春きたりて…

 

 

さんさんと降り注ぐ日の光に照らされた緑の草海。
目を閉じて太陽の温かさを感じながら大きく息を吸い込むと、草の香りが胸いっぱいに広がる。
目を開ければ、青く澄み渡った空に浮ぶ綿雲…
囀りながら弧を描いて飛ぶ小鳥達…
遥か彼方に連なって構える山々…
その間を縫うように此方へと広がる街…

アイツと見た景色は、変わらず今も目の前に広がっている。

 

「まだ待ってるんですか?」

 

どこか呆れたような声にを胡座かいたまま首だけで振向くと、そこには従妹と同じ制服に身を包んだ少女が立っていた。

ケープの色が緑…一年だ。

土地柄かあまり日焼けしていない白い肌に、何か強い思いを抱いている事を感じさせる眉と目元。
茶色がかったウェーブヘヤを肩口で切り揃え、小さめの耳を冷たい外気に晒しているにも拘わらず寒そうにしていないのは、俺とは違い、この土地の気候に慣れているからなのだろう。

 

「それ抜きにしても良い場所だろ?」

「…そうですね」

 

視線を目の前に広がる町並みに戻して返事をすると、僅かな衣擦れと共に彼女が俺の隣へと腰を下ろした。
そして、草海を波立たせて来た風に吹き乱される髪を押え、俺と同じ景色に目を向ける。

 

「結局…帰って来ませんでしたね」

「そうだな…」

 

彼女と過ごすゆっくりとした時…

別に魂が抜けているわけでもないが、何処かポッカリと穴の開いた感覚はある。
その隙間を埋めてくれるモノが何なのか、今の俺には解からない…いや、まだ解かりたく無かった。

 

「天野には悪いな…」

「何度も聞きました。そして答えも同じです」

「「私も待ちたいですから」」

「…解かっているなら、言わせないで下さい」

 

わざと声を重ねる俺を恨めしそうに見ながら、彼女がその白い頬を少し膨らませた。
最近少しずつでは有るがこういう表情を見せてくれる彼女が、可愛らしく思える。
だからこそ、今日もまた、ここにいたのかもしれない。

ここにいて…
彼女を待っていたのかもしれない。

 

「いつまで待つんですか?」

「…さあ」

 

そう無責任な返事を返すと、彼女の方へと身体を傾けて、その膝へ頭を落とす俺。
目測を誤って少しずれた俺の頭を、ごく自然に自分の両膝の間へと置き直す彼女。
温かく柔らかな彼女の感触が俺の頬に伝わり、そして良い香りが鼻を擽る。

清潔で、清涼で、そして少し甘い…彼女の香りが…

 

「…もし今帰って来たとして、怒りませんか?」

「肉まんでも奢れば、すぐに機嫌を直すさ」

「そういう娘…ですか?」

「そういう奴だ」

 

細い指で、そっと俺の髪を撫でながら、未だ待ち続けている俺の為に、言葉を選んで答える彼女。
その気遣いを有り難く思う。

ゆっくりと片目を開けると、白いヴェールにも似た雲の間から顔を覗かせる中天の太陽が、彼女の穏やかな微笑みを陰にしていた。

 

「……」

 

安易に中途半端な温もりを与えたのが間違いだったのかもしれない。
知らなかったとはいえ、結果的にその事がアイツの命を奪う事となった。

アイツは俺を許してくれたのだろうか?
アイツが俺に憎しみを抱いて…命を削ってまで現われた理由が本当に憎しみだけだったのなら、俺はとんでもない勘違いをしていた事になる。
愛情…それを与えた事を怨んでいたのなら、俺はアイツにまた愛情を与えた罪を犯した事になるのだ。

俺は消えゆくアイツに精一杯愛情を注いだ。それが正しい事だと思っていた。
でも、アイツは本当にそれを望んでいたのか?
記憶も無い…
そんな状態のアイツが本当に俺からの愛情を望んでいたのか?
俺は、ただアイツを失いたくなくて、自分勝手な思い込みでアイツを…

 

「考えても仕方ありませんよ」

 

次の季節を予感させる蒼い風が吹き抜ける晩春の町を見下ろしながら、彼女がそう呟くように言う。

 

「天野…」

「帰って来た時に、訊いてみれば良いです」

 

首を少し動かし、上目遣いで彼女を見上げながら、俺がその名を呼ぶと、彼女は俺の顔を見下ろして言葉を続けながら、俺の額をツゥと撫でた。

その擽ったさと彼女の言葉に、俺は眉を下げ、ふっと微笑を浮かべると、腹筋に力を入れ、身体を起こした。

 

「帰りますか?」

 

俺の体に付いた汚れをバンバンと払いながら訊いて来る彼女に、俺は首を縦に振って立ち上がると、いつもの様に、その手を取って引き上げてやる。

そして、両手に彼女と俺、二人分の荷物をそれぞれ持つと、制服の汚れを払う彼女と共に、六月最後の風が吹く丘を後にした。

 

あたたかな春がおわる…

あいつがすきな春がおわる…

そしてまた…春がくる。

 

 

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原作・芝刈組SPECIAL(MAIDO OSAWAGASESIMASU!Y)内

しば原まさを様(芝刈組)の作品より