1stミッション・聖なるバスを狙え!(中編)
真上から降り注いでいた日が雲に覆われ、暑さが少しだけ和らいでいる。
アレクは時間をかけ、ようやく子供たちを鎮めることができた。なだめすかし、様々な手段を用いて一つの偉業を成し遂げたことで、彼はささやかな達成感に浸っていた。そんな彼を一人の人物が見ていたのだが、それに気付くほど鋭敏な感覚を、アレクは持ち合わせていなかった。
普段の行儀の良さを発揮して、園児たちはおとなしく体操座りをしている。アレクは緊張の面もちで小さな聴衆の前に出ると、サングロイアに来て初めての演説をはじめた。もちろんカンペの類は一切ない。悪の帝王たる者、そのような紙切れに頼ってはならないのだ。
「えー、今日お前たちに言いたいのは、だ。正しい悪の姿を知ってほしいということ‥‥」
「そこまでだっ!!」
記念すべき最初の演説は30秒も持たなかった。突然の闖入者に強制的に中断されたのである。
降ってきたのは、この場にいるはずのない人間の声だった。驚いて振り返ったアレクは、ブランコの支柱の上に人影をみとめた。明らかに見覚えがある‥‥彼の脳裏に一つの名前が浮かんだ。
「影あるところ光あり、天狼のシリウス参上!!」
凛々しい声が風に乗り、公園に響きわたる。想像通りだった。さすが自分の好敵手たる男、このような場にふさわしい登場の仕方を心得ている、とアレクが感心したその時。
絶好のタイミングで、真夏の陽光が雲間から差し込んだ。シリウスの甲冑が光を反射して銀色に輝く。演出効果は満点だ。
「とぉっ!」
一声叫んで鉄柱から身を踊らせ、宙でくるりと一回転。シリウスはアレクの横3mほどの場所に、過たず着地した。その途端、園児たちから大歓声が沸き起こる。
「幼稚園児誘拐とはずいぶんと古典的な悪事を企みやがったな!だが、俺がみつけた以上そうはさせないぜ!!」
「ふっ‥‥正義風情が偉そうに抜かすか。ならば止めてみせるがいい、この私を‥‥悪の帝王、アレクシス・リシーヌをな!!」
最初の見せ場に、アレクは思いっきり格好をつけて叫んだ。別に誘拐しようとしたわけではないが、ここで訂正するのも気が引ける。相手からの流れを崩さないこと、これも一つのお約束なのだ。
そして間髪入れず、腰に差したフラムベルクを構える。応じてシリウスも背負ったバスタードソードを大きな動きで抜きはなった。
彼らの一挙一動に、子供たちは拍手喝采。騒ぎを聞きつけた野次馬も、面白そうに二人を見ている。公園じゅうの瞳は、好意的な色で彩られていた。
‥‥と思いきや、ただ一人、冷淡な目で二人を眺めている者がいた。言うまでもなくフェルである。彼の計画では、この公園でさっさと演説を済ませてもらって、午後の早い時刻には幼稚園へ子供たちを送り届けるはずだったのだ。それがこんな場所でヒーローごっこに付き合わされるハメに陥ろうとは。
確かに自分は戦隊ショーをやると言った。言ったがしかし、実際にやる気などさらさらなかった。嘘も方便と言うだろう。それを‥‥よりによって最悪な嘘を選んで実行しなくてもよさそうなものではないか。
剣が交叉するたび、高い金属音が辺りに響く。フェルにはそれが、果てしなく耳障りに聞こえた。定まっていなかった焦点を、二人の戦闘に合わせる。シリウスのバスタードソードに対し、アレクの細身のフラムベルクは分が悪いようだ。
「だからレイピアはやめろって言ったでしょう‥‥」
フェルは小さく呟いた。そもそもレイピアは、持つ者の技量が反映されやすい剣である。アレクの腕では、単なる装飾以上の意味は持ち得ない。そう彼は進言したのだった。
二人の技量の差は明らかだった。フェルの目には、シリウスが努めて相手の剣を狙っているように見えた。しかもかなーり手加減しつつ。普通にバスタードソードを振るえば、アレクの剣は一発で使いものにならなくなってしまう‥‥シリウスは見せ場を作ろうとしていたのだ。
しかし次の一撃で、フラムベルクは真っ二つに折れた。元々相手の剣を受けとめるようには作られていない。軽くとはいえ、何度も衝撃を与えられて耐久値が限界を切ったようだ。
「しまった!」
不測の事態に、アレクはたじろいだ。剣を折られてしまっては、子供たちにかっこいいところを見せられなくなってしまう。
「ちっ」
舌打ちをしたのはフェル。咄嗟に、胸ポケットから短い棒状のものを取り出す。
「アレク様、これを!」
声と当時に、何かが飛んだ。どうにか受け取ることに成功したアレクは、持っていたフラムベルクの残骸をいまいましげに投げ捨てた。
そして気を鎮めつつ、手の中のものを強く握り締める。その直後、空気を震わせて青白いソードが発生した。
「ビームセイバー!?」
いきなり登場した強力な武器に、警戒の色を強めるシリウス。相手があれでは、バスタードソードといえども無事では済まないだろう。出力如何によっては焼ききられてしまうかもしれない。受けるか、避けるか決めかねている彼に、輝く長剣が迫った。
次の瞬間、正義のバスタードソードは、悪のビームセイバーを受けとめていた。‥‥いや、正確には剣を翳し、セイバーが触れるか触れないかの瞬間を見計らって背後に飛び退ったのだ。そしてすぐに、ビームにさらされた剣を確かめる。
それには傷一つついていなかった。いぶかしむシリウス‥‥これは一体どういうことだろう。
「どういうことです!?」
フェルがシリウスの心を代弁したかのように叫んだ。大逆転のお膳立ては整えたはずだ。特に高出力に設定しなくても、ビームセイバーならバスタードソードごときに後れをとるはずがない。
誇らしげに、アレクは部下の疑念に答える。
「これは私が特別に作らせた、低出力セイバー!悪の帝王ともあろう者が、他者を傷つけていいはずがない。弱き者を挫くことなく、私は悪であり続けたいのだっ!!」
絶句。またもフェルは、自分の努力が報われなかったことを知った。確かにあれはアレクのものだ。何かあった時のために一応持ってきておいたのだが、まさかこのような仕掛けがしてあるとは夢にも思わなかった。
「ゆくぞ、シリウス!」
「来い、アレクシス!」
再び動き出した楽しいショーに、園児たちは色めき立った。小さな公園には、小さな観客たちの明るい声が溢れていた。
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