≪弐≫

 

 

これは、葉っぱが落ちる音…

これは、落ち葉が風に吹かれて地面を転がる音…

これは、下校する生徒に、落ち葉が踏みしめられる音…

そっか…

もう、秋なんだ…

 

「川名さん!」

「はい?」

 

校庭の木々が紅葉する十月、教室の窓辺で風に乗って流れて来る音を楽しんでいた私は、突然、男子生徒に呼び掛けられた。
何度か聞いた事のある声だから、おそらくクラスメートだと思う。

 

「あの…えっと…」

「何かな?」

 

緊張しているらしく、カチコチに固まった声の男子生徒に、私は努めて笑顔を向けつつ対応する。
これまでにも、よくあった事…
目の見えない私を気遣って、普通の人は大抵こんな反応をする。

 

「えっと…」

「ここじゃ、言い難い事なんだね」

「え?あ…はっはい」

 

多分、赤い顔でモジモジしているのだろう男子生徒を察してあげると、か細い声で返事をした。

…何かな?

愛の告白とか…

クスッ…まさかね。

 

「それじゃあ、屋上に行こう」

「…はい」

 

だんだん風が冷たくなってきた屋上なら、誰も居ないだろう。
そのまま私は席を立つと、男子生徒と一緒に屋上へと向かった。

 

「ねえ、あなたは誰?私は、川名みさきだよ…って知ってるよね」

「えっと…ぼっ僕は…」

「そんなに緊張しなくて良いよ。普通に接してくれれば良いからね」

 

屋上へと向かう間、歩きながら簡単に自己紹介を済ませようとする。
目の見えない私にとっては、話す事が相手を理解する一番の手段だった。

 

「……」

 

しかし、後ろから付いて来てるはずの男子生徒から、返事は返って来ない。
それどころか、足音すら消えている。

 

「あれ?どうしたの?」

 

不思議に思った私が、屋上に出る扉の前で振向くと…

 

ガシッ!

 

「きゃ!なっ…ンンッ!」

 

背中…つまり、さっきまで私が向いていた方から、口を押さえられ、羽交い締めにされた。

 

「ンーッ!ングゥッ!」

 

パニックになりながら、私は必死に振りほどこうとしたけれど、相手の力が強くてどうにもならない。
しかも、口の中に布のようなものを押し込まれて、声も出せなかった。

 

バタバタバタ

 

「…ハァハァ」

 

耳に荒い息遣いが聞こえて、首筋に生暖かい息がかかる。

嫌っ!

嫌だよ!

誰か助けて!

 

「ンーッ!ンンッ!」

 

私はひたすら暴れた。
動かせるところは全部動かして、抵抗する。

 

びだんッ!

 

だけど、必死の抵抗もむなしく、強い力で壁に押しつけられ、体の自由を奪われてしまった。

恐いよ!

誰なの?

こんなの止めて!

 

スッ…

 

「ングッ!?」

 

私を押さえていた右腕が動くと、制服の中に入ってきた。
そのまま、私の体を弄(まさぐ)り始める。

嫌っ!

気持ち悪い!

雪ちゃん!

お母さん!

先生!

誰か…助けて!

生暖かい息が顔にかかり、汗ばんだ指が体の上を這い回る。
吐き気がするほどの不快感と嫌悪感に耐えながら、私は必死に暴れ回った。

止めてっ!

もうヤダッ!

私が力一杯体を跳ね上げると、後頭部に衝撃が走った。

 

ゴンッ!

 

見えないはずの目の前に、星が散った様な気がした。
ただでさえ安定しない平衡感覚が完全に狂ってしまい、私はふらふらとよろける。

逃げないと、捕まっちゃう!

くらくらとする頭を押さえつつ、体勢を立て直しながら、私は階段がある方へと走り出した。

気持ち悪い事…

恐い事…

もう嫌!

でも私は、その場から逃げ出す事を考えるので精一杯で、すっかり失念していた…
目の前に階段がある事を…

 

ガクンッ

 

「ひッ!」

 

頭に階段の光景が映った時、既に私の体は踊り場を離れ、階段へと落ち始めていた。

 

「ィやぁぁぁぁぁ…」

 

ドタドタドタッ!

 

自分が回転する感覚と共に、何か堅い物で体を周りから交互に叩かれている様な痛みが走る。
最後に頭を床に思いっきりぶつけて、私の意識は遠のいていった。

 

 

どうして、こんな思いをしなくちゃいけないのかな?

私が悪かったのかな?

あの日、こっそり社会科資料室に忍び込んだ罰なのかな?

面白そうだから、珍しいものがいっぱいあったから…

そんな理由じゃ、高校に来ちゃ行けなかったのかな?

……

これからもずっと、こんな思いをしなくちゃいけないのかな?

独りで耐えていかないと、いけないの…かな?

 

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