another face 〜電網の恋人〜

第八話・困惑

 

 

 

「乃絵美、どうしたの?さっきからボーッとして、疲れてるんなら少し休んでていいわよ。」

「えっ?あぁ、菜織ちゃん…大丈夫だよ。ちょっと考え事してただけ。」

 

何だったんだろう?あの夢……今度翔お兄ちゃんが来た時に聞いてみようかな?

 

カランカラン

 

「いらっしゃいませぇ☆ホエ?委員長だあ。」

「あれ?美亜子さんはここでバイトしてるんですか?」

「うん☆そーだよ。みんなー委員長だよ〜ん。」

 

今日最初のお客さんを見てミャーコちゃんがそう言った。

少し大柄で眼鏡を掛けた、誠実そうな人…何処かで会った事あるような気がするけど、思い出せない。

えーっと…誰かな?

と菜織ちゃんのほうを見ると「私達の学級委員長をしている『鈴陰宗一郎』君よ。」と教えてくれた。

 

「まっ真奈美さん!?こっちに来てたんですか?」

「うん。宗一郎君お久しぶり。」

 

自分を見て驚く宗一郎さんに、真奈美ちゃんが笑顔で挨拶をする。

転校して行った人がウェイトレスをしていたら、やっぱり私も驚くかな…。

 

「はぁ…真奈美さんくらいですよ。僕の事を名前で呼んでくれるのは…。」

「だって、オマエ委員長だろ。」

「確かにそうですけど……じゃあ僕が委員長を辞めたら名前で呼んでくれるんですか?」

「ううん☆委員長は委員長のまま☆ニャハハー。」

 

……他のお客さんの迷惑になるから、あんまり騒がないで欲しいんだけどな…。

ミャーコちゃんの言葉に項垂(うなだ)れる宗一郎さんに、菜織ちゃんが助け船を出した。

 

「ハイハイその辺にして仕事に戻りなさい。乃絵美が困ってるじゃない。」

「あっ、菜織ちゃん…ゴメンナサイ、本当は私が注意しないといけないのに…。」

「いいのよ。乃絵美のサポートも私の仕事だもの。それよりサエ、厨房のほうをお願いね。真奈美は3番テーブルのオーダーを持って行って。ミャーコは入り口の御掃除をお願い。」

 

結局、宗一郎さんのオーダーは私が取る事になった。

宗一郎さんがメニューを見ながら話してくれたんだけど、宗一郎さんってお兄ちゃんと仲が良いみたい。

お兄ちゃんからl'omeletteの事や私の事(ちょっと恥ずかしいな)を聞いて、一度お店のほうに来てみたいと思っていたんだって。

…あっ!そう言えば、お兄ちゃんにお弁当を届けに行った時に会ったような気がする。

それで、何処かで見たような気がしてたのかな…。

 

 

 

「でも良い雰囲気のお店ですね。気に入りましたよ。これからも時々寄らせてもらおうかな?」

「ありがとうございます。これからもよろしくお願いしますね。」

「可愛い乃絵美さんにお願いされては毎日でも来るしかありませんね。」

 

トレーを前に抱えて、ペコリを頭を下げる私の方を見て、微笑みながら宗一郎さんはそう言った。

 

「えっ!?」

「ハハハ…。冗談ですよ。」

 

驚く私を見て笑みをもらしながら、宗一郎さんは私が持ってきたオリジナルブレンドにミルクを入れてかき混ぜた。

宗一郎さんってちょっと意地悪なところがあるんだなあ。なんだか翔お兄ちゃんみたい…。

そんな事を考えていると、今度は宗一郎さんが私のほうをじっと見ているのに気付いた。

どうしたんだろう?

そんなに見つめられると恥ずかしいんだけど…。

 

……ん…………く……か……。」

「えっ?何かおっしゃいました?」

「いや…コーヒーってこんなに良い香りがするものなんだなって…。」

 

微かに聞こえた呟きに、私が聞き返すと、宗一郎さんは、誤魔化すようにコーヒーを誉めてくれた。

 

「あぁ…それはl'omeletteのオリジナルブレンドなんです。お気に召しましたか?」

「ええ、とても…このコーヒーを乃絵美さんが煎れてくれるのなら、本当に毎日でも通いますよ。」

 

また、からかわれちゃった…。

それとも、本気で言ってくれたのかな?

