another face 〜電網の恋人〜
第十四話・予兆
【OTOMI】
久しぶりに書き込ませてもらいます。
いつものウェイトレスさんがいなかったので、ちょっと残念でした。
もしかして、やめちゃったんですか?
【神影】
ホントです!あの長い髪を右側でポニーテールにした娘、何処に行っちゃったんですか!?
ホントにやめちゃったの?
【ハニーレモンπ】
いい加減にしなさい!見苦しいわよ!>神影<でも、あの髪の長い娘可愛いくて、正に『看板娘』だったのに…。私を空いた時間のアルバイターに雇ってくれないかな?
【HELL HOUND】
私の情報網によると、l'omeletteアルバイターが慰安旅行に行っていたので、あの娘もそれに参加していたのでした。>ハニーレモンπ・神影<ニャハハ☆私も行ってたけど…
【ごませんべー】
家の姪も、一緒に行って今日帰ってきました。
【PineHill】
はじめまして。この間初めてロムレットに行きました。
雰囲気が気に入ったのでこれからも時々足を伸ばそうかと思います。
というわけで、よろしくです〜。
【SOU】
そうだったんですか!それじゃあ、可愛いあの娘に会いたいから、明日行ってみようかな?>HELL HOUND
こちらこそよろしくお願いします。>PineHill
【キャンミラマスタ−】
でもこの伝言板で夫婦喧嘩が出来なくて、本当は残念なんじゃないですか?>ハニーレモンπ<あれっ?帰って来ちゃったみたいですね。
あっ!新入りさんよろしく。>PineHill
【ピアニッシモ】
あっ私もやりたいです。>ハニーレモンπ
WINDさんこの頃来ませんね。メールも送ったのに…旅行にでも行ってるんですか?帰ってきたらメール下さい。>WIND
お願いします。
ありゃりゃ、悪い事しちゃったな。『ピアニッシモ』さんに旅行に行くってメール出しときゃよかったな…。
メール、メールっと…。
俺は今まで口にしていたコーヒーを一旦置くと、もう一つウィンドウを開いて、そちらでメールチェックする事にした。
『ピアニッシモ』さんからのメールです。
WINDさんお久しぶりです。
今回はちょっと相談に乗っていただきたくて、メールを出しました。
実は私、l'omeletteでアルバイトをしてみたいんです。
でも、HELL HOUNDさんのお話では、簡単に働かせてもらえないみたいなので、どうしたらいいかWINDさんの知恵をお借りしたいんです。
こんな事相談できるのWINDさんだけなんです。お願いします。
追伸
今度一度WINDさんに会ってみたいです。
でも、本当にお忙しいのなら無理をしなくてもいいんですよ。
この前は急用だったそうで、会えませんでしたから…。
ピアニッシモ
ふーん、ウチで働きたいのか…まあ俺が一言言えば済む事なんだけど…。
俺にl'omeletteの事を相談出来るなんて…『ピアニッシモ』さんって、運が良いのかも…。
でも、一度面接しとかないとな…。
俺は、横目で部屋の壁に張ってあるカレンダーを見る。
丁度明日は、何の予定も書き込まれていない。
一度俺に会いたいって書いてあるし…会って話を聞いてみるか。
『ピアニッシモ』さん驚くだろうけど…。
ピアニッシモさんお久しぶりです。
連絡できなくて、本当にすいませんでした。
ピアニッシモさんの書き込み通りに、しばらく旅行に行っていたんです。
l'omeletteでアルバイトですか……解りました。力になりましょう。
それにせっかくですから、今回は直接会って話し合いましょう。
それでは、明日の10:00に桜美町駅前で待ち合わせという事にしましょう。
急な話ですいませんが、ちょっと明後日からは忙しくなるので明日しか空いてないんです。
それでは、こまめにチェックしますので、メール待ってます。
WIND
これでよしと…明後日からはいい加減、宿題もやり始めないと…
…何で俺ってこんなに無計画なんだろう?
…さて、他の書き込みはと…。
俺はウインドウを切り替えると、約一週間ぶりの掲示板チェックを続けた。
【あめんぼう】
カニミソパスタがあって、何でタラコパスタが無いの?
