another face 〜電網の恋人〜

第十八話・決闘

 

 

でも、今、目の前に立っているのは…
委員長…
鈴陰宗一郎だった。

 

「予想外でしたよ…まあ計画の一部が狂っただけです。まずはあなたをボロボロにして、それから乃絵美さんを…。」

「そんな事させるか!」

 

口の端を釣り上げて、楽しげに話す宗一郎。
その言葉に、俺は思わず声を上げると、宗一郎の顔が、怒りの表情へと変っていった。

 

「自分の立場を解っていないようですね。」

 

そして、小さく震える乃絵美の首筋に当てた刃をゆっくりと引く。

 

「ンンッ!」

「やめろ!」

 

目を見開き、苦痛の声を上げる乃絵美。
その細い首筋から血が滲み出し、緋色(あか)い線を作る。

 

「今の僕は乃絵美さんを殺(あや)める事も出来るんですよ。」

 

そんな乃絵美と俺の様子見て、ニッコリと笑う宗一郎。

 

狂ってる…のか?

 

「…どうすればいい…。」

「別に避けるのは構いません。」

 

これ以上乃絵美を傷つけさせない為に微動だにせず、宗一郎を睨み付けたまま、俺がそう言うと、宗一郎は満足そうに微笑み、刀を上段に構えた。

 

「宗一郎、お前は…。」

「話はやりながらしましょう。時間が無いんですっ!」

 

フォン!

 

踏み込みと共に襲い掛かって来る凶刃を、俺は後ろに飛んで避けると、素早く回りを確認する。

 

まずはこの教室から誘い出すか…。

 

「そんな物を、どうやって!?」

「戦時中、ここは軍に徴発されていたんですよっ!」

 

こちらに注意を引きつける為に話し掛けながら交代する俺。
宗一郎は俺を追い込む事に熱中しているらしく、警戒する事も無く俺を追撃してくる。

 

フォン!

 

下から切り上げ、

 

「軍刀の五本や六本地下にあっても、おかしくないでしょっ!」

 

フォウン!

 

さらに袈裟懸けに切りつけてくる。

 

「くっ!とっ!」

 

幾度と無く襲い掛かる軍刀を何とか避けながら、ドアの方へと移動する俺。
宗一郎は素人剣術の為、良く見れば避けれない事はない。
しかし、錆付いた軍刀とはいえ、直撃すれば、確実にジ・エンドだ。
さらに光源が外から射し込む光だけなので、目測を誤る可能性もある。

 

「ンンンー!」

 

目の前で行われる死の匂いを伴なう剣の舞いに、乃絵美が涙を流しながら、俺に向かって叫ぶ。
おそらく「逃げて!」と言っているのだろう。
だが文字通り死んでも、俺はこの場から逃げるつもりはない。

 

「こんな事をして、乃絵美がお前の事を愛してくれるとでも!?」

「違いますね!」

「何っ!?」

 

フォウッ!

 

「ぐっ!」

「ンンーーー!」

 

宗一郎の予想外の答えに、俺の反応が一瞬遅れた。
その隙を逃さずに、宗一郎の残撃が俺の脇腹を掠める。
鋭く痛む脇腹を押さえて後ずさりながら、俺は質問を続けた。

 

「なら、どうして!?」

「僕は乃絵美さんが…いや、あなた達が大嫌いです。」

 

そう言うと宗一郎は、軍刀を肩の高さまで上げて、水平に構える。
『振り』では体力の消耗が激しい事を悟り、『突く』事にしたらしい。

 

「だから、泣いてもらいます。絶望のどん底に落ちてもらいます。」

「宗一郎…お前は、間違ってる…。」

「五月蝿(うるさ)い!オマエ達に何が解る!周りにいつも信頼できる人がいて、困ったとき、悲しいとき、絶望したとき、側に付いててくれる人がいる奴なんかに、俺の思いが解ってたまるか!」

 

叫ぶ宗一郎の目から涙が流れる。
説得の糸口を見付ける為に、俺は黙って宗一郎の話を聞いた。

 

「そして何より!オマエ達の汚らわしい関係が嫌なんだよ!」

「…それでも俺は…」

「なんにせよ僕が許しません……さようなら。」

ダッ

しかし、互いに譲れず話は平行線に終わり、宗一郎は俺との間合いを詰めて来る。
そして、矢のごとく水平に構えた軍刀の狙いを俺に定めた。

 

「ンンンー!」

 

張り詰めた静寂の中、乃絵美が涙を散らして俺を呼ぶ声だけが、冷たいコンクリートの部屋に響く。

 

…乃絵美!

俺は……

死なない!!

