another face 〜電網の恋人〜

第九話・別情

 

 

 

「…っ!」

「何だオメエは!」

 

…あれ?

さっきまで腕を掴まれて逃げられなかった真奈美ちゃんがカウンターの方に逃げて行く。

振り向くと、今まで真奈美ちゃんを掴んでいた腕の肘を掴んでいる人がいた。

褐色の肌に東南アジアあたりの民族衣装を着た、年齢は私より少し上ぐらいの女性。

 

「チャムナ!」

 

彼女のことを知っているのか、真奈美ちゃんが彼女の名前を呼んだ。

『チャムナ』?

 

「くぉんのアマ!シカトしてんじゃねえ!」

 

頭を剃った人が殴り掛かったけど、チャムナさんは余裕の表情で難なく躱していく。

すごい…。

 

「なんだ!どうした乃絵美!」

「どっどうしたの真奈美ちゃん!ハニャ!チャッ…チャムちゃんがいる!!」

 

騒ぎを聞きつけて、ドタドタと階段を下りて来たサエちゃんとミャーコちゃんが、驚きの声を出した。

 

「チャムナ!」

 

まだ男の人に捕まってる私を見て、真奈美ちゃんがチャムナさんに呼び掛ける。

チャムナさんは一瞬真奈美ちゃんのほうを向くと、頭を剃った人の脇を素早くすり抜けて、私の手首を掴んでいる腕を真奈美ちゃんの時と同じように外した。

 

「真奈美ちゃんっ!」

 

私が真奈美ちゃんたちの方に駆け寄るのを確認すると、チャムナさんは私達を守るように男の人達との間に立った。

 

「……。」

「…。」

 

真奈美ちゃんがチャムナさんに耳打ちすると、チャムナさんは頷いてドアの方を指し、男の人達に来るように促した。

真奈美ちゃんがお店の中を壊さない様に言ってくれたんだと思う。

 

「ヘッ外のほうがこっちにとっちゃ好都合だぜ!」

「泣いて後悔させてやるぜ!」

「…!」

 

そう言うと先に出ていったチャムナさんを追って男の人達は出ていった。

 

「真奈美!乃絵美!二人とも大丈夫か?」

「ウン、私は平気…掴まれたところが少し痣になってるだけ。乃絵美ちゃんは?」

「私も同じかな…。それよりも真奈美ちゃん、今の女の人は!?」

 

青く指の形が付いた手首を擦りながら、私は真奈美ちゃんにチャムナさんの事を聞いた。

 

「そうだよ!なんでチャムちゃんがいるの?何であんな格好してるの?」

「ミャーコ!今はそんな事聞いてる場合じゃねえだろ!外に行くぞ!」

「あっそっか!サエが加勢するんだね!」

 

そう言うと出て行った二人に続いて、私と真奈美ちゃんも外に出た。

 

 

 

外では既に男の人達とチャムナさんが向かい合っており、その周りを好奇心で集まってきた人達が囲んでいる。

 

「チッ!案の定誰も加勢しねえ!面白半分に集まって来てる奴等だけだぜ!」

「チャムちゃんピンチかも…。」

「チャムナ…。」

 

サエちゃんは、まるで大道芸でも見るかのように離れて見ているだけの人達に怒って、ミャーコちゃんと真奈美ちゃんは、チャムナさんを心配している。

 

「ちょっとこの騒ぎは何!?」

「あっ菜織ちゃん!実はね…。」

「ミャーコ!呑気に説明してる場合か!チクショウ…本当に誰も加勢しねえ…仕方ねえ、アタイが行く!」

 

そう言って飛び出そうとするサエちゃんを、みんなでしがみ付いて止める。

 

「サエちゃん!」

「無茶だよサエ!」

「ちょっとナニ何なの!?よく解んないけど無茶な事は止めなさいよ!」

 

私達の制止を引き剥がして、サエちゃんが加勢しようとした時、

 

「女の子一人に男が三人掛かりとは、卑怯の極みだな…。」

「君達は相変わらずこんな事を続けているのか…。」

 

いつも側にいてくれる人と、かつて隣にいた人の声がした。

 

「お兄ちゃん!それに…拓也さん!」

「柴崎君!?」

「ワオ☆カッコイイ登場!ウウウッ!なんだか久しぶりにリポーター魂が震える!」

 

シューズ入れを抱えたお兄ちゃんと、ネットに入ったサッカーボールを下げた拓也さんが、人の輪の中から出てきた。

拓也さんは私と真奈美ちゃんのほうを見て驚いた顔をしたけれど、すぐに男の人達のほうに歩いて行った。

 

「なんだあ?またオマエ達か。えーい、めんどくせえ!まとめてぶっとばす!」

「チャムナ…加勢する。」

 

頭を剃った男の人の言葉を無視するかのように、お兄ちゃんはチャムナさんに話し掛けて、拓也さんと横に並んだ。

 

「ムッキー!スッゲームカツク!泣いて土下座させてやるから覚悟しろー!」

 

そう叫ぶと、男の人達はお兄ちゃん達に殴り掛かっていった。

私は反射的に顔を覆う。

 

ゴキ!ボゴ!ドガ!

