Fallen Angel その11


 俺は、勝利がいつもの妙な訛りを使わずに喋ったことに違和感と驚きを覚えていた。
 今まで気づかなかった壬井勝利という男の底知れなさをかいま見たような気がしたのだ。
 ……今までのあのふざけた口調はわざとだったのか。
 俺は首筋に電気のようなものが走るのを覚えながら、この男の水面下にある筈のものに賭けてみようと腹づもりを決めた。

「…解った。
 確かにそれはフィーナとお前との間で決着をつけるべき事だったな。」
『……。』

 俺が頷くと、勝利は沈黙で俺の台詞の先を促した。

「あの女の背負っているものはお前が考えているほど単純じゃないかもしれんぞ。
 ……それで良ければ、取りに来い。」
『…取りに、て……。』
「フィーナは、俺の家に居る。」

 すうっ、と電話の向こうで息を呑む気配がした。
 確かに、惚れた女が自分のところではなく他の男のところに転がり込んでいるとなれば心中穏やかならざるものがあるだろう。
 だが、そいつをわざわざ解消してやる義理は俺にはない。
 俺は事務的に家の住所を告げると、電話を切った。
 時計を見て時間を計算すると、まだ会社にいる筈のいつきの携帯に連絡をつける。

『はい、桜庭です。』
「仮眠中、起こして悪いな。
 ちょっと急を要する頼みがあるんだ。」

 電話口に出た声はまだ少し眠そうだったが、俺の台詞にいつきはしっかりと頷いた。
 何故、なんて訊かないあたりが彼女も大人になった証拠なのだろうと思う。
 一瞬、まだセーラー服を着ていた時代の彼女の姿が脳裏を過ぎって俺は複雑な気分になる。
 ……だが、とりあえず今は昔を懐かしんでいる暇はない。

「まず、報告だ。
 フィーナの奴、生きてやがった。
 紆余曲折あったらしいが、今はとりあえず俺のところにいる。」
『え……そうなの?!
 無事なんだ……良かったあ。』

 正直、普通に”無事”と喜んで良い状態なのかどうかは解らないが、心から安堵したらしいいつきに余計な事を言ってまた心配させる気にはなれなかった。
 
「……で、頼みなんだが、いつきちゃん。
 ひとっ走りフィーナの家まで行って、例のアミュレット取ってきて貰えないかな。」

 寮にあるセラフィナの部屋のカーテンは特別製の遮光カーテンになっているので、それを閉めてさえおけば日中アミュレット無しでもいられるが、他の場所ではどうなるか解らない。
 それこそこの三日間彼女がいたような地下ならともかく。
 だが、セラフィナを引き取りに来る筈の勝利が彼女をそんな場所へ押し込めようとするとは考えられなかった。
 万が一の事を考えれば、アミュレットは必要だろう。
 
「”足”はこっちで用意するから。
 悪いけど、出かける準備だけしておいてくれ。」

 いつきが肯定の返事を返すのを確認して、電話を切る。
 全く、我ながら社長を使い走りに使う社員がどこの世界にいるのかと思うと可笑しくなってしまう。
 いつきがドーラーで俺が今と同じメカニックチーフだった昔からの関係が、それを彼女にも自然と納得させてしまっているのだ。
 そして、三度受話器を取ると今度は拓磨の寮に電話を掛けた。
 一番小回りがきくのが奴のバイクだろう。
 会社へ行っていつきを拾い、セラフィナの家へ行って彼女にアミュレットを取ってきて貰うのだ。
 その後その足で俺の家まで来るように頼んで、電話を切った。
 とりあえず、これでセラフィナを勝利に引き渡せば俺の役目は終わる筈だった。
 奴が車を飛ばして俺の家まで来れば、時間的に朝が来る前に彼女をどこかへ運び込めるだろう。

「……やれやれ。」

 電話ボックスを出た後、背筋を伸ばして首を回すと結構いい音がした。
 貧乏くじは俺の常だが、この疲れに慣れるという事はきっと無いように思える。
 頼むぜ、神様よ。
 俺は居るんだかいないんだかよく解らない存在に向かって、心の中で愚痴った。
 あんまり面倒な事態を引き起こさないでくれ。
 ……と言っても、あんたは聞いちゃいないんだろうがな……。
 いつものことだ。
 俺はひとつ大きく息を吐くと、自分の家に向かって踵を返した。


<続劇>




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