 

競走中のように時間がゆっくりと感じられる中、俺は宗一郎の方へ一歩踏み出して体を沈めた。
それに一瞬遅れて、宗一郎が俺の胸に狙いを定めていた軍刀を右手で突き出す。

ジョッ

しかし、俺の予想外の動きに反応しきれず、軍刀は俺のこめかみ近くを掠(かす)めた。

 

「んぐっ」

 

上手く凶刃をやり過ごした俺は、踏み込んだ右足に体重を移動させて、右足に力を込める。
そのまま右拳を宗一郎の顎目掛けて突き出しながら、右足だけで体を持ち上げた。

バギィッ!!

時間にして、数秒の出来事だっただろう。。自分でも良く出来たと思う。
気付いたときには、腕を突き上げた格好で、壁まで吹っ飛んで伸びてる宗一郎を見下ろしていた。

 

やった…のか?

 

「ンンンーー!」

「乃絵美!」

 

乃絵美の呼び声で我に返ると、俺は宗一郎の持っていた軍刀を拾って乃絵美の元へ駆け寄る。

 

「ンン…。」

「じっとしてろよ…。」

 

そして、慎重に乃絵美を椅子に縛り付けているロープを軍刀で切っていった。

ナイロン制のロープを切る度に露になる、乃絵美の細い手足首に付いた青白い痣が痛々しい。

プツッ!…プツッ!…プツッ!

「よしと、あとは……。」

「ンンー!」

 

手足を自由にしてやり、次に猿轡を外してやろうとすると、乃絵美が俺の胸の飛び込んできた。
ウェイトレスの服は汚れて、髪も埃を被っていたが、無事のようだ。

 

「っと……頑張ったな、乃絵美。」

 

少しよろけながら俺は乃絵美を抱き留めると、乃絵美に付けられた最後の拘束…猿轡を外してやる。

 

「お兄ちゃん!お兄ちゃん!お兄ちゃん!……。」

「乃絵美…。」

 

胸の中で何度も俺を呼ぶ乃絵美。
その髪に顔を埋めて、乃絵美の身体が壊れるくらい強く強く抱きしめてやる。

 

「もう大丈夫だ。俺はここにいるよ。」

「痛い!痛いけど、嬉しいよ…お兄ちゃん。」

 

痛みに身をよじって俺の胸から顔を上げると、乃絵美は涙を浮かべながら微笑んだ。
その潤んだ瞳に俺の顔が映る。

 

「お兄ちゃん…。」

「乃絵美…。」

 

そして…乃絵美が顔を俺の方に差し出し…その瞳を閉じた。

 

……。

ドクン…ドクン…

心臓が高鳴る。

 

「……。」

 

俺の事を待っていると言った乃絵美…。
もう、待たせるワケには行かない…。
ハッキリとした答えを…。

 

「……。」

 

俺は一瞬躊躇した後、左手で乃絵美の腰を支えながら、右手を首の後ろに当て、顔を寄せた。

 

「ンッ……。」

 

そして、俺の唇を小さく震える乃絵美のそれにそっと重ねる。
柔らかく、冷たい唇に…。

 

「ンンッ!…ンッ…ンッ……。」

 

足先から脳天へと、熱い何かが駆け抜ける感覚。
一度唇を離した後、俺は再び乃絵美と唇を重ねた
今度は貪るようにその小さな唇を吸う。もう俺は乃絵美を放したくなかった。
乃絵美が、一人の女性として愛しくて…
心が、身体が、乃絵美を求めて…
だから俺は唇を離すと、何者にも囚われない自分の正直な気持ちを伝えた。

 

「乃絵美…愛している…。」

 

と……。

 

 

 

「なっ!?」

 

俺の返事を聞いて泣く乃絵美を抱きしめながら、そのか細くて柔からかな存在を感じていた俺を、微かな音と匂いが現実に呼び戻した。

 

これは…木が燃える匂い…。

それに…薪が爆ぜる音…。

そんな、バカな!

 

俺は首を巡らし、周囲を確認する。

 

いない!

宗一郎がいない!

 

どうやら俺達がお互いに気を取られている間に逃げたらしい。

 

「どうしたの?お兄ちゃ…この匂い!」

「逃げるぞ!」

「うんっ!」

 

俺は乃絵美の手をひいて、出口に向かって走る。

 

宗一郎の奴がここまでするとは!

