another face 〜電網の恋人〜

第五話・他面

 

 

 

「うおあぁっ!にっ二時間も遅刻っ!約束すっぽかしたぁ!」

 

 

 

「おそーい!今まで何処で何やっ…」

「スマン、菜織っ!この通りだ!黙って行かせてくれっ!」

 

菜織がカンカンに怒っている事を予想していた俺は、いきなり菜織の手を握って頼み込んだ。

他人に見られると、誤解されそうな行動だが、幸い客も、乃絵美もいなかった。

 

「…へ?」

 

作戦通り、菜織を混乱される事が出来たみたいだ。

さらに俺は、そのまま菜織を押し倒さんばかりの勢いで、頼み込む。

 

「頼むっ!もう時間が無いんだっ!菜織だけが頼りなんだぁっ!」

「えっと…えっと…。」

 

菜織は赤い顔をしたまま、俺の顔を見たり、下を見たりとかなり混乱しているみたいだ。

もう一押しだろう。

 

「菜織ぃっ!俺を見捨てないでくれぇ!」

「あっえっと…とにかくアンタは急いでるのね。」

 

混乱から少し立ち直った菜織が、少しだけ状況を把握する。

 

「そうなんだっ!あとの仕事を頼むっ!」

「わっ解ったわ。時間が無いんでしょ!急ぎなさい。」

「スマンッ!埋め合わせはする。」

 

フウ…どうやら上手く菜織に残りの仕事を押し付ける事が出来たみたいだ…。

さて、急がないと…。

昨日のうちに選んでおいた服を急いで着ると、俺は、待ち合わせの場所へと走った。

 

「19:15…二時間以上も待ってくれるかな?」

 

だが、待ち合わせ場所に着くと……誰もいなかった。

 

「はあ…。やっぱり怒って帰っちゃったか…。」

 

罪悪感に苛まれながら、それでも20分ほど待ってみたが、結局誰も来なかった。

 

「帰ったらメールで謝っとかないとなあ……………おろ?」

 

謝罪メールの文案を考えながら少し暗くなった帰り道を歩いていると、公園に見慣れた人影を見つけた。

 

「あれって…乃絵美…だよな。」

 

そう乃絵美だった。珍しくおしゃれをしているが、それとは対照的に暗い顔をしてブランコに座っている。

俺はそんな乃絵美にそっと近づき声を掛けた。

 

「乃絵美。」

「あっお兄ちゃん。」

「どうしたこんなところで?」

「うっうんちょっとお散歩…。」

 

と言って潤んだ瞳を隠すように俯く乃絵美。

ほんとに乃絵美はウソが下手だ。誰かに約束をすっぽかされたのは目に見えてる。(俺も人の事は言えないが)酷い奴もいたものである。

聞き出して一発ぶん殴ってやりたいところだが、今は乃絵美を元気付けるほうが先である。

乃絵美の前で膝をつき、指で涙を拭ってやる。

すると乃絵美は涙をこらえながら俺に微笑みかけた。

 

「乃絵美、これから時間あるか?」

「えっ!?うっうん。」

「たまには二人で食事でもいかないか?」

「うんっ。」

 

ぱっと乃絵美の顔が明るくなる。取り敢えず少しは元気になったみたいだ。

 

「ありがとう…お兄ちゃん。」

「また泣くなよ……ほら行くぞ。」

 

と言って乃絵美の小さな手を取って歩き出すと、

 

「うんっ。」

 

と、乃絵美も、ぎゅっと握り返してきた。

 

…さて何処に連れていってやろうか?

 

 

 

「……お兄ちゃんがこんなお店知ってるなんて思わなかった…。」

「どういう意味だ。」

「クスッ、ごめんなさい。」

 

結局俺は、思いっきり奮発して桜美町で最もオシャレなレストラン(とミャーコちゃんが言ってた)フレンチレストラン『シェ・リュイ』で食事をする事にした。(家には電話で、乃絵美と食事して帰ると言ってある)

それなりに服装が限定される店だが、今の俺達なら問題ないだろう。

何やら看板の前で黒いスーツを着た女性を中心に、入り口のデザインがどうとか討論している人達の脇を抜けて中に入ると、予約があるかどうか聞かれた。

勿論そんなものは無い。

どうやら、この時間はいつも満員で予約が必要だったらしい。仕方が無いので他の店に行こうとレストランから出ようとすると、

 

「乃絵美ちゃん!」

「ひゃっ」

 

さっき表で入り口のデザインについて討論していた女性が乃絵美に抱き着いた。

黒髪を肩口でバッサリ切っており、ツリ目と相俟(あいま)って、凄く気が強そうな感じのする女性だ。

 

「わあ、乃絵美ちゃんだー。ほーんと久しぶりだね。」

「えっあのっ、失礼ですが…。どなたですか?」

「えっ忘れちゃったの!悲しいなあ…。」

 

と言いながらも、悲しいどころか嬉しそうにツリ目を猫のように細めて、乃絵美を抱きしめたまま頬擦りまでしてる。

…いい加減に放してくれないかな?