……。

そんな事無いよね。

私なんて、菜織ちゃん達に比べたら……。

 

「ハニャニャァ?コレは委員長、乃絵美ちゃんに一目惚れかなあ?」

「委員長、アイツのシスコンぶりは凄いから、命懸けになるのは覚悟しておいたほうが良いぜ。」

「ちょっとちょっと!なんでそうなるんですか!?違いますって!」

 

親子連れのオーダーを持っていった帰りのミャーコちゃんとサエちゃんが、面白半分にからかって行くと、宗一郎さんは慌てて否定した。

…やっぱりそうだよね…。

私なんて、普通の男の人から見れば…。

それからも帰るまでずっと宗一郎さんはからかわれていたけれど、あんまり嫌そうにはしていなくて、私には嬉しそうに見えた。

 

 

 

カランカラン

 

「いらっしゃいませ。あっ先生!こちらへどうぞ。」

 

お昼時を過ぎてお客さんが少なくなった頃、私服姿の天都先生がいらっしゃった。

やっと接客に慣れてきた真奈美ちゃんが、カウンター席に案内する。

 

「ウンウン経営は上手くいっている様ね。乃絵美ちゃん頑張ってるわね。」

「ええ、乃絵美が上手く立ち回ってくれるから、私達も安心して自分の役割に専念できます。」

「そんな菜織ちゃん……わたしみんなに頼ってばっかりだよ。」

 

褒めてくれる菜織ちゃんに、慌てて私は首を振りながら否定する。

本当に…私、頼ってばかりだから…。

 

「謙遜するなよ。来たお客さんが何の違和感も感じずに帰って行くって事は、上手くいってるって証拠だよ。」

「そうそう☆私達が気付かない事も、乃絵美ちゃんがそれとなく教えてくれるし。」

「時々私がドジをしそうになっても、すぐに来て助けてくれるし…。」

 

そうしていると、真奈美ちゃん達も先生の周りに集まって来た。

 

「ハニャア☆時々ィ?」

「あーミャーコちゃんヒドイ。」

 

疑いの眼差しを向けるミャーコちゃんに、真奈美ちゃんがいじけた声を出す。

でも、あまり一ヶ所に固まって騒がないで欲しいんだけどな…。

 

「ハイハイ、一ヶ所に集まらないで!ミャーコは空いたテーブルを拭いてお砂糖とかの補充をお願いね。サエはランチの看板を下げて窓を拭いてくれる?真奈美は先生のオーダーをお願い。」

「……菜織ちゃん、また怒らせちゃった?ごめんなさい…。」

 

また、菜織ちゃんに助けられちゃった…。

いけないな…こんなんじゃ…。

 

「まあまあ…。でもこの調子なら大丈夫そうね。安心したわ。」

 

そう言って天都先生は微笑むと、何かを思い出した様にポンッと両手を合わせた。

 

「そうそう!真奈美ちゃん、この前話してくれたわよね、近々みんなで旅行に行くって。」

「ええ、小父様達が帰ってきたら菜織ちゃんの知り合いのところへ二、三日…。」

 

オーダーを取る真奈美ちゃんに先生が話し掛ける。

 

「ねえ?私もついて行って良いかな?未成年だけで旅行に行くなんて先生としては黙っていられ無いし……なんてね。実は私も楽しみたいだけなのかもね。」

「えーっと…みんなに相談してみないと分かりませんけど、私は構いませんよ。」

 

そう言って、真奈美ちゃんは隣にいた私の方に目を向ける。

でも、私の答えはもう決まっていた。

 

「私も…大勢で行った方が楽しいと思います。」

「そう、じゃあ決まったら連絡ちょうだい。忘れないでね。」

「はい。」

 

そう言いながら目を細めて笑う天都先生に、私も笑顔で返事をした。

旅行…賑やかになりそうだなあ…。

私、旅行に行く事ってあまりないし…楽しみだな…。

 

 

 

「ウ〜〜〜ン。今日も良く働いたなあ。」

「菜織ちゃんおつかれさま。今日は昨日よりお客さんが多かったから大変だったでしょう。」

 

店内の後片付けが終わった後、椅子に座って体を伸ばしている菜織ちゃんに、私は後ろから声を掛けた。

菜織ちゃんには凄く助けられてるから、肩を揉んであげようかな?

