老舗・田中屋の海苔煎餅あげる」

「毎日、飽きるほど見てる…」

「もう…ワガママだなぁ。じゃあ、コレ!」

「これって、スルメじゃねーのか?」

「そうだよ。サエにピッタリ☆」

 

殆ど漫才みたいな会話をしながら、じゃれ合うミャーコとサエ。
毎日毎日、良く飽きないものだと思う。

 

「おーい…ちょっと静かにしてくれ…」

 

その後も飽きずに『柿の種』だの『甘納豆』だのやっていると、幾分抑え目の声でアイツが声を掛けて来た。
その言葉の意味を確かめる為にアイツの方を見ると…。

 

…スー…おにいちゃ…

……くん…スー……

 

真奈美と乃絵美がそれぞれアイツの両肩によりかかって眠っていた。

 

……ちょっと…妬けるわね。

 

 

 

眠ってしまった二人の事もあって、結局私達はそこで摩耶さん達が追い付いて来るまで待つ事にした。
ちなみにその摩耶姉さんは今朝から二日酔いでヘロヘロだったんだけど、「保護者が行かない訳にはいかないでしょ!」と言って、翔兄さんとみちる先生に支えられながら無理して付いて来ている。

 

計画性の無さと妙に責任感が強いところは、変わってないわね…

 

 

 

「ニャハハ☆いっちばーん!」

「……山の上から景色を眺めるのって、私初めて…。」

「乃絵美が頑張ったから、この景色が見れたんだよ。」

「ううん。お兄ちゃんが側で励ましてくれたおかげだよ。」

 

頂上へと真っ先に駆け上がったミャーコに続いて、乃絵美の手を引いたアイツが自然の展望台とも言える場所へと登った。
その後に続いて、ぞろぞろと残りが到着する。

 

「うー…やっと到着?」

 

後ろから聞こえてきた今にも死にそうな声に振り向くと、ゲッソリとした顔の摩耶さんが、翔さんに負ぶわれて到着したところだった。

 

「もう…結局翔さんに負ぶってもらってるじゃない…。」

「背中に吐かれたりしない限り、別に俺は構わないけど…。ヨッと!」

「あんまり揺らさないでよ…」

 

呆れた顔で摩耶さんを見るみちる先生に、翔さんは摩耶さんを抱え直しながらそう答え、摩耶さんも翔さんにしがみ付く。
そんな二人の間には、何処か踏み込み難い愛情が感じられた。

 

「ニャハ☆みんな並んで!並んで!記念撮影しよ!」

「そうね…じゃあ真奈美、こっち来て…。」

 

ミャーコの言葉に、私は真奈美の手を引いてアイツの隣に座らせると、その肩に手を置く。
一方アイツは、真奈美と反対側に座っている乃絵美を撫でるみたいなポーズをとって、微笑んでいた。

 

……ったく!

私が、アンタ達二人の為に色々としてやってるのに!

 

ぱしゃっ!

 

 

 

「……ゴメンねお兄ちゃん…。」

「いいって、これくらい…もう謝るなよ…。」

 

帰り道…
下山途中に足を挫いた乃絵美をアイツが負ぶって帰る事になった。
両手の使えないアイツの為に、私と真奈美がアイツの側に付いて、足場が不安定な場所では助けてやる事にしている。(もっとも、アイツは乃絵美を負ぶる事に慣れているから、むしろ真奈美の方がコケそうになる事が多いんだけど…。)

 

「乃絵美…落ちない様にしっかりしがみ付いてろよ。」

「うん…。」

 

乃絵美が少し赤い顔をして、アイツの首に腕を巻きつける。端から見ると、後ろから抱き付いている様に見えなくも無い。

 

…乃絵美ってば今日に限ってなに赤い顔してんのよ…。

 

「真奈美は大丈夫?」

「う…ん、大丈夫…なは…きゃ!」

 

ドベン

 

私の言葉に返事をした瞬間、真奈美は小石に足を取られ、見事に地面で顔面を強打した。

 

…もしかして、私の所為?

