Fallen Angel その7
バスタブに入れられたわたしの身体の上に、湯の雨が降り注ぐ。
わたしの身体に当たったシャワーの滴は血や汚れと混ざり、奇怪な色になって流れていった。
水流が喉や足の傷口に当たって、新たな痛みを生む。
わたしはそれを堪えつつ、左膝に食い込んでいる弾丸を抉りだした。
ひとつ……ふたつ……みっつ。
数個の金属が手の中で触れ合って硬い音を立てた。
バスタブから手だけだして血と僅かな肉をまとわりつかせたそれを浴室の床に捨てると、ヴィンセントが僅かに目をむいた。
彼はシャワーを取ると、まずわたしの顔から汚れを手で擦りながらざっと落としてゆく。
わたしは目を閉じてされるがままになっていた。
そして、腕まくりをすると彼は一旦シャワーの水流を止める。
「うら、手を出せ。」
言われたとおり両手の手のひらを上に向けて前に出すと、彼はその上にシャンプー液を垂らした。
「手や腕は問題なく動くみたいだからな。
髪は自分で洗え。」
頷くと、わたしはシャンプー液を自分の手の平を擦り合わせて馴染ませてから髪につけた。
両手の指の腹で円を描くようにして髪を泡立てはじめる。
「とりあえずその喉じゃ喋れねえだろうから、先にこっちの状況だけ教えてやる。
こっちが質問したいことについては、あとで筆談で答えて貰おう。」
言いながら、ヴィンセントはスポンジを手に取るとボディーシャンプーをつけて泡立てはじめる。
わたしは髪を洗いながら、黙って頷いた。
「最初の無断欠勤でいつきちゃんが心配した。
最後に会ったとき、お前の様子がおかしかったってな。
俺とゴノレゴが子供じゃないんだからそういう日もあるかもしれない、といってなだめたんだ。」
ヴィンセントがスポンジを当ててわたしの足から洗い始める。
白い、を通り越して青い足。
爪だけがやけに電灯の光を反射していた。
「無断欠勤二日目になって、心当たりにお前の行方を訊いてみた。
心当たり、っても大した数じゃなかったがな。
当然のように、全て空振りだったよ。」
わたしはわざと深く人と関わるのを避けている。
だから、寝た男や少し会話した女はいても非常事態の時に長く転がり込めるようなあては無い。
だから、彼らの”心当たり”が少ないのも当然だ。
わたし自身が枚挙出来ないのだから。
いや、たったひとり例外は居るが彼の事はなるべくならそういう非常事態には巻き込みたくない。
「三日目……つまり、今日の昼間だが、いつきちゃんがお前の家に行った。
寮だから合い鍵は彼女が管理してるんだ。
やはり、そこでもお前の姿を確認する事は出来なかった。
だがそれだけじゃない、お前がいつもしている筈のアミュレットが置きっぱなしになってるって、彼女パニックになっちまったよ。」
ヴィンセントは手を休めないまま、ふうっと溜め息をついた。
無造作にわたしの肩を掴むと、背中へと作業の手を進める。
「プライバシーの侵害だって怒るかもしれねえが、その辺はいつきちゃんの気持ちも察して許してやってくれな。
……とにかく、お前が何かの手違いか事故で灰になっちまったんじゃねえかって、そこまで心配したんだ。
あと一日戻ってくるのが遅ければ捜索願いまで出してたかもしれねえな。」
わたしが吸血鬼だと知ってもドーラーとして雇い入れてくれた、いつき。
彼女はわたしを他の社員達と同様に扱ってくれた。
飢餓のあまり彼女を襲いかけたわたしをまだ恐れも見捨てもせず、彼女は本気で心配してくれていたのだ。
なんてお人好し。
彼女の顔を思い出して、私は少し笑ってしまう。
まるで、その慌てぶりが目に見えるようだったからだ。
「笑うな、こら。」
そうは言いながら、ヴィンセントは自分も軽く笑うとわたしのこめかみを人差し指でつついた。
お人好しといえば、彼だってそうだ。
一体何の義理があってわたしを助けてくれるというのだろう。
「何はともあれ、灰になっちまってなくて良かった。
いつきちゃんには明日の朝イチで連絡入れねえとな。」
ヴィンセントはバスタブから手を引き抜くと、シャワーのコックを捻った。
湯が勢い良く流れ出し、シャンプーと石鹸の白い泡を取り去ってゆく。
その湯と石鹸が傷口に染みて、わたしは少し頬を引きつらせてしまった。
「……お前も、誰か連絡を取りたい奴がいるんじゃないのか?」
「!」
わたしはヴィンセントの言葉に驚いて、思わず顎を引きつらせる。
水滴をしたたらせた髪の隙間から彼の顔を覗くと、正面から目があった。
「……我ながら、どうして自分の女でもない奴の世話をここまで焼いてやるのかとも思うがな……。」
ヴィンセントが袖をまくった腕をわたしの目の前に突き出す。
わたしは内心でこの借りはいつか必ず返そうと誓いながら、久しぶりのご馳走に噛みついた。
<続劇>
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