 

「そうね、何せ真奈美はオーダーを十二回も間違えるし…ミャーコはずっとお客さんと話し込んでるし…かといって無愛想なサエにフロアを任せるわけにもいかないし…。」

「菜織ちゃんの意地悪…。」

「だってー。」

「悪かったな愛想が無くて…。」

 

菜織ちゃんに言われて、真奈美ちゃん達が顔をしかめる。

私は、みんな頑張ってくれてると思うけど…。

 

「クスクス…でもみんな頑張ってくれてるから、私すごく助かるよ。ありがとう。」

「ニャハハ☆礼には及ばないよん。それよりパジャマパーティーの準備しよ。」

「そうだね…なんだかワクワクしてきちゃった。」

 

そう真奈美ちゃんが嬉しそうに言ったのを合図に、私達はパジャマパーティーの準備に取り掛かった。

 

「それじゃアタイと菜織で夕食を作るから、乃絵美達はその間風呂にでも入ってろよ。」

「そんな悪いよ……そうだ、真奈美ちゃん、ミャーコちゃん手伝ってくれるかな?私達はお布団を二階に持って行こうよ。」

 

快く引く受けてくれた真奈美ちゃんとミャーコちゃんを連れて、私はお父さん達の部屋にお布団を取りに行った。

 

「うーん…ミャーコちゃんは小父さんのお布団で寝たくないなあ…。」

「ミャーコちゃん、小父様に失礼だよ。」

 

眉をひそめて言うミャーコちゃんを、真奈美ちゃんが慌てて窘(たしな)める。

 

「うふふ、大丈夫だよ。お客様用のお布団があるから。」

 

そう言って私は、押し入れからお客様用のお布団を一組引っ張り出すと、二人に手伝ってもらって二階に持って上がった。

あと一つはお兄ちゃんのを借りようかな?

 

 

 

にぎやかな夕御飯も終わり(メニューはお鍋だった)、ジャンケンで順番を決めてお風呂にも入った私達は、修学旅行みたいにお布団が敷き詰められた私の部屋に集合した。

 

「でも乃絵美と真奈美の髪って長いわねえ。邪魔にならないの?」

「うーん…ならない事は無いけど…でも髪形を変えたくないの。」

 

菜織ちゃんに質問に、真奈美ちゃんが自分の髪を編みながら答える。

私は……お兄ちゃんが私の髪を指で梳くように撫でてくれるからかな…。

 

「ふーん…でも良いなあ二人とも髪が奇麗で…ミャーコちゃんの髪ってクセッ毛だから、これ以上伸ばせないんだあ。羨ましい。」

 

そう言って、猫のキグルミみたいなパジャマを着たミャーコちゃんが自分の髪をいじる。

私、ミャーコちゃんが髪を下ろしたところって初めて見たなあ。

 

「それでお前、あんなエビフライみたいな頭してるのか?」

「ホエ☆『えびふらい』?」

「アハハ、そう言えば陸上部の橋本先輩も言ってたわね『良く喋る、頭にエビフライをつけた娘』って。」

 

そう言って、白地に水色の模様が付いた浴衣姿の菜織ちゃんが笑う。

エビフライかあ…。

クスッ、ミャーコちゃんには悪いけど確かにそう見えるなあ。

 

「わあ、乃絵美ちゃんの髪って枝毛が無いよ。良いなあ…私の髪ってちょっと枝毛が多いからブラシを通すと痛くって…。」

 

私の髪を一房とって、淡いピンクのネグリジュを着た真奈美ちゃんが羨ましそうな顔をする。

そんな真奈美ちゃんとサエちゃんを見比べながら、、ミャーコちゃんが口を開いた。

 

「サエはずっとその髪型だよねえ。伸ばそうとか思わないの?」

「アタイは実用性優先だから髪の事はあんまり気にしないかな?」

「ふーん…ニャハ☆案外サエって髪形を変えると性格まで変わっちゃうタイプだったりして☆」

「もしそうなら、ミャーコの髪型には絶対しないな。」

 

