感謝のキモチ
前編・いじめっ子
「由起子おばさ…」
ゴイン!!
「ぐあっ!」
「オ・バ・サ・ン?」
由起子伯母さんは、俺の頭を殴った後もゲンコツを握り締めたまま俺を睨んでいる。
「うぅ…由起子さん、行ってきますぅ…」
「ハイ、行ってらっしゃい」
ズキズキする頭に手を当てながら俺が言い直すと、由紀子さんは満足そうに微笑んで、車に乗り込んだ。
ホントに手加減を知らない人だな…
「由紀子さんも、行ってらっしゃい」
「今日は遅くなるから、夕飯はテーブルの上に用意しておいたよ…ゴメンね」
車の窓から俺に片目を瞑り、拝むように手を合わせてそう言うと、由紀子さんは手を振りながら会社へ行ってしまった。
俺もタンコブを擦りながら、半年ぶりに学校へと向かう。
「う〜む…どうやってイジメてやるかな?」
昨日俺に石をぶつけてきた女を苛める為に、俺は初日から行っていない学校へ、今日から行く事にしたのだ。
「とりあえず、昨日寝ずに考えた作戦は全部試すとして……ん?」
『ウワサをすればカベ』とか言うやつだと思う。腕を組んで歩く俺の前に、アイツがいた。
友達なのだろう、二人の女と喋りながら歩いている。
よーし!まずは挨拶からだ!
俺は一気に加速すると、アイツの三歩手前でジャンプした。
「でぇぇぇいッ!」
どげッ!
「きゃん!」
べちゃッ!
俺の『フライング・クロスチョップ』を背中に受けて、アイツが前に「べちゃッ!」っと倒れる。
う〜ん、我ながら見事な切れ味だ。
「約束通り、イジメに出てきたぞ!」
久しぶりにやったにしては、少しも鈍っていない腕に満足しつつ、うつ伏せにコケているアイツに指を突きつけて宣言する。
俺は約束を守る男なのだ。
でも…
「…えぐッ…ひっく…」
アイツは身を起こしながら、泣きべそをかき始めた。
前もって予告しておいたのに、根性の無い奴だ。
俺がポーズを取ったままアイツの様子を窺っていると…
「チョット!ヒドイじゃない!」
「女の子を泣かすなんて、サイテーよ!」
アイツを助け起こしながら、一緒に歩いていた二人が俺を睨みつけてきた。
その声に、周りの人の冷たい視線が俺に集中する。
何だか俺が悪いみたいじゃないか!
そう思いながら視線を戻すと、運悪く、丁度涙を拭ったアイツと目が合ってしまった。
「あ…」
初めてまともに俺の顔を見たアイツはそう呟いて、驚いたような嬉しいような変な顔を向けて来る。
「なっ何だよっ!お前からやってきたんだからな!」
そんなアイツに、俺はムキになって、涙の筋が残る顔を睨み付けながら怒鳴った。
でも、アイツはそんな俺を見て怯むどころか、ニッコリと笑って…
「良かった。出て来てくれたんだね」
と、言ってきたのだった。
「長森さん、このコ知ってるの?」
「このコ瑞佳ちゃんを突き飛ばしたんだよ!」
脇役二人が何やら言っていたけど、アイツ…長森は気にせず俺の方へ歩いて来て、手を差し伸べてくる。
「ほらっ一緒に行こうよ」
「……」
差し出された白くて小さな手…
一瞬とても懐かしいような感じがして、俺は無意識に手を取ろうとしていた。
……
…
……
パンッ
「痛ッ!」
「ばーか、そんな手に引っ掛かるか!」
でも、すぐ正気に戻った俺は、長森の手をひっぱたいて走り出した。
俺は、そこまで優しく接された事が無いから、警戒したのかもしれない…
それとも、自分を突き飛ばした張本人に優しく手を差し伸べる長森の態度が、癪に障ったのかもしれない…
そして、もしかしたら、そんな長森を傷つけた自分に、腹が立ったのかもしれない…
とにかく俺は、何だか凄くイライラして、長森達に背を向け走り出していた。
「わっ…まってよ〜」