始めまして>PineHill
【OTOMI】
えっ!?有りますよ。2年くらい前から…。何でもあそこの息子さんが考案から制作までやったそうですよ。でも、老舗の喫茶店ですから、新メニューが出る度に「l'omeletteのイメージが崩れる。」などのクレームが来ちゃうみたいです。
こちらこそよろしく>PineHill
【puipui】
あの娘が逃げたんじゃなくて良かったですね。>神影
【ハニーレモンπ】
そんな訳ないでしょ!>キャンミラマスタ−
【ごませんべー】
でもその中でもアレは、結構簡単に受け入れられた方じゃないですかね。>OTOMI
お店が気に入ったみたいですね。良かった。>PineHill
うーん平和そのものだな…。
そういえば、『@』の奴この頃来ないけど…。
俺に任せる為に乃絵美が相手をしなかったから、面白くなくなって止めたのかな?
まあその方が俺としては助かるけど…。
……。
しかし、乃絵美のファンが結構いるな……。
実際、乃絵美がウェイトレスをするようになってから、若い固定客が増えたし…。
そのうちファンクラブでも出来るんじゃないだろうか?
コンコン
「お兄ちゃん、お店の方混んで来たから手伝ってくれるかな?」
掲示板のチェックが一段落して、椅子の背もたれで伸びをしていると、不意にドアがノックされると共に乃絵美が俺を呼ぶ声がした。
乃絵美!
自分でも可笑しいくらい慌ててドアを開く俺…
その前には、少しばかり驚いた顔をして乃絵美が立っている。今日もウェイトレス姿が良く似合っていて、可愛い。
「呼びに来てくれてアリガトな。すぐ行くから…。」
そう言いながら俺がいつもの様に乃絵美の髪を撫でようとすると、乃絵美はその手を取って、自分の頬に当てた。
「乃絵美!?」
「お兄ちゃんの手って大きいね。それに…暖かい…。」
乃絵美が、俺の手を頬に当てたまま目を閉じる。
俺の手に乃絵美の頬と手の感触が伝わる。
滑らかで、柔らかくて、暖かい……。
「お兄ちゃん、私…待ってるから…。」
そう言うと乃絵美は、俺の手を放し、頬を染めて店の方に降りていった。
「『待ってる』…か…。」
あれから乃絵美との関係はあんまり進展していない。
まあ一緒にいる時間は前に比べて長くなったけれど…愛を語り合ってるなんてことは全然無く、他愛の無い話ばかりしている。
強いて言えば、乃絵美が側に寄り添ってくる事なんかがあって、俺も拒む理由も無いから、乃絵美の望むままに肩を抱いてやったりして、お互いの温もりを感じながらボーッっとしている事があるくらいだ。もっとも、この時ばかりは乃絵美の事を一人の女性として、とても愛(いと)しく思うのだが…
「ふいー今日はまた客が多いな…。」
「ふふっ案外、乃絵美が帰ってきたからかもね。」
「なるほど。」
店の方に降りて行くと、ウェイトレス姿の菜織がいた。
乃絵美はキッチンの方で調理中らしく、昼食時のl'omeletteに、卵の焼ける良い匂いが漂っている。
カランカラン
「いらっしゃいませ。あらっ?委員長じゃない?」
「こらっ!お客さんなんだぞ!」
「ははは、いいんですよ。」
接客態度の悪い菜織を叱った俺に、宗一郎は笑いながら菜織のフォローに入る。
「お帰りなさい。楽しかったですか…って訊く迄も無いですね。」
「へっ?」
間抜けな顔で疑問符を浮かべる俺に宗一郎は笑いながら答えた。
「旅行に行って来たんでしょう?」
「そうだけど…委員長、なんで知ってるの?」
「伝言板ですよ。」
俺と同じく疑問符を浮かべていた菜織に、宗一郎は楽しそうに答える。
コイツは人の裏をかいたりするのが好きだから、俺と菜織が伝言板の事を思い付かな事で、優越感に浸ってるんだろう。
「なるほど、ミャーコちゃんの書き込みか…。」
「その通りです。」
カランカラン
俺の答えに、宗一郎がニヤリと笑いながら正解を出すのと同時に店のドアが開かれた。
俺と菜織が鈴の鳴るドアの方を向いて、異口同音に挨拶をする。
「「いらっしゃいませ。」」
「ニャハハ☆オムレツのいい匂いに釣られて来ちゃった。」
「よう、今日は菜織がバイトの日なのか?」
