Angel Birthday 3
1枚……2枚……3枚。
わたしは、自分の部屋で隠してあった銀貨をこっそりと数えていた。
……足りない。
わたしは、あるだけの銀貨を握りしめてぎゅっと目をつぶった。
最近、アイシャの具合は目に見えて悪くなっていた。
発作を多発し、しょっちゅう薬を必要とするようになってきたのだ。
おかみさんや他の娼婦達は一様に迷惑そうな顔をし、客は顔色の悪い彼女を避ける傾向にあった。
わたしも医者を呼ぶほどお金が続かなくなり、今は薬だけを買いに行っている。
だが、今。
アイシャの発作の回数が増えてきた為、その薬の分のお金も足りなくなっている。
へそくりが追いつかないのだ。
どうしよう。
どうしよう、薬が買えないとアイシャが……。
わたしは額を押さえて部屋をうろうろと歩き回った。
何をしても、薬代を捻出しなければならない。
いろいろと考えた挙げ句、わたしはひとつの方法を思いついた。
思わず、ごくりと唾を飲み込んでしまう。
おかみさんがいつも店の奥にしまっている上がりから、少し頂いてしまおう。
もとはといえばわたしやアイシャが身体を張って稼いだお金なのだ。
少しくらい構わないだろう。
見つかれば、普通の折檻では済まないことは解っている。
前に同じ事を企んで捕まった娼婦がいたからだ。
二度とそんな事をしないよう、また他の娼婦への見せしめのために彼女は火かき棒で背中に焼き印を押された。
その時の彼女の悲鳴を思い出すだけで背筋を冷たい汗が伝う。
でも、やらなければならない。
わたしがどんな目に遭ったとしても、アイシャの命にはかえられないのだから。
わたしは音を立てないように細心の注意を払いながら、そうっと玄関の扉を閉めた。
手の中には、いつもの薬の瓶がある。
思ったより首尾良くいって、わたしはほっとしていた。
おかみさんとおかみさんの男が寝ているすぐ側をすりぬけ、手提げ金庫から少しばかり掠める事に成功したのだ。
後は、誰にも見つからないように自分の部屋まで帰るだけだ。
明け方が近づいている事を空気の臭いで感じながら、わたしはそっと階段に片足をかけた。
「よう。 今、帰ったのか。」
低く押さえた、しかしはっきりと聞こえた野太い声にわたしの足がびくりと震えた。
この娼館に男はひとりしかいない。
その声の方向にゆっくりと首を巡らせると、そこにはわたしの予想した通りの人物がいた。
もう何人目になるんだか解らない、おかみさんの男だ。
ここの用心棒きどりで、いつも必要以上に鍛えた身体を誇示している。
おかみさんの年齢を考えれば随分歳の差があるが、わたしは似合いの組み合わせだと思っていた。
どちらも、隙あらば人を陥れて自分だけ良い思いをしようとするところがそっくりだ。
まずい奴に見つかった。
わたしはぎゅっと唇をかみしめた。
「盗んだ金で何を買ってきたんだ? え?」
わたしが黙っているので、男はにやりと嗤って更に話しかけてきた。
この男は、わたしが寝所に入り込んだのに気づいていたのだ。
気づいていながら、眠ったふりをして見逃した。
その理由は考えなくてもすぐに解る。
わたしの弱みを握る為だ。
そして弱みを握って何を要求するのかも明白だった。
娼婦のわたしが提供出来るようなものはひとつしか無いのだから。
小さな、わたし。
その日はお盆に載せて運んでいた酒を転んでこぼしてしまった。
おかみさんはその肉厚の手でわたしの頬を嫌という程殴り、「ヘマをしたんだからメシ抜きだよ」と言った。
手の甲で涙を拭いながら二階に上がっていったわたしの前で、ひとつの部屋の扉がそうっと開いた。
金髪の髪に聖なる水をたたえた湖のような瞳を持つ女性が顔を出し、左右を見回してわたしの他に誰もいない事を確認する。
「いらっしゃい。」
囁くように、わたしを手招きする彼女の白い手。
そのときは何故か素直にそれに従う気になったのだ。
彼女の部屋に招じ入れられ、ベッドに並んで座る。
「お食べなさいな。」
彼女はサイドテーブルから林檎とパンを取って、わたしに手渡してくれる。
どうしていいのか解らずに彼女の顔を見上げたわたしに、彼女は「いいのよ」と頷いた。
お腹を空かせていたわたしは手の中の食料をあっというまに食べてしまう。
そんなわたしの髪を撫でながら、彼女は微笑んでいた。
幼いわたしは、食べ終わってしまってから気がつく。
「これ、お姉さんのご飯じゃないの……?」
「いいのよ、気にしなくて。」
彼女は穏やかに言って、わたしを抱きしめてくれた。
わたしは、誰かに抱きしめて貰うなんていうのはそれがはじめてで。
その後アイシャと名乗った彼女を、わたしは大好きになった。
眼前で踊る男の顔から目を逸らし、板張りの廊下の固い床で擦れている背中に痛みを感じながら。
わたしはアイシャの事だけを考えていた。
<続劇>
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