 

「おおーーーと!これはぁぁ!!」

 

ミャーコちゃんの声に顔を上げると……………男の人達が三人とも伸びていた。

周りの人達からは拍手が巻き起こっている。

 

「一撃です!三人ともたった一撃でダウンです!これはすごい!」

 

横を見ると、『EBC』の腕章を付けたミャーコちゃんがマイクに向かって叫んでいる。(両方ともいつも持ち歩いているみたい)

 

「まさに目にも止まらぬ速さで『エルシアの恥』と噂される不良グループを倒した三人!さあ次の対戦相手はいったい誰で…フガ!」

「いつからアイツら格闘家になったんだ!ちったあ落ち着け!」

 

サエちゃんが後ろから抱きかかえるように、ミャーコちゃんの口を押さえる。

 

「ミャーコちゃんって夢中になると勝手にお話を作っちゃうんだね。」

「熱くなりすぎなのよ…。」

「お兄ちゃん!拓也さん!」

 

私が二人に駆け寄ると、みんなも付いて来た。

 

「ただいま乃絵美。」

「久しぶりだな…。今まで会いに来なくてすまなかった。どうしてもお前に会う勇気が出なかったんだ…許してくれ。」

「そんな…許すだなんて…私は何も気にしてないよ。私、拓也さんに嫌われているから…だから、会いに来てくれないのかと思ってた。」

 

謝る拓也さんに、私は首を振ってそう答えた。

でも、やっと拓也さんが私の前に来てくれたんだ…。

『WIND』さんの言う通り、待っていて良かった…。

 

「ハニャア?なんだか愛の告白でも始まりそうな雰囲気だね。」

「そう思うんなら、とっとと店に戻れよな。」

 

あ…

二人の声に私は我に返ると、少し後ろにさがった。

 

「そう言うサエだって来てんじゃない。」

「ウッ!」

「ふふっ…このところ冴子はミャーコに負けてばっかしね。」

「でも良かったね乃絵美ちゃん。柴崎君が会いに来てくれて…。」

「そうね…乃絵美の思いが届いたのね。」

 

みんなが集まって来て、私達を祝福してくれる。

嬉しい……

嬉しいはずなんだけど…

なんだか……。

 

「良かったな乃絵美。」

「……お兄ちゃん………ありがとう。」

 

そうか…分かった…なんで喜べないのか…。

私の気持ちなんだ……

自分でも分からないこの気持ちの所為なんだ…。

 

「ハニャア?ねえチャムちゃんは?」

「チャムナならそこ…あれっ?」

 

お兄ちゃんが指した先には、誰もいなかった。周りを見回してみたけれど、いるのは映画か演劇でも見た後のように楽しそうに帰って行く通行人だけだった。

さっきまでそこにいたのに、何処に行っちゃったんだろう?……一言お礼が言いたかったなあ…。

 

「二人とも合宿お疲れさま。柴崎君、お久しぶりだね。」

「鳴瀬君…僕は…。」

「いいの…解ってる。みんなから聞いたから。」

 

真奈美ちゃんは首を振って、そう答えた。

真奈美ちゃん…。

 

「そうか…でも言わせてくれないかい?自己満足かもしれないが…僕の口から言いたいんだ。」

 

拓也さん…。

 

「真奈美…私達、先に帰っとくわね。」

「ごゆっくりーん☆…フギャ!」

「つまんねー事言ってんじゃねえ!ほら行くぞ!」

 

菜織ちゃん達は気を利かせてl'omeletteに戻っていった。

 

「痛い!痛い!オサゲを引っ張らないで!」

「乃絵美…。」

「えっあっうん……。」

 

私もみんなと一緒に拓也さんと真奈美ちゃんを置いてl'omeletteに戻ろうとすると…

 

「待ってくれ!乃絵美も一緒に聞いて欲しい。」

 

拓也さんに止められた。

 

「拓也さん……うん、解った。お兄ちゃん先に帰って…。」

「…乃絵美…。」

 

心配そうにするお兄ちゃんに先に帰ってもらうと、私は拓也さんと真奈美ちゃんのところへ行った。

 

「ここでは話しにくいから場所を変えよう…。」

 

そう言うと拓也さんは歩きながら話を始めた。

レギュラーを目指して一生懸命練習していた頃の充実感…

私達のおかげでそれを思い出した事…

もう一度あの頃の自分に戻れた事…

その為に行った贖罪…

そして…。

 

「そして…僕は気付いた。自分の気持ちに…。」

 

