Angel Birthday 8


 血を抜かれ、干からびた女の死体はルードヴィヒが「始末しておく」と言って地下墓地へと持ち帰ってくれた。
 人を一人殺したというのに、わたしの心には全く罪悪感が沸いてこなかった。
 どうせ、生きていたって何の役にも立たない女だ。
 その証拠に、急にいなくなってしまったことを誰も悲しむ様子が無い。
 おかみさんだけは足抜けされると儲けに関わってくるし、他の娼婦に対して示しがつかないとかなり悔しがってはいたようだったが。
 そんな事より、わたしは今晩果たすべき復讐に心を占められていた。
 アイシャを殺してからも、厚顔なブタは毎週この酒場に顔を出している。
 何事も無ければ、今日もやって来る筈だった。
 わたしは酒場の隅に座り、漠然と視線を彷徨わせていた。
 ヴァンパイアとなってから、不思議と普通の食べ物や飲み物を欲しいと思わない。
 摂取出来ない事はないのだが、それによって活かされているという実感が無いのだった。
 ……血。
 あの、甘露。
 ルードヴィヒが言ったように、やはり血が無ければ生きてゆくことは出来ないようだ。
 彼はわたしとは反対側の位置で、わたしの方を見守っている。
 この場で唯一の同族、わたしの生みの親である彼の視線に少し安堵するものを覚えた。
 そして暫し待つうちに……奴は、現れた。


 いつものように服を脱いでベッドサイドに座ったわたしに何の警戒心を抱くことなく、下腹部をだぶつかせながら男が近づいてきた。
 夕べルードヴィヒがしたようにちゃんと狩りがわたしに出来るのかどうか少し不安ではあったが、階下に彼が居ることを思うと不思議と肝が据わる。
 わたした少しくらい失敗しても、きっと彼がなんとかしてくれるだろう。
 それは根拠のない自身であったが、何故かわたしはそう信じていた。
 目の前に立った憎むべきブタがいつもの楽しみのために片手を振り上げる。
 私の片頬を叩こうと振り下ろされたそれの軌跡が、わたしのヴァンパイアの瞳にまるでスローモーションのように映った。
 この男には、最低の死を。
 アイシャの苦しみ、思い知れ。
わたしは男の平手を軽くかわすと、逆に片手を伸ばして喉元を捉えた。
 肉の中に埋没したようになっていた男の目が大きく見開かれる。
 その瞳に映るのは驚愕。
 次いで、恐怖。
 この状況では叫び声を上げることすら不可能だ。
 わたしは喉を掴んだ片手を支点にして、男の身体を持ち上げた。
 男は脂肪のたっぷりついた手足をばたつかせ、何かに縋ろうと必死に足掻く。
 わたしの目が無意識のうちに細められる。
 わたしは奴の喉にあてがっている手に更に力を込めた。
 下水管が逆流するような汚い音がして、男の口から血と涎の入り交じった液体がだらりと流れる。
 おっと、これで楽になれるなんて思わないでよ。
 わたしは男の身体を床の上へ放り捨てると、えんぴを伸ばしてベッドからシーツを乱暴にはぎ取った。
 木の板やそこに渦巻いていた埃と男が不本意な接吻をした音が響く。
 古い建物だ、音は階下や他の部屋に漏れただろう。
 だが、この男のいつもの趣味を考えれば怪しむ奴はいまい。
 責め手が逆になっている点が、いつもと違ってはいるが。

「ぎ……ぎざま、ヴァイ……。」

 潰れかけている喉を酷使しようとする男の為に、わたしはのど飴の代わりに丸めたシーツをその口の奥までプレゼントしてやった。
 男は僅かに起こしかけていた後頭部をもう一度床に激しくぶつける事になる。
 丸められたシーツの一部を口にした男の姿は、まるでイカの仮装のように滑稽だった。
 縦横の比率を間違えたとしか思えない程幅の広いイカは、その風体を不服と思ったのか口に詰められているものを外そうと両手を動かす。
 
「……まな板の上に乗ってから逃げようだなんて、厚かましいお魚ちゃんね。」

 自然とわたしの頬に残酷な笑みが浮かんでくる。
 わたしは素早く足で男の肩をひとつずつ踏み抜いた。
 まるで木製のパペットドールが砕けるように、その脂肪の下に隠れていたほんの少しの骨が砕ける。
 そして、完全に男の動きを封じる為に太股の付け根も両方踏み潰す。
 と、そこから液体が凄い勢いで染み出してきて、わたしは慌てて飛び退いた。
 それから肩をすくめ、さっきベッドのシーツを引き剥がしたときに床に落ちてしまった服と一緒に水たまりの届かないところまで避難する。
 わたしはわざとゆっくりめに服を着直した。
 男の脆弱な精神に死の恐怖をより長い時間与える為に。


 それから、わたしは。
 耳たぶを千切り取った。
 手足の爪を全て引き剥がした。
 舌を引き抜き、部屋の隅へ捨てた。
 目の玉をひとつづつ取り出し、握りつぶした。
 腹の皮膚を噛み千切り、殺してしまわないよう注意しながらはらわたを全部引きずり出した。
 肉塊が痙攣する、その震えから男の恐怖と絶望が肌で感じ取れる。

「あは、あはははははははッ!!」

 いい気味だった。
 ざまあみろ。
 お前の汚らわしい血なんか誰が吸ってやるもんか。
 誰が、ひと思いに殺してなんかやるもんか。
 ざまあみろ!!


<続劇>




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