少し大き目のTシャツと短パンを着たサエちゃんが、笑いながらそう言った。

 

「ぶー、なんで!」

 

 

 

それからしばらく真奈美ちゃんがミャンマーに引っ越して行く前の話や、ミャーコちゃんの怪談話(サエちゃんがお布団の中で震えてた)なんかをしていたけど、みんな昼間の疲れもあったみたいで、結構早くに眠りについた。

 

 

 

「ねえ…乃絵美ちゃん?」

「何?ミャーコちゃん?」

 

隣からサエちゃんの寝息が聞こえてきた頃、私のベッドで一緒に寝ているミャーコちゃんが、小声で話しかけてきた。

ちなみにサエちゃんはお客様用のお布団、菜織ちゃんと真奈美ちゃんはお兄ちゃんのお布団で寝ている。

 

「乃絵美ちゃんは柴崎君の事が好きなんだよね?」

「えっ?」

 

いきなりな質問に戸惑う。

確かに私は中学生の頃から、拓也さんが毎日努力しているのを側で見ていた。

レギュラーになってからも、ずっと見守っていた。

でも…それは彼の事が好きだったからなのかな?

私は、ずっと彼の恋人に成るのを夢見ていたのかな?

……

違うような気がする。

多分、私は拓也さんにお兄ちゃんの姿を重ねていたんだと思う。

……

あの頃、私はお兄ちゃんを見ていたかった。

でもお兄ちゃんのそばにはいつも菜織ちゃんがいてくれて、私がいなくても菜織ちゃんがお兄ちゃんを励ましてくれていた。

私の言いたい事、してあげたい事…みんな菜織ちゃんがやってくれていた。

だから私は、隣のグランドで一生懸命サッカーの練習をする拓也さんをお兄ちゃんの代わりに応援していてんだ。

……

じゃあ私が本当に好きなのは…

ずっとそばにいて欲しいと思っているのは……

 

「…乃絵美ちゃん?違うの?」

 

黙ったままの私に、ミャーコちゃんが心配そうな声で訊ねてきた。

 

「えっ?うん…どうなんだろう?本当は私にもわからないの。拓也さんの恋人に成りたいのか?それともずっと拓也さんの事を応援していたいだけなのか?」

「そうなんだ…ゴメンね変な事聞いちゃって。お休み…明日も頑張ろうね。」

「ううん、いいの気にしないで…おやすみなさい。」

 

そう言って目を瞑ったけれど、私はさっきの事が頭から離れなくて、ミャーコちゃんの寝息が聞こえてからも、しばらく暗い天井を見上げていた。

 

 

 

カランカラン

 

「おはようみんな。あれっまだ開店前だった?」

 

朝、開店準備が終わると同時に、摩耶お姉ちゃんが来た。

今日、最初のお客さんになるのかな。

 

「いえ、丁度開店したところです。おはようございます摩耶さん。」

「おはよう。もう…菜織ちゃん、昔通り『お姉ちゃん』でいいって言ってるのに…。」

「そう言うわけにはいきませんよ…。特に今は仕事中ですし……。」

 

菜織ちゃんが顔の前で手を振りながらそう答える。

私は、構わないと思うけど…。

『お客様に楽しい時間を過ごしてもらう事が基本だ』ってお父さんも言ってたし…。

 

「摩耶お姉ちゃんいらっしゃいませ。」

「おはよう乃絵美ちゃん、マスター頑張ってるみたいね。」

「はい。みんなに支えられながらですけど、何とかやってます。」

「ウンウン、チームワークはお店を経営する上で大切な要素ね。」

 

摩耶お姉ちゃんは満足そうに頷きながらそう言うと、オリジナルブレンドを注文した。

 

「あっそうだ!摩耶さん、来週お休み取れますか?」

 

菜織ちゃんが手を叩いて嬉しそうにそう言った。

今入って来たばかりのお客さんが驚いた顔をする。

 

「菜織ちゃん…声が大きいよ。」

「あっゴメン乃絵美…。」

 

私が注意すると、菜織ちゃんは慌てて口を押さえた。

そんな私達を笑顔で見つめながら、摩耶お姉ちゃんはスケジュール帳を取り出して、予定を確認する。

 

