Fallen Angel その4
2.Seraphina
「な、なんであんたが邪魔すんだ?!」
男たちは女の出現に戸惑ったようだった。
そして、女が火炎瓶を易々と受け止めて見せたことにも。
男たちの中から、先刻ボウガンを撃った体格のいい男が進み出てくる。
彼がこの連中のリーダー格なのだろう。
この男たちは只のごろつきというよりも、傭兵くずれの集まりなのかもしれない。
だとすれば、武器の扱いが手慣れている事にも得心がいく。
「あんたの依頼通りそいつを殺すところだ。
指示されたやり方を守り、指示された道具を使ってな。
……まさか……金が、惜しくなったんじゃあるまいな。」
リーダーは鋭い目つきで女を睨みつける。
女は鼻で嗤うと、そこにいた男達の顔をぐるりと見渡した。
「たかが人間風情が、思い上がりも甚だしいわ。
わたくしがあなた方みたいなゴミ虫と、本当に取引をすると思って?」
「な…?!」
男たちから怒りの声が上がるよりも早く、火炎瓶を持った女の手が一閃していた。
リーダー格の男がいた位置を中心に、炎が渦を巻く。
火炎の舌が男たちの身体に触れると、彼らはその揺らめく死の使いをはたき落とそうと必死の舞踏を踊った。
その様子を見た女は酷薄な笑みを浮かべるとバッグから大きめの銃を引き出した。
それを片手で軽く構えると、炎の向こうで踊っている人影に容赦なく発砲する。
全ての男たちが路地を塞いだ炎の壁に焼かれるか、鉛の弾で射抜かれるかしたことを確認すると、女はわたしの身体の下に両手を差し入れた。
先刻、火炎瓶を受け止めて見せた時のように易々とわたしの身体は持ち上げられ、女の肩に担ぎあげられる。
そして、男たちから遠ざかる方向へ彼女は走り出した。
その膂力、脚力は到底人間のそれでは及びもつかないものだ。
多分、女はわたしと同じ”吸血鬼”なのだろう。
わたしは痛みで思考能力と集中力が極端に低下した頭脳を振り絞るようにして、現状を把握しようとしていた。
男たちが本当の事を言っていたとするなら、彼らにわたしを殺すよう命じたのはこの女だという事になる。
では何故、わたしを助けたのだろう?
女は暫く走って路地裏の更に奥深くまで来ると、辺りに誰もいないことを確認してからやや乱暴にわたしの身体を地面に下ろした。
「あれだけ派手な乱闘が起これば、いかに鈍い人間でも気づいてしまうでしょうからね。
人間に混じって職業を得ているあなたにすれば、少しまずい状況になるでしょう?」
自分で仕掛けて、最後は関わった人間たちを自分で皆殺しにしておきながら、彼女はさらりと言ってのけた。
わたしは発せられない言葉の代わりに、彼女を見る瞳に力を込める。
視線に気がついて、女は肩をすくめた。
その仕草で女の肩で金色の髪が鮮やかに波打つ。
「御気分を害されたなら申し訳ありませんわ。
わたくしはただ、確かめたかったのです。
あなたが本当に”吸血鬼セラフィナ”なのかどうか、を。」
彼女はそこで一旦台詞を切ると、横たわったままのわたしの周りをゆっくりと歩き回った。
わたしの身体の隅から隅までを検分するように、遠慮のない視線を投げかけてくる。
……不愉快極まりない。
わたしはこの女の名前すら知らないのに、彼女はわたしのことを良く知っているらしいというその事実もそうだったが、この女の何か含みを持たせたような回りくどいやり口も気に入らなかったのだ。
わたしの険の籠もった視線に居心地の悪さを感じたのか、女はその歩みを止めるとわたしの顔をのぞき込むように膝を折った。
「まさか人間如きに、本当に命を脅かされそうになるとは思わなかったものですから。
わたくしが伺っていたお話では……あなたはもっと強靱で冷徹で……そして美しい方だと。」
女は落胆、というよりも半ば呆れたような目つきでわたしを見下ろしている。
何が言いたいのだろう、この女は。
わたしは沸き上がるいらだちを押さえる事が出来ないまま、彼女を睨みつけていた。
「……申し遅れましたが、わたくしはアニタと申します。
シャルル様にお仕えさせて頂いている者です。」
……シャルル!!
その名前が出ることによってわたしの背筋を走り抜けた衝撃に気がついたのだろう、アニタと名乗った女は満足そうににっこりと笑った。
確かに彼女がシャルルの関係者ならば、わたしの事を知っていてもおかしくはない。
「本日はあなたにシャルル様からの伝言を預かって参りました。
今から申し上げますので良くお聞き下さいね。」
わたしは大きく息をつくと、シャルルの顔を思い浮かべた。
それはわたしが覚えているものと今も寸分変わらぬものだろう。
アニタはわたしの呼吸が少し落ち着いたのを確認すると、謳うように言葉を発した。
「……愛しいぼくの天使……。
約束を忘れないで。
ぼくが迎えに行くその日まで、気高さを失わないで。
もしもきみを乱し、汚す者があればぼくが……放ってはおかない。
だから安心して。
愛してるよ、ぼくの大切なフィーナ。」
<続劇>
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