 

「うぅ…痛いよー…。」

「真奈美ちゃん大丈夫?」

「真奈美、怪我はない?」

「うん…大丈夫だよ。痛いだけ…クスン。」

 

コケた時の外れた眼鏡(壊れなかった)をかけ直しながら、立ち上がる真奈美。

 

…ま…まあたいした怪我はしてないみたいね。(眼鏡をかけるまでは木に向かって返事をしてたけど…)

 

「お兄ちゃん、大丈夫?汗びっしょりだよ」

「ん?これくらい大した事ないさ」

「そう…」

 

一方、私達の様子に気付いてるのかいないのか、アイツと乃絵美は二人の世界を作っている。

 

はあ…呆れて物も言えないわ…

シスコンぶりも、ここまで来ると『精神的近親相姦』ね。

 

つんつん…

 

ねえ、菜織ちゃん

 

アイツのあまりに度の過ぎたシスコンぶりに私が腹を立てていると、後ろからそっと近づいて来たミャーコに小声で呼び掛けられた

 

「ん?何よミャーコ?小声ではな…ムグ」

「静かに!」

「またいつもの下らない話か…」なんて考えながら、私が振向くと、ミャーコに口を押さえられた。
今、私達は列の最後尾だから、誰も私達の様子に気付いていない。

 

「真奈美ちゃんに聞こえちゃうよ」

 

真奈美に聞かれちゃまずい事?

 

まだ口を押さえられてる私が目で返事をすると、ミャーコは一瞬話そうかどうか迷うそぶりを見せてから、意を決したように口を開いた。
一瞬とはいえ、あのミャーコが、そんなそぶりを見せただけでも、話の内容がかなり深刻な物であるのが伺える。

 

「あのね…」

 

 

 

帰り、車の中で、昼間ミャーコに聞いた話を思い出す。

 

「…見ちゃったんだよ…昨日の夜、カレと乃絵美ちゃんが、まるで恋人みたいに寄り添ってるの…嘘じゃないよ。ミャーコちゃんだって驚いたんだから…」

 

私から見ても確かに、この旅行中のアイツと乃絵美は仲が良すぎる。
またいつものシスコンかと思っていたけど…ミャーコの話が本当なら…。

…おにいちゃ…スー…。」

 

ズキッ

 

私の左肩にもたれて眠る乃絵美の寝言に胸が痛む…。

 

乃絵美は、どう思ってるの?

妹として…アイツに…『お兄ちゃん』に甘えているだけなの?

…きっとそうよね!

乃絵美は、みんな一緒に旅行に行くなんて初めての事だったんだろうし…きっと嬉しくてはしゃいでたのよね……。

 

『カレと乃絵美ちゃんがまるで恋人みたいに…』

 

ズキッ

 

そんな訳…無い…。

アイツ、シスコンだから…。

『恋人』

アイツか乃絵美に直接聞けば、ハッキリするんだろうけど…。

でも…そんな事したら…私…もう二人の前に立てなくなっちゃう。

二人が想い合っていたとしても…間違いだったとしても…私とアイツ達の絆にヒビが入る…。

アイツも…乃絵美も…許してくれるかもしれないけど…。

でも…多分私が、大切な人達を疑った私を許せないと思うから…。

…やっぱり私って、ズルくて臆病なのかな…。

 

「……乃絵美…アンタは…どう思ってるの?」

 

乃絵美から伝わる温もりを感じながら私は目を閉じた。

 

アイツも…乃絵美も…失いたくない…。

『親友』も…『妹』も…失いたくない…。

……私…どうしたらいいんだろう?

……真奈美は…どうするんだろう?

…臆病な私には、見守る事しか出来ないのかな…。

…あの頃みたいに…。

 

…スー……くん……クー。」

 

……こうして私達の旅行は終わった…。

 

 

To Be Continued...

 

 

 

第十四話予告

「…あとそれから、乃絵美さんはいらっしゃらないんですか?」

誰にでも好かれる乃絵美

「ありがとうございましたぁ。…ねえ、ちょっと酷かったんじゃない?」

しかし、俺は乃絵美を離したくない

「…じゃあ、本当にあなたが『WIND』さんなんですか?」

そして、もう一人の電網上の恋人

 

愛し合う兄妹の進むべき道は…

 

次回『another face 〜電網の恋人〜』

第十四話・予兆

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