噂をすれば何とやらというか、お客さんはミャーコちゃんと冴子だった。
コーヒーじゃなくて、オムレツの匂いに釣られて喫茶店に来るところは、ミャーコちゃんらしいな…。
「じゃあ、私がミャーコとサエの方をやるから、委員長の方お願いね。」
そう言うと菜織は、雑談を交わしつつ二人をテーブルに案内する。
一方俺は、事務的な口調で宗一郎の注文を取った。
「それで、ご注文は?」
「ブレンドコーヒーをお願いします。…あとそれから、乃絵美さんはいらっしゃらないんですか?」
「乃絵美?今、キッチンの方で手が放せ無いな…乃絵美に何の用だ?」
乃絵美と聞いて、宗一郎に対し敵意を持った態度になってるのが自分でも解る。
「……チョット、顔が恐いですよ…。」
「気のせいだろ。それで、委員長が乃絵美に何の用だ?」
「いや…久しぶりに来たんで挨拶でもと…。」
相変わらず不機嫌な口調で対応する俺に、宗一郎がしどろもどろになる。
「また今度に…。」
「お兄ちゃん、お仕事中に話し込んじゃ…あれっ?宗一郎さん、いらっしゃいませ。」
宗一郎を追い払う様に、最期の一言を言い放とうとした俺の背中に十数年聞き慣れた妹の声が掛けられた。
振り替えると、当然の事ながら乃絵美がいる。
多分母さんと交代して、フロアに戻って来たのだろう…なんてタイミングの悪い…。
「乃絵美さん、お久しぶりです。」
「乃絵美、5番テーブルの砂糖切れてるから、補充しといてくれ。」
「えっ?うっうん。それではごゆっくり…。」
あくまで顔なじみのお客の一人に挨拶をしているだけの乃絵美に用事を言い付け、宗一郎から離す。
……俺って卑怯だな。自分の気持ちを決められないまま、乃絵美を自分から離すまいとしてる。
カランカラン
「ありがとうございましたぁ。…ねえ、ちょっと酷かったんじゃない?」
「そうだな。委員長のヤツ、乃絵美と話がしたかったんだろ。なのにオマエ徹底的に乃絵美を委員長から離して……あれはチョット酷いぜ。」
「ふにゅう…乃絵美ちゃんを大事に思うのは解るけど、人の恋路を邪魔するのはやっぱり良くないよ。」
「気のせいだろ…ほら仕事するぞ。」
肩を落して帰って行く宗一郎を見送った後、当然の事ながらその一部始終を見ていた菜織達が俺を非難し始めた。
しかし、俺はその声を全く無視して仕事に仕事に戻る。
「あっチョット待ちなさいよ!」
解ってる…。菜織達の言う通りだ…俺に宗一郎の邪魔をする権利は無い…。
けど、俺は…乃絵美を…。
これじゃ接客なんて出来ないな……伝言板でも見てくるか…。
「あの、すいません…。」
「はい?」
伝言板のチェックに行こうとするのと同時に、後ろから可愛い声に呼び掛けられた。
振り向くと、声と同じく小さくて可愛い女の子が俺を見上げている。
「あのっ…えっと…んっと…どうしよう…なんていったらいいんだろう…。」
「お客様?」
「えっと…わっ私『紺野輝砂姫』です。15歳です。」
「…はい?」
女の子は慌てふためきながら、いきなり自己紹介をした。
さすがに俺も呆気に取られる。
「あの実は…その……コーヒー美味しいですね。」
「はぁ…ありがとうございます。」
赤い顔をして更に慌てると、今度はコーヒーを褒めてくれた。
とりあえずお礼を言う。
「あああ…そうじゃなくて…ええっとええっと。」
「どうしたの?」
「えっあっ…やっぱりいいです。失礼しました!」
俺達の会話を不思議に思った菜織が声を掛けると、女の子は慌てて出ていってしまった。
「…菜織、あの娘……何だったんだ?」
「さあ…。」
管理者コードは、『im66e010on』っと…。
管理者用画面の呼出し完了…。
さてと、伝言板のチェックを始めるか…。
【ハニーレモンπ】
そんな訳ないでしょ!>キャンミラマスタ−
【ごませんべー】
でもその中でもアレは、結構簡単に受け入れられた方じゃないですかね。>OTOMI
お店が気に入ったみたいですね。良かった。>PineHill
……朝と何も変わって無いな…。
おっと、メールチェックも忘れずに…ピアニッシモさんから返事が来てるかな?