 

 

 

縛られていた足が痛むのか、上手く走れない乃絵美の手を引いて教室から出ると、俺は今いるところから近い方…西側の階段へと向う。

 

「アチッ!…クッ!こっちは駄目か!」

 

しかし、どうやら此方(こちら)から火を付けたらしく西側の階段には既に火が回っていた。
こうしている間にも、校舎の中はどんどん赤く染まって行く。
俺達は急いで反対側へと向かった。

 

「ケホケホッ…。」

「乃絵美、コレを口のあててろ。」

 

煙を吸い込んで噎(む)せる乃絵美に、ポケットから取り出したハンカチを差し出す。

 

「ありがとう…でも、お兄ちゃんは?」

「俺は大丈夫だ。急ぐぞ!」

「うん。」

 

そして、俺から受け取ったハンカチで口を押える乃絵美の手を引くと、周囲から立ち上る煙に目を瞬(しばたた)かせながら、再び東階段を目指した。

 

まだ、焼け落ちていないでくれ。

ダダダ……

タタタ……

 

 

 

「ふふふ…待ってましたよ。」

 

東階段まで、あと教室三つ分の所までたどり着くと、赤く染まった世界の中に人影が現れた。

 

「さて、決着をつけましょうか?まあ、どっちにしてもみんな死ぬんですけどね。ふふふ…。」

「お兄ちゃん…。」

 

今度は細身の軍刀を携え、俺達に狂気の笑みを向ける宗一郎を見た乃絵美が、脅えた声で俺の腕にしがみ付く。
その様子に宗一郎が目を吊り上げ、悪鬼のような顔で吠えた。

 

「っ!ぅおおおっっ!!」

フォッ

「とっ!」

 

宗一郎が俺の左腕、乃絵美がしがみ付いているところ目掛けて軍刀を振り下ろす。
俺はとっさに乃絵美を突き飛ばし、俺も反対側に跳んだ。

ォン!

正に紙一重。
一瞬遅ければ、左腕と乃絵美、両方を失っていたかもしれない。
だが次の瞬間、俺は大きな失敗に気付いた。

 

シュンッ!

 

「きゃうっ!」

「乃絵美っ!」

 

振り返った俺の目に飛び込んできた光景は、背中が朱(あか)く染まってゆく乃絵美と、軍刀を構え直す宗一郎。
奴は、最初から乃絵美を狙っていたのだった。

 

「さようなら…。」

 

この上なく満足げな狂気の笑みを浮かべたまま、宗一郎が背中の痛みに声も出せぬ乃絵美へと別れを言う。
そして、軍刀を大上段に振りかぶった。

 

「くっ!」

 

距離は約三メートル、今にも振り下ろされようとしている軍刀を睨みながら、俺は崩れた体勢で右足に力を込める。

 

間に合えええええッッッ!!!

ブォォ…。

と同時に耳元で風の唸り声が聞えた。
トップスピードに達した時にしか聞こえない筈の声が……。

バゴゥッ!

俺はそのままの勢いで突っ込み、肩から宗一郎にぶつかった。
空振りした軍刀が俺の胸を掠めたが、たいした事ない。

…ゴッ!

体当たりを食らい、吹き飛んだ宗一郎は、柱に頭をぶつけて気を失う。
多分、何が起こったのかも解らないまま、眠っただろう。
俺自身、正直言って、間に合うとは思ってなかったのだから…。

 

「乃絵美ッ!しっかりしろ!乃絵美ィ!!」

「……ッ!」

 

宗一郎が気絶したのを横目に確認すると、俺は、急いで乃絵美に駆け寄って、抱き上げた。
背中に重傷を負った乃絵美は、苦悶の表情を浮かべて、ぐったりとしている。
その上、炎の勢いは益々(ますます)強まっており、熱気で喉が焼けそうな程だ。

 

「……ゴメンな、乃絵美…助けられそうにない…。」

 

この様子では、頼みの綱である東階段も焼け落ちているだろう。
それに旧校舎の消火器は、工事の為、既に全部撤廃されている。

 

望みは…絶たれたか…

 

「乃絵美…お前だけでも、助けてやりたかったな…。」

 

乃絵美を抱きしめたまま、俺は自分の無力さに涙を流す。

 

このまま…乃絵美と一緒に…。

………。

……。

…。

グォォォォォォ……………

パチッ!…パチッ!

ガタ!…ズン!

火が燃え盛る音、巨大な薪となった校舎が爆ぜる音、あちこちが焼け落ちる音が一つの曲に聞こえてくる。

 

もう…

すべて…

お終いだな…。

親父…

母さん…

菜織…

真奈美ちゃん…

ミャーコちゃん…

冴子…

翔兄…

摩耶さん…

みんな…

約束守れなくてゴメン…。

そして…

さようなら…。

 

 

To Be Continued...

 

 

 

第十九話予告

「な…おり。」

一度目に目覚めると、いつも見守ってくれる人『親友』が居た。

「……真奈美ちゃん?」

二度目に目覚めると、『恋人』の絆を持つ女性(ひと)がいた

「乃絵美は?」

三度目に目覚めても、愛しい『妹』の姿は無かった。

 

そして、迫る決断の時…

 

次回『another face 〜電網の恋人〜』

第十九話・相愛

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