「うふふ、チームをまとめるしっかりしたリーダーもまた経営上不可欠ね。…うん、取れるわよ。何かするの?」

「ええ、小父様達が帰ってきたらみんなで旅行にでも行こうかと…。」

 

さっきより幾分押さえた声で菜織ちゃんがそう言う。

驚いた客さんは常連さんだったみたいで、特に気にした様子も無く、真奈美ちゃんに案内されていった。

 

「あら?面白そうじゃない。じゃあ保護者として参加させてもらうわ。あなた達がハメを外しすぎない様に見といてあげるから、思いっきり楽しみなさい。」

「うふふ、じゃあお願いします。詳しい話はまた今度連絡します。」

 

摩耶お姉ちゃんが来てくれるのは嬉しいけれど、翔お兄ちゃんはどうするのかな?

一緒に来るのかな?

お仕事の都合が付くと良いけど…。

 

 

 

お昼を過ぎるとお客さんの数も減ってきた。

そろそろ菜織ちゃんにフロアの指揮を任して、伝言板のチェックに行こうかな?

 

「あの?すいません。」

「あっはい、どうかいたしましたか?」

 

後ろから呼び掛けられて振り向くと、中学生くらいの女の子が胸の前で手を両手と握り締めて、私を見上げていた。

緊張してるのかな?

小さくて、セミロングの元気良さそうな女の子、でも今は、頭のカチューシャと同じくらい赤い顔をして小さくなっている。

 

「あのっ…えっと…んっと…どうしよう…なんていったらいいんだろう…。」

 

女の子は恥ずかしそうに俯いて、一生懸命話をしようとしている。

だけど、緊張のあまり言葉が出て来ないみたい。

どうしたのかな?

 

「お客様?」

「えっと私『紺野輝砂姫』っていいます。15歳です。」

「……?」

 

突然自己紹介をされて、私は戸惑う。

『こんのきさき』…さん?

 

「あの実は…その……すっ素敵なお店ですね。」

「えっ?あっありがとうございます。」

あああ…そうじゃなくて…ええっとええっと。」

 

お店の事を褒めてくれたと思ったら、女の子はますます赤い顔をして体を小さくした。

何か訊きにくい事なのかな?

 

「どうしたの乃絵美、何かトラブル?」

「えっあっ…やっぱりいいです。失礼しました!」

 

私達の事を不思議に思った菜織ちゃんが声を掛けると、女の子は飛び出していった。

どうしたんだろう?何か言いたげだったけど…。

 

 

 

【HELL HOUND】

ニャハハー☆実は私明日からl'omeletteで働ける事になったのだー。ごめんね>ハニーレモンπ

 

【ハニーレモンπ】

じゃあ、あなたはl'omeletteの店員と親しい人だったんですか?>HELL HOUND

 

【ピアニッシモ】

羨ましいです。私もあの制服を着てみたいです。>HELL HOUND

 

【HELL HOUND】

もう…だからゴメンって謝ってるじゃない。>ハニーレモンπ・ピアニッシモ

あとそれから、私の情報網によると、髪の短いほうのウェイトレスとウェイターって将来を誓い合った仲らしいよ。

 

【@】

僕の我慢にも限界があるんだぞー。いい加減にしてよ!

 

 

……また来てる。

この人、本気なのかな?…でもそれならお兄ちゃんが先に手を打ってるはずだよね。

明日までこのままにしておいて、お兄ちゃんに任せたほうが良いのかな?

うーん…

…そうしようかな。私が勝手なことをして、お兄ちゃんに迷惑をかけたくないし……。

…あっそうだ。

『WIND』さんに相談してみよう。

 

 

『WIND』さんお久しぶりです。今日も相談があってメールを書きました。

いつも相談ばかりで本当にすいません。

実は私が働いているお店の伝言板に悪質な悪戯書きが多くて困っています。

だけど、本気なのかふざけているのか良く分からない書き方なのでどう対応すれば良いのか分からないのです。

『WIND』さんならこんな時にはどうしますか?

追伸

一度『WIND』さんに会ってみたいです。

 

 

あとは最後にハンドルネームをつけてと……。

お兄ちゃん…明日早く帰ってきてくれないかなあ。

 

「乃絵美!ちょっと来て!」

 

あっ菜織ちゃんが呼んでる。

また何かあったのかな?