『ピアニッシモ』さんからのメールです。
WINDさんありがとうございます。
喜んで、会わせていただきます。
何だかデートの約束みたいですね…。
それでは明日を楽しみにしています。
では、明日桜美町駅前で…。
追伸
約束は、桜美町駅前、午前10:00ですよね。
違ったらメール下さい。合ってるのなら要りません。
ピアニッシモ
来てる来てる。
約束も合ってる…明日は遅刻しない様にしないとな…。
9:30
俺は少し早く待ち合わせ場所に着いた。
前回二時間以上も遅刻したんだから、これくらいしとかないと『ピアニッシモ』さんに悪いだろう。
さて、まだ来てないみたいだけど…
……
…んっ?
あそこにいるのは、昨日l'omeletteに来た娘?
確か『紺野輝砂姫』…だったけ?
駅前に行くと、昨日一方的にコーヒーを褒めて去って行った娘が、街灯の下で道行く人をキョロキョロ見回していた。
多分デートか何かなのだろう。フリルの付いた白のブラウスに水色のジャンパースカートを履き、頭には、白く大きなリボンという服装が彼女の可愛らしさを引き立っていて良く似合っている。
あっ、こっちに来た……。
……
…
……
通り過ぎて行っちゃった。
しかし、待ち合わせの人が見つからないのか、先程からキョロキョロと周りを見回しながら、駅前をぐるぐる回っている。
彼女が周りを見回す時、手を目の上にかざす子供っぽい仕草をするので、少し笑いが込み上げてきた。
あっ!またこっちに来た。
………
まだ、待ち合わせの人が見つからないのか、今度はアーケード街の方でキョロキョロしてる。
何だか忙しい娘だなあ。
さてと時間は、
9:50
あと10分か……。まさか、すっぽかすつもりだったりして…。
まあ前科者の俺は、そうされても仕方ないけどさ…。
ハア…『ピアニッシモ』さんに会えたら、改めて謝っとかないとな…。
「あの?」
「はい?あれっ?君は昨日の…。」
不意に声を掛けられて、時計から目を上げると、輝砂姫ちゃんが立っていた。
輝砂姫ちゃんは真っ赤な顔をして、小さい体を更にちっちゃくしている。
「はい、紺野輝砂姫です。……『ピアニッシモ』なんですけど…。」
「はい?何だって?」
「えっあっいえ…。」
普通に俺が聞き返しただけで、顔を真っ赤に染めて俯く輝砂姫ちゃん。
可愛い…。
「それで何だい?」
昨日のようにすぐ逃げてしまいそうな雰囲気だったので、恐がらせない様に笑顔で用件を聞いてみる。
「あのぅ……どうしよう…もしちがったら………『WIND』さん…ですか……・すいません!違いますよね!変な事聞きました。さようならー!」
前半は躊躇(ためら)うように、後半は捲(ま)くし立てるように言うと、彼女またどこかに逃げて行こうとした。
「あっちょっと待って!『ピアニッシモ』さん!?」
「はい!?……じゃあ、本当にあなたが『WIND』さんなんですか?」
俺の呼びかけに、輝砂姫ちゃんは驚いた顔で振り返る。
「まあね。…驚いたかい?l'omeletteの店員が『WIND』だったなんて…。」
「じゃあ…私の事、からかっていたんですか!?」
そう言って輝砂姫ちゃんが俺の事を一生懸命睨む…といっても身長差がかなりあるので、上目遣いで睨む事になってしまい、逆に可愛らしい…。
「それは誤解だよ。俺だってさっきまで、君が『ピアニッシモ』さんだって知らなかったんだから……それにどうやってそんな事調べるの?」
「そっそれもそうですね。ごめんなさい。」
「別に謝らなくても良いよ。それに謝るのは俺の方なんだし……この前は約束すっぽかしてゴメンね…。」
「その事なら、もういいんです。お忙しいのにわざわざ私の為に時間を割こうとしてくれたんですから…お詫びのメールも頂きましたし…。」
「そうかい?ありがとう。」
「いえ…。」
そう言って、また小さくなる…本当に可愛らしい…。
「それじゃあ、どこかに入ってお話しようか?その為に待ち合わせたんだし……。」
「はい…。」
そうして俺は、この前乃絵美に教えてもらったインターネットカフェ、『ぱぶりっく』に入った。
お話ししながらネットサーフィンも面白いかも…。
To Be Continued...
第十五話予告
「…たまには良いかな…こういうのも…。」
初めて一人で街へ買い物に行った
「おにいちゃん…。」
だけど、隣にいて欲しい人がいないのは寂しかった
「僕で良かったら相談に乗りますけど?」
そして、悩む私を支えようとしてくれる人
過ぎ行く時間は少女の心に焦りを生む
次回『another face 〜電網の恋人〜』