Fallen Angel その8
久しぶりの生き血に、体中の細胞が活性化していくのが解る。
まだそれでも肌は死人の色をしていたが、明日になればもう少しは回復しているだろう。
ヴィンセントの質問には、正直に答えるつもりだった。
わたしにはそうすべき義理があると思ったからだ。
会社に泊まり込むことの多い彼の部屋だが、案外きちんと整頓されているように見える。
いや、だからこそ、なのかもしれないが。
一通り身体の汚れを落として貰った後、ソファまで運ばれた。
それから両脚と喉にある傷に包帯を巻いて貰う。
「人間式の治療なんて気休めにしかならないだろうがな。
ま、気分だ。
……それから……。」
ヴィンセントは救急箱を床に下ろすと、クロゼットから彼のパジャマを引っぱり出してわたしの方へと放った。
「女ものの服なんて無いんでな。
明日まではそれで我慢しろ。」
わたしは頷いてそれを羽織る。
彼のパジャマはわたしにも少し丈が大きかった。
「それでも胸と尻はぎりぎりだな。」
彼は笑いながら、わたしの正面に腰を下ろした。
手には一冊のノートと数本の鉛筆やボールペンが握られている。
「さて、いろいろ教えて貰おうか?」
わたしは素直に頷いた。
それから時間を掛けて、ヴィンセントの質問に細かく筆談で答えていった。
傭兵崩れの人間達に襲われたこと、下水道に逃げ込んだこと……。
ノートがわたしの字で半分ほど埋まってしまう。
「で、そのシャルルって奴のメッセージってな、内容は何だったんだ?
それにそのアニタって女といい……そいつらとお前はどういう関係なんだ?」
ヴィンセントはソファにもたれかかった少しだらしない姿勢のままで、核心を突く質問をしてきた。
わたしは遂に聞かれた、と思いながらボールペンを持った手を少しノートの上で彷徨わせる。
わたしはノートの上に『話せば長くなる』と書いた。
それは嘘ではない。
ただ、わたしが出来ることなら誰にも伝えずにおきたいと思っていることは確かだった。
彼は少し掠れたインクの文字から視線を上げると、じっとわたしの瞳をみつめる。
わたしが見つめ返すと、彼は肩をすくめた。
「まあ、確かに筆談で長い文章を書かせるのは酷だからな。
もうだいぶ手が疲れたろ。」
ヴィンセントはわたしの気持ちを察したのか、特にそれ以上突っ込んで聞こうとはしない。
わたしは内心安堵しながらも表情には出さず、ただ短く頷いただけだった。
「それでもだいたい解ったよ。
……でも、これはそのままいつきちゃんには言えねえなあ……。」
ヴィンセントは唸ると、茶色くて短い頭髪に手を突っ込むと乱暴に頭を掻く。
わたしはでも事実だから仕方ない、と思いながら両手を肩の高さまで上げて見せた。
「ま、そのへんは俺がなんとかするさ。
……それで、お前は誰に連絡が取りたいんだ?」
「……!」
それを尋ねられた瞬間、わたしは喉が潰れていることを忘れて言葉を発しそうになる。
勝利、と。
だが勿論それは音にはならず、ただ口をぱくぱくさせただけだった。
ヴィンセントは苦笑してソファから立ち上がると、型の古くなったTV電話の前に向かう。
コードレスの音声端末を台から引き上げると、わたしのところまで戻ってきてそれを差し出した。
「良かったな、ヴィジ・ホーンの時代で。
喋れなくても姿を見せる事が出来る……時間はかかるかもしれないが、筆談もな。
……番号。」
わたしは慌てて首を左右に振った。
勝利に、この死人のような肌を見せるのは絶対に嫌だ。
せめて、もう少し回復して人間らしい姿になるまでは。
……だけど、それでも。
わたしは彼が無事かどうかが知りたかった。
彼の声が聞きたかった。
怪訝そうな顔をするヴィンセントの鼻の上に、わたしは人差し指をつきつける。
一瞬怯んだ彼に背を向けて、わたしはノートの上に新しい文字を書き記した。
『あなたが電話して。』
それを見せると、ヴィンセントは目をむいた。
<続劇>
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