 

 

 

お店の方に行くと、頭にパスタを載せた人に真奈美ちゃんとミャーコちゃんが泣きながら謝っていた。

菜織ちゃんの話だと、ミャーコちゃんの運んでいた『カニミソパスタ』が、後ろから真奈美ちゃんがぶつかった衝撃でお客さんの頭の上にお皿ごと落ちたみたい。

 

「乃絵美、ここは私に任せて。」

「ううん、菜織ちゃん、私が…店長だもの…。」

 

そう…私が何とかしなきゃ…

でも、どうしたら…

……

そうだ!あの時、お父さんは…

落ち着いて、思い出して…

………

……

 

「菜織ちゃん……………。」

「なっ!いきなりそんな事頼んで大丈夫なの!?」

「大丈夫、私を信じて…。」

 

菜織ちゃんは驚いた顔で聞き返してきたけれど、私は微笑みながら答えた。

本当は、私も上手くいくかどうか分からなかったけど…。

 

「分かったわ。こっちは任せて。」

「お願いね。」

 

私は菜織ちゃんに指示すると、お客さんのところへ向かった。

 

「大変申し訳ございません。」

「またウェイトレス?店長を呼べと言ったはずだが?」

 

スーツ姿のお客さんは、かなり怒っているらしく、恐い顔で私を睨む。

だけど、私は笑顔で応対した。

 

「あの…本日は私がマスターを任されていますので…。」

「はぁ?君がぁ…?」

 

呆気に取られたお客さんが聞き返す。

 

「はい、ところでお客様。重ね重ねご迷惑をおかけしますが、一時間ほどお時間を頂けませんでしょうか?」

「えっ?あぁ…一時間ぐらいなら…構わないが…。」

「ありがとうございます。それではご案内いたします。」

 

私は、お父さんがあの時言った言葉をそのまま言うと、お客さんを商店街に連れ出した。

殆ど演技だけど、今の私にはこれしか方法が無かった。

 

「へっ?ちょっと何処に?」

 

そのまま私は、l'omeletteのお得意様でもある美容院『御髪(おぐし)』にお客さんを連れて行った。

良かった…何とか上手くいってる。

 

「いらっしゃいませ。お待ちしていました。どうぞこちらへ…。」

「えっ?あっちょっと。」

「それでは、お願いします。」

「おまかせー。」

 

これで髪の方は元通り…

次は汚れたスーツっと…まだかな?

お客さんを『御髪』の女店長さんにお願いすると、私は汚れたスーツを持って待っていた。

 

「お待たせ乃絵美ちゃん!それだね?」

「はい、お願いします。」

「まかしといてよ!30分で元どおりにしてやるよ!」

 

そう言うと『TRUE WHITE』の若店長さんはスーツを持って、来た時と同じように走って行ってしまった。

あとは、あの時の私…真奈美ちゃんとミャーコちゃんに来てもらって…。

 

 

 

「お疲れさまでした。どうぞ…。」

「あぁ…ありがとう…。」

「本当にすいませんでした。二度とこのような事の無い様にいたします。」

 

真奈美ちゃん達に持って来てもらったコーヒーをお客さんに勧めながら、三人で再び謝る。

 

「あっいや…いいんだ…頭もスーツもこうやって奇麗になったんだから…っと、もうそろそろ行こうかな…。」

 

そう言って、ポケットから御財布を取り出すお客さんを私が止める。

 

「あっ御勘定は結構です。御迷惑をかけたのはこちらなのですから。」

「そうはいかないよ…ここまでしてもらって一円も払わずに出て行くなんて出来ない…。」

「いえ…本当に結構なんです。」

 

あの時お父さんがした様に、御財布じゃなくて、お客さんの目を見て御勘定を貰わない意思を示す。

しばらくお客さんは迷っていたけれど、やがて御財布を仕舞ってくれた。

良かった…解ってくれた…。

 

「…そうかい…じゃあそうさせてもらおうかな…あっスーツ取ってくれるかい?」

「あっはいどうぞ…。」

 

私はスーツを取ると、時々お兄ちゃんにしてあげているみたいにして、お客さんに着せた。

 

「着せてまでもらって悪いね。……じゃあ、またお店の方に寄らせてもらうよ。」

「ありがとうございました。お気を付けて…。」

 

そうしてお客さんは、笑顔で商店街の人通りの中に消えて行った。

ふぅ……なんとかなった…かな?