菜織ちゃんの家…十徳神社の石段の下。

そこで拓也さんは立ち止まって私達の方を向いた。

 

「僕は…乃絵美に感謝している。乃絵美が応援してくれたから僕はレギュラーになれた…乃絵美がずっと見守ってくれていたから、僕は罪を償う決心が付いた…ありがとう乃絵美…そして…すまない。」

 

そう言って拓也さんは私に頭を下げた。

そして真奈美ちゃんに向き直ると…

 

「そして鳴瀬君…君は僕の過ちを教えてくれた。君が旅立ってから、僕は罪を償う為に思い付く限り努力して君の前に立てる男になったつもりだ。だから…僕の気持ちを聞いて欲しい…答えは期待しない…ただ聞いてくれるだけで良い。」

 

……拓也さん………。

 

「僕は鳴瀬さんの事が好きだ!」

 

…………………。

 

「……ごめんなさい…。」

 

真奈美ちゃんは拓也さんに深々と頭を下げた。

 

「えっ?」

「柴崎君…気持ちを正直に言ってくれたから…私も正直に言うね…私には…好きな人がいるの…だから柴崎君の気持ちは受け取れない。」

「……そう…。」

 

拓也さんが沈んだ顔をする。

…拓也さん…。

 

「…二人とも…こんな遅くまでありがとう送っていくよ…。」

 

拓也さんは、それから一度も私達の方を向かずに帰っていった。

 

 

 

『im66e010on』

お兄ちゃんがお風呂に入っている間、私はマスターとしての最後の仕事、伝言板のチェックをする事にした。

お兄ちゃんは、「やらなくていい。」って言ってくれたんだけど、なんだか仕事をしていた方が気が楽だったから、やらせてもらった。

 

 

【ハニーレモンπ】

本当に羨ましいなあ…今度直接聞いてみようかな?

 

【ごませんべー】

そう言えば家の姪も、あそこでバイトしてたみたいです。

 

【SOU】

そうなんですか?それじゃあ…あの二人のどちらかかな?

 

 

あれっ新しい人が来てる。

…でも、特に何の異常も無いみたい。

……メールのチェックに行こうかな?

 

 

『WIND』さんからのメールです。

御相談についてですが、これは本当に難しい問題ですね。相手がふざけているのか、それとも本気なのか分からないというのが最大の問題です。

実は私も今同じ事で悩んでいます。案外同じ人物によるものなのかもしれませんね。

よろしかったら明日どこかで待ち合わせて話し合いませんか?

私は昼ぐらいにメールをチェックしますので、それまでに返答をください。

WIND

 

 

あっ『WIND』さんから返事が来てる。…これってまたデートのお誘い…なのかな?

この前は急用があったのか結局待ち合わせ場所の公園に来てくれなくて、会えなかったからなあ。

……会いたいな。

……

……誘われてみようかな。

 

 

はい、解りました。それと他にも御相談したい事があるので、それもお願いします。内容は明日話します。

それでは明日の17:00に桜美町駅前で会いましょう。

明日は雨のようなので、目印に白い傘を持っておきます。

今度はちゃんと来て下さいね。

アプリコット

 

 

「乃絵美ぃー!晩飯だぞー!」

 

お兄ちゃんが呼びに来た。急いでメールのウィンドウを閉じる。

 

「うん、解った。行こうお兄ちゃん。」

「…乃絵美、俺が居ない間に何か変わった事無かったか?」

「えっうん…あのね…。」

「そうか…。」

 

お兄ちゃんにこの四日間の出来事を話しながら一緒に下りて行く。

でも、お兄ちゃんはずっと何か言いたげにそれを聞いていた。

拓也さんに振られた事、解っちゃってるのかな?

 

 

 

「いってきます。」

 

16:00

少し早めに私は家を出た。

私に出来る、精一杯のおしゃれをして…

そしてこの前買ったばかりの白い傘を持って…。

駅までは三十分程だから、ゆっくり歩きながら今日はどんな事を話そうか考える。

いつも相談に乗ってくれるお礼…

拓也さんのこと…

『@』のこと…

…いつも相談に乗ってくれる『WIND』さんってどんな人なんだろう…。

 

 

 

17:08

遅いな…

この前の事もあるし…もうちょっと待ってみよう…。

 

 

 

17:15

…時間にはルーズなのかな?

雨……ちょっと降ってきちゃった。

傘差そうかな…。

 

 

 

17:30

「ゴメン、遅れちゃって…はじめまして、『アプリコット』さん…ですよね?」

 

 

 

To Be Continued...

 

 

 

第十話予告

 

「乃絵美…。」

これが私の運命?

「……!!乃絵美!」

私はお兄ちゃんの側にいていいの?

「の…えみ?」

私の想いは間違っていないの?

 

少女が葛藤の果てに気付いた想いは…。

 

次回『another face 〜電網の恋人〜』

第十話・相思

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