 

「あのー摩耶さん、いい加減乃絵美を放してくれません?」

「アラ、君は覚えててくれたんだー。さっすがお兄ちゃん。」

「摩耶お姉ちゃん!?」

 

驚いた声を出す乃絵美。昔は髪を染めていたから、分からないのも無理はないけど……実際俺もさっき気付いたんだし。

彼女の名前は角屋摩耶。翔兄と同じ『Misty Falls』のメンバーで、かつては紅一点の人気者だった。そう言えば翔兄、摩耶さんと婚約中だって言ってたっけ。

 

「ところで今日はどうしたの?まさかデート☆いいわねー乃絵美ちゃん。優しくて素敵なお兄ちゃんが居て。」

「まっ摩耶さん何言ってるんですか!?俺達兄妹ですよ!」

「そんなの関係ないわよ。私はお似合いだと思うけどなあ。」

 

そう言って摩耶さんは俺と乃絵美を交互に見る。

まあ昔から世間の常識に縛られるのが大嫌いな人だったから、摩耶さんらしい意見だけどな…。

そんな事を考えながら乃絵美を見ると、摩耶さんに抱き着かれたまま困ったような恥ずかしいような顔をして、モジモジしている。

 

「すいませんが摩耶さん俺達…。」

「解ってるわよ。予約が無くて駄目だったんでしょ?私に任せなさい。」

「えっでもそんな…。」

「久しぶりに可愛い弟と妹が訪ねて来たんだもの。何とかするわよ。私の経営能力を信じなさい。」

 

と言って摩耶さんはウィンクをよこすと、厨房のほうに入っていった。

 

「摩耶お姉ちゃんなんだかかっこいいね。キビキビしてて…。そう言えば、この前翔お兄ちゃんが来た時に、摩耶お姉ちゃんが店長代理になったって言ってたっけ。」

「そうだな…でもよく上司とケンカしていそうだな。案外店長代理の名目でここに飛ばされたんだったりしてな。」

「聞いたわよ。」

「どわあああ!」

「コラ!店の中で大きな声出さないの。」

 

いつのまにか摩耶さんが俺達の後ろに立っていた。しかもウェイトレスの格好をしている。

 

「摩耶お姉ちゃん、その格好は?」

「ああ、あなたたちの給仕は特別に私がしてあげるわ。ところでさっきの聞いたわよ。これはお仕置きね。」

 

『お仕置き』という言葉に過ぎし日の嫌な記憶が甦る。

 

「摩耶さんごめんなさい!お仕置きは勘弁して下さいよ。」

「まあ延期なら認めるわ。今日は乃絵美ちゃんと楽しいデートを楽しみたいでしょうから。」

「結局、無かった事にはしてくれないんですね…。」

 

ウウッ…嫌だ…摩耶さんって絶対サディストだよな…。

 

「当然!」

 

と言う訳で、取り敢えず今夜は美味しい食事と摩耶さんを交えての会話を楽しんだ。

 

 

 

「じゃあ本当にご馳走様でした。」

「摩耶お姉ちゃん、明日は家に来てくれるんですよね。」

「もっちろん、ちょぉっと遅くなるかもしれないけど必ず行くわ。」

 

結局摩耶さんに奢られてしまった。代金を払おうとしたんだけと、摩耶さんが勝手に自分の口座から引き落とす様に手配してしまったらしい。

やっぱり、俺達に会えたのが嬉しかったのかな?

 

 

 

すっかり暗くなってしまった桜美商店街を乃絵美の手を握りながら歩いていると、乃絵美が話し掛けてきた。

 

「ねえお兄ちゃん、いよいよ明日だね?私、凄く楽しみ。」

「そうだな…明日だな…。」

 

そう…いよいよ明日、約二ヶ月ぶりに真奈美ちゃんが帰ってくるのだ。

 

 

 

To Be Continued...

 

 

 

第六話予告

 

「どうした乃絵美?ミャーコちゃんが引っ張りまわすから歩きつかれたか?」

いつも私を心配してくれるみんな

「お久し……いや、おかえり真奈美ちゃん。」

帰ってきた幼なじみ

「……でも私も少しは強くなったんだから。………」

少しだけ強くなった私を示すチャンス

 

弱き者が己の力で立つ事は許されないのか?

 

次回『another face 〜電網の恋人〜』

第六話・帰国

 

 

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