あ…れ…。

あし……が…。

そのまま私は、目の前が真っ暗になった。

 

 

 

「んんっ…あれ?真奈美ちゃん?」

「大丈夫!?」

「うっうん…。」

「菜織ちゃん!みんな!乃絵美ちゃん気がついたよ!」

 

目を覚ますと、心配そうな真奈美ちゃんの顔があった。

周りにはみんなもいる。

ここは…私の部屋…。

 

「乃絵美!大丈夫なの?もう…倒れるまで無理しちゃ駄目だっていつも言ってるでしょ!」

「うん…ごめんなさい…菜織ちゃん…。」

 

心配げな顔で叱る菜織ちゃんに、私は体を起こして謝った。

また私…心配掛けてる…。

 

「まあまあ菜織、乃絵美のおかげであのトラブルを丸く治める事が出来たんだからよ…。」

「そうだよ!あの時乃絵美ちゃんがいなかったらミャーコちゃんたちは二度と日の目を見られなかったかもしれないんだから!」

 

サエちゃんとミャーコちゃんが、私を庇うように菜織ちゃんとの間に入って来た。

 

「…そこまで酷くなるかしらね…。だけど、私も「任せて」なんて言ったものの実際どうしたらいいか分からなかったし…よくあんな方法思い付いたわね、乃絵美。」

「うん…実はあれお父さんの真似をしたの…。」

「小父様の?」

 

不思議そうに聞き返してきた真奈美ちゃんに、私が話し始めると、菜織ちゃん達も側に寄って来た。

 

「うん、あのね…私が中学生の頃、初めてお仕事をして…失敗して…どうしたらいいか分からなくて泣いていたら、お父さんが同じ事をしてくれたの…。」

「ふーん、そうだったんだあ…。でも乃絵美ちゃんって案外度胸があるんだね☆あの時の乃絵美ちゃんカッコよかったなあ…。」

 

ベッドの端に頬杖を突いたミャーコちゃんが、感心した顔で私を見る。

 

「そっそんな事無いよ…終わったとたん気を失っちゃったし…。」

「まあ緊張が解けて、その分の負担が一気に体にかかったんでしょうね。」

 

そう言って菜織ちゃんは寝ている私の頭を優しく撫でた。

菜織ちゃん…いつも私の事を心配してくれてて…本当の『お姉ちゃん』みたいだな…。

 

「乃絵美ちゃんゴメンね…スン…私がもっと…グシュ…周りを見てれ…グス…。」

「それは違うぞ真奈美。回り見てなかったのかこのバカだ。」

「ミャッミャーコちゃんのせいにするの!?確かに後ろまでは見てなかったけど……。」

 

……

泣いている真奈美ちゃんを見ていると、また一つ思い出した。

あの日…私が泣いていた時の事を…

 

「真奈美ちゃん、私もお仕事してるとこんな事がたまにあるよ。でも私はその事でいつまでも悩んだりしないんだ。その代わり同じ失敗を二度としない様にするの。だから真奈美ちゃん、もう泣かないで……明日も一緒に頑張ろう。」

「……乃絵美ちゃん……うん…私頑張るよ…ありがとう慰めてくれて、エヘヘ…これじゃお姉ちゃん失格だね。」

 

私の言葉に、真奈美ちゃんは一瞬驚くと、笑顔を浮かべながら涙を拭った。

 

「乃絵美…あなた変わった…ううん強くなったわね。」

「そうだな、あの乃絵美が真奈美を慰めるなんて…。」

「なんだか今日の乃絵美ちゃんスゴイ☆見直しちゃったあ。」

「そんな…これはお兄ちゃんの受け売り…。失敗した日の夜、私が部屋で泣いていたら、お兄ちゃんが私の頭を撫でながら同じ事を言ってくれたの。」

 

驚いた顔で、私を褒めてくれる菜織ちゃん達に、私はお兄ちゃんの真似をした事を正直に話した。

本当の私は…弱いままだから…。

 

