another face 〜電網の恋人〜

第四話・再会

 

 

 

「……お兄ちゃん…助けて…熱いよ……痛いよ………タスケ…テ…。」

 

あかい…周りが赤い…l'omeletteが燃えてる…。

 

「おに…ちゃ……けて…い…よ………タ・ス・ケ・テ。」

 

目の前に乃絵美がいる。煙にまかれ、炎に焼かれ、必死に俺に助けを求めている。

そんな乃絵美を俺はただ見ている事しか出来ない。

呼び掛けようとしても声が出ず、伸ばした手はなぜか乃絵美の体を掴めない。

 

……オ・ニ・イ・チャ…ン。

「(乃絵美!)」

 

小さくなった乃絵美の声に俺が声に成らない叫びをあげると、一瞬視界が真っ赤に染まり……次に見えたのは、すぐ近くにある乃絵美の顔とその後ろの見慣れた俺の部屋の天井だった。

 

「お兄ちゃんどうし…キャ。」

「乃絵美っ!本当に乃絵美なんだなっ!生きてるなっ!」

「えっあっ痛いっ!おにいちゃん放してっ!」

「ちょっとアンタ乃絵美に何してんのっ!放しなさいよっ!痛がってるでしょうがっ!」

 

ゴイン

 

菜織の声が聞こえたと思ったら、後頭部に衝撃が走った。どうやらトレイで殴られたらしい。

目の前に星が散ったが、おかげで目が覚めた。

 

「ぐぅぅぅ…っと、乃絵美、すまない。痛かったか?」

「え?…ウン、ちょっとだけ…。」

 

慌てて乃絵美を開放し謝ると乃絵美は恥ずかしそうな、恨めしそうな複雑な顔をして、許してくれた。

 

「本当に驚いたわよ。乃絵美と一緒にアンタを呼びに来たら、訳解ん無い事言っていきなり乃絵美に抱き着くんだもの。乃絵美、大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ菜織ちゃん。それよりどうしたのお兄ちゃん?すごくうなされてたよ…それに私の事何度も呼んでた。」

 

そう言って少し頬を染める乃絵美と、少しへこんだトレイを元に戻そうと拳で叩いてる菜織に、俺は今見た悪夢の内容を話した。

 

 

 

「乃絵美がロムレットと一緒に焼け死ぬなんて、アンタ酷い夢見るわねえ。それでも乃絵美の兄貴でロムレットの次期マスター?」

「あのなー、なんで夢の中の事で俺が責められなきゃいけないんだ。好きでこんな夢見る訳無いだろう。」

「そうでも無いさ。」

 

聞き慣れないが、どこか懐かしい声に振り向くと、廊下に見慣れない男が立っていた。

俺より少し高い背丈に、何処か捕え所の無い目、そして何か願懸けでもしているのか、背中まで伸びた襟足を赤い紐で一つに結んでいる。

 

「夢ってのはその人の深層心理が具現化したり、ストレスを解消するために願望が反映されたりするらしいからな。」

「つまり俺は心の底で、乃絵美をl'omeletteと一緒に焼き殺したいと思ってるって事ですか?」

 

俺の質問に、部屋に入りながら男が答える。

 

「それはどうだろう?予知夢って線で考えると近々乃絵美ちゃんとl'omeletteに危険が迫ってるってとる事も出来るし、大事なものを護りたいという思いが、逆にそれを失った時の恐怖心として具現化したのかもしれないからな。」

「結局、今アンタが一番気にしてるのは乃絵美とロムレットだって事ね。」

「夢ってそうゆう風に解釈するんだあ。」

 

男の解説に、菜織が意地の悪い微笑みを浮べ、乃絵美が感心する。、

 

「なるほど、心当たりが無い事も無い…。あのーところであなた…誰?」

 

いきなり現れて夢について講義を始めたので訊くタイミングを逸してしまったが、いつのまにか俺の前に座ってるこの人誰なんだろう?

 

「オイオイ、兄の事を忘れちまったのか?昔は、よく一緒に遊んでやったのになあ。」

「兄ィ!?ンな馬鹿な!」

 

驚きの声を上げる俺に、菜織と乃絵美が俺の両隣に座りながら答えた。

ちなみにこれで、椅子に座っている男が、ベットに座る俺達三人に講義をしている配置となる。

 

「何言ってんのよ。アンタ分んないの?小さい頃私や真奈美も一緒に遊んでもらったじゃない。」

「そうだよ、お兄ちゃん。私にもピアノを教えてくれたし…もっともあの頃は聴いてるほうが多かったけど…。あっそうだ今度また教えてくださいね。」

「うーん、まあいいか。可愛い妹の頼みじゃ仕方ない。今度暇が出来たら教えてあげるよ。」

「あのう、おねい…摩耶さんは一緒じゃないんですか?」

 

俺をほったらかして話を続ける三人。

小さい頃真奈美ちゃんも一緒に遊んで、乃絵美にピアノを教えて、俺の兄貴だと言う。

うーーーん…誰だ?あの声は聞き覚えがあるような?

 

「ああ…摩耶は今、店長代理をしているから忙しいみたいだよ。」

「残念だなあ。五年ぶりに会えると思ったのに…じゃあ今度来るときは一緒に来てくださいね。」

「解った。お前の可愛い妹が会いたがってるって言っとくよ。」

 

そう言って微笑む男に、菜織が拗ねたような声で抗議する。

 

「もう、ショウさんって実は意地悪だったんですね。」

 

『ショウさん』!?

『しょう』…。

『佐野翔』!!

昔よくl'omeletteに来ていたアマチュアバンド『Misty Falls』のリーダー!

俺と乃絵美にまるで実の兄のように接してくれた人だ。

 

「翔兄ちゃん!?」

「ハア…やっと思い出してくれたか…」

 

やっと自分の事を思い出してくれたのに安堵したのか、それとも呆れたのか、翔兄ちゃんが溜息をつく。

 

「私達四人共通のお兄ちゃんを忘れるなんて、アンタ脳味噌カビてんじゃないの?」

「まあまあ菜織ちゃん。五年ぶりなんだから仕方が無いよ。菜織ちゃんだって乃絵美ちゃんに言われるまで気付か…。」

「アハハ、わっわたし紅茶でも貰ってくるね。」

「あっこらっ人を散々バカにしといてっ……逃げやがった。」

 

菜織も乃絵美に教えてもらったのなら、それまで忘れていたのだろう。

『五十歩百歩』だな。

 

「ふふっでも私も翔お兄ちゃんが「ピアノが奥に行っちゃったんだね…アレ久しぶりに弾いても良いかな乃絵美ちゃん?」って聞かれるまで気付かなかったよ。」

 

 

 

紅茶を持って戻ってきた菜織を加えて暫らく話をしていると、翔兄ちゃんが真奈美ちゃんの事を訊いてきた。(ちなみに、先程の仕返しに「俺はコーヒーが良い!」と菜織に駄々をこねてみると、インスタントコーヒーを持って来やがった。)

 

「ところで二人に聞いたんだけど、真奈美ちゃんが帰って来るんだって?」

「ええ、そうなんです。明後日皆で空港まで迎えに行こうと思ってるんですけど、翔さんも一緒に行きませんか?」

「うーん…。俺これでも忙しい身なんだ。今日ここに来たのだって、たまたま桜美町での仕事が土壇場でキャンセルされたからだし…夜にお邪魔させてもらう事にするよ。やるんだろ?歓迎会。」

 

勿論歓迎会はするつもりだ。そこまで予想済みなのは、流石と言える。

 

「はい!じゃあお待ちしています。その時は、摩耶さんも一緒に…。」

「解った。あっそれから俺の事を『翔さん』なんて呼ぶなよ。余所余所しいぞ。」

「うーんでも…。じゃあ『翔兄(しょうにい)』で良いですか?」

「…まっいいだろ。じゃあそろそろ親父さんに挨拶して、帰るとするかな。」

 

だが結局その夜は、久々に会った翔兄を親父が引き止め、二人で飲んでいたらしく。遅くまで一階で話し声がしていた。

 

 

 

「それじゃあ行って来ます。」

「うん行ってらっしゃいお兄ちゃん。」

「あっちょっと待ちなさいよ。腕のボタン取れかかってるわよ。」

 

デリバリーに行こうをした俺を菜織が引止める。

 

「いいよこれくらい。気にしないから。」

「バーカ、アンタじゃなくてお客様が気にするの。ほらこっちいらっしゃい付けてあげるから。ゴメン乃絵美、フロアのほうしばらくお願いね。

「あっうん大丈夫。でも団体のお客さんが来るかも知れないから早くしてね。」

 

乃絵美にフロアを任し、家のほうで菜織にボタンを付けてもらう。(勝手知ったる何とやらで、菜織は家の何処に何があるかは大体知ってる。)

 

「しっかしミャーコちゃん何の用なんだろうな?名指しでデリバリーを頼むなんて…」

「私に分かる訳ないでしょ…アンタ、ミャーコに呼び出される様な事したの?あっもうちょっと腕上げて。」

 

菜織の言う通り腕を少し上げながら、心当たりを考えてみる。

だが、やっぱり思い付かない。

 

「うーん、心当たりが無い。」

「どうせまたツマンナイ噂でも聞いて、それについてインタビューでもする気なんでしょっ!よし出来上がり。」

 

ボタンを付け終わり、髪を掻き上げる菜織。菜織の髪の香りが一瞬俺の鼻をくすぐる。

……いい香りだ。シャンプーは何を使ってるんだろう?

いや…違うな。

これはシャンプーじゃなくて『菜織の香り』だ。小さい頃から菜織がそばにいるときはいつもこの香りがしていた。

嗅いでいるとすごく落ち着くと言うか『今そばに菜織がいる』のだと安心する。そんな香りだ。

 

「ちょっちょっとアンタどうしたの?人の顔ジーと見て、何か付いてるの。」

「いや、菜織って良い香りがするなって思って。」

 

赤い顔をした菜織に少しからかい気味に本心を話す。

しかし予想とは違い、菜織は俯いて、

 

ありがとう…。」

 

と小さく呟いた。

逆にこちらの調子が狂ってしまう。

 

「えっあっそれじゃ俺デリバリーに行ってくる。サンキュ菜織。」

「うん…いってらっしゃい。」

 

まだ少し赤い顔をした菜織は、笑顔で俺を送り出してくれた。

今のってもしかして、俺の方がからかわれたのか?