「そうだったの…その言葉をずっと胸に刻み込んで来たから乃絵美はウェイトレスを続けて来れたのね。」

「うん、そうなんだと思う。」

 

でも……本当はもう一つあるの……私がウェイトレスを始めて、そして続けている理由は…。

 

「ごめんなさい。もう少し休むね。」

「ええ…後の事は任して、乃絵美はゆっくり休みなさい。今日はご苦労様。」

 

そして私はまた目を閉じた。

もう一つの理由…それは、お兄ちゃんと一緒に仕事が出来るから…

小さい頃から守られてばかりだった私が、お兄ちゃんの役に立てるから…

だから…私は…

……

…明日でマスターも終わり…。

ちょっと…寂しいかな…。

でも明日…お兄ちゃんが帰ってくる。

あした…おにいちゃん…

はやく…かえっ…て……。

 

 

 

「おはよんよ〜ん☆今日が最後だね。なんだかアッと言う間だったなぁ…。」

「そうだな。乃絵美がマスターするのも今日でお終いか。」

「あっ、おはよう、ミャーコちゃん、サエちゃん。」

 

いつもより早くお店に来たミャーコちゃんとサエちゃんが、看板を拭いていた私に声を掛けてくれた。

今日がマスターの最終日、そしてお兄ちゃんが帰ってくる日。

ちょっと残念だけど…お兄ちゃんに会えるのは嬉しいな。

 

「さ〜て、今日のミャーコちゃんは頑張るぞ〜!なんてったって最後だもん。」

「頑張りすぎて迷惑掛けるんじゃないわよ。」

「菜織ちゃん…ミャーコちゃんが可哀相だよ…。」

 

ミャーコちゃん達の後ろから来た菜織ちゃんがそう言うと、一緒に来た真奈美ちゃんが苦笑しながら窘めた。

 

「おはよう、菜織ちゃん、真奈美ちゃん。」

「おはよう、乃絵美。今日が最後ね。悔いの無い様に頑張りなさい。」

 

そう言って菜織ちゃんは、微笑みながら私の頭を撫でてくれた。

……

帰って来たら、お兄ちゃんも撫でてくれるかな…。

 

 

 

カランカラン

 

「いらっしゃいま…ヒッ!」

「オヤオヤァ…こんなところで会うなんてな。」

「久しぶりだな姉ちゃん。」

「……。」

 

お昼過ぎ、真奈美ちゃんの声に、今までコーヒーポットを洗っていた手を止めて顔を上げると、脅える真奈美ちゃんを、エルシアの制服をだらしなく着た男の人が三人で囲んでいた。

 

「ほーバイト中かぁ…じゃあ俺達の接客をして貰おうかな?」

「そうだな特別な接客をな…おい。」

「…。」

 

頭を剃った人が後ろの大柄な人に声をかけると、大柄な人は真奈美ちゃんが逃げられない様に腕を掴んだ。

真奈美ちゃんは脅えて抵抗しようとしない。

 

「いっ痛っ!」

「じゃあ行こうか?」

「ちょっと止めて下さい!」

 

恐かったけど、私はありったけの勇気を出して真奈美ちゃんを連れて行こうとする男の人達を止めようとした。

 

「ククク…顔に似合わず気の強い女だ。気に入ったぜ。…おいコイツも『お持ち帰り』しようぜ。」

「なっ!きゃん!」

「良い声で鳴きやがる。ますます気に入ったぜ。」

 

男の人達は、真奈美ちゃんと一緒に私をどこかに連れていこうとする。

菜織ちゃんはデリバリーにサエちゃんとミャーコちゃんは上で休んでいてここにはいない。

…お兄ちゃん……

助けて……

お兄ちゃんっ!

 

「…っ!」

「何だオメエは!」

 

 

 

To Be Continued...

 

 

 

第九話予告

 

「でも良かったね乃絵美ちゃん。柴崎君が会いに来てくれて…。」

現れた待人

「待ってくれ!乃絵美も一緒に聞いて欲しい。」

語られるその心

よろしかったら明日どこかで待ち合わせて話し合いませんか?

そして、もう一つの心の拠所

 

いまだ見えぬ少女の本心は…

 

次回『another face 〜電網の恋人〜』

第九話・別情

 

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