それとも…。

 

 

 

「あっいらしゃーい☆。じゃあ、さっそく行こ。」

「行くってドコに…?俺デリバリーに来たんだけど…。」

 

到着と同時に俺を何処かへ引っ張って行こうとするミャーコちゃんに、俺は戸惑いながらアイスコーヒーを、顔が映るくらいに磨き上げられたカウンターに置く。

 

「そんなモノその辺に置いとけば誰かが飲むよ☆ホラホラ。」

「『そんなモノ』?」

「ヒッ…そっそんな恐い顔しないで…おっ美味しく飲ませてもらうから。」

 

……

なんだかミャーコちゃんすごく脅えた顔をしてる。そんなに恐かったのかな?

う〜ん…お客さんを怖がらせちゃいけないな。スマイルスマイル。

 

「はい、お待たせしました。温(ぬる)くならない内にどうぞ。取り敢えず俺を呼んだ訳を聞かせてよ。」

 

と言いながら、俺はこの店の中でひときわ異彩を放っている『カウンター席に座る信楽焼の狸』(ミャーコちゃんのお気に入りらしい)の横に座った。

 

「これを見て。」

 

アイスコーヒーをブラックで飲みながら、ミャーコちゃんは一枚の紙を見せてくれた。どうやらチャット中の文章を出力した物のようだ。

 

 

@>アハハそうですね。電話代が大変そうだ。

 

未至磨>ところでそっちは今何処から?

 

@>今インターネットカフェの『ぱぶりっく』からアクセスしてるんですよ。

 

未至磨>へーそんなもんが有るんだ。いいなー都会は。

 

@>うーん都会って程でもないんだけどな。それにここでしかアクセスしてません。他に手段が無いもんで…。自宅でやる金も無いし…。

 

 

「ねっ『ぱぶりっく』で待ち伏せてみよう☆」

 

 

 

「…結局収穫無しか…。」

 

期待に反して『ぱぶりっく』では何も分からなかった。まあ良く考えてみれば『@』が何時もいるとは限らないし、もしいたとしても見つける方法が無い。(店中のディスプレイを覗き見して回るワケにもいかないし)

そんなわけで、今はその帰り道である。さっきからミャーコちゃんとインターネットに関して雑談を交わしている。

 

「ふーん。じゃあNET上の恋人がいるんだね。でもその人は悩み事を書いた伝言板の管理者が、キミだなんて思っても見ないだろうね☆」

「まあそうだろうね。俺は管理者用とプライベート用にハンドルネームを使い分けてるから。」

「それでそれで?その事菜織ちゃんは知ってるの?これは明らかな浮気ですねー☆」

 

ミャーコちゃんの中では、俺の彼女は菜織という事になっているらしい。ワクワクした目で俺を見ている。

 

「何でそうなるの?そう言えばミャーコちゃんのハンドルネームって『HELL HOUND』だよね?あれってやっぱりそれから取ったの?」

 

とミャーコちゃんが愛用しているサマーコートを指す。

 

「うんそうだよ☆でもハンドルネームは十個くらいあるよ。ニャハハ☆ハンドルネームによって言葉遣いを変えてるんだー。」

「十個も!?そんなによく使い分けるね…。さすが自称リポーター。」

「エヘヘー、だからNET上で一人芝居なんかも出来るよ。」

 

そんな事を話してると何時の間にか、バー『信楽』の前に着いた。

 

「ゴメンね、遅くまで付合わせたのに結局何も分からなくて…。」

「まあ何も手がかりが無かった頃よりは大きな進歩だよ。」

「エヘヘ☆そういう優しいトコが大好きよーん☆。」

 

と言ってミャーコちゃんは俺に抱き着き頬にキスをした。

柔らかく暖かな唇が、一瞬頬に触れる。

 

「じゃあ明日は遅刻しちゃ駄目だよ☆お休みー。」

 

と言ってミャーコちゃんはそそくさと家に入ってしまった。

ミャーコちゃん……。

頬に手を当てて、ミャーコちゃんの唇の感触を思い出しながら、しばらくボーッとした後、ふと時計を見ると18:53…。

 

「うおあぁっ!にっ二時間も遅刻っ!約束すっぽかしたぁ!」

 

 

 

To Be Continued...

 

 

 

第五話予告

 

「あれって…乃絵美…だよな。」

一人公園で涙する妹

「えっ忘れちゃったの!悲しいなあ…。」

もう一人の姉弟との再会

「そうだな…明日だな…。」

そして目前のもう一つの再会

 

電子の仮面は互いの正体を隠す

 

次回『another face 〜電網の恋人〜』

第五話・他面

 

 

感想を書く/目次へ