賭けの結末 〜ゼルヴァくんの場合〜(前編)
デートを賭けた、俺のMM人生最高、最上、最重要の試合。どうしても負けられない一戦に、負けてしまった‥‥その瞬間、俺の一日奴隷が決定した。
というわけで俺は、待ち合わせ場所であるサングロイア宇宙港に向かってのんびりと歩いている。
任務の舞台であるケルビムは、シリウス星系の第12惑星だ。定期便でクーリエから約21時間、距離にしてざっと5.5光年ってとこか。ちょっと遠いが、お陰で理沙ちゃんと一つ船の中で眠れるっ!たとえその他大勢と一緒、完全一人一部屋制といっても、これはものすごーく素晴らしいことだ。もしかしたら、単にデートするよりも全然お得なコースかも‥‥らっきぃ。
今回の司令はリハビリ補助用ロボットの運搬と操作だもんな、AKを動かすのに比べりゃ楽勝だぜ。でも見たこともないロボットを動かすのは、正直ちょっと不安‥‥。
こんな感じでくだらないことを考えつつ歩いていると、目の前にはいつのまにか、宇宙港へと続くベルトウェイが広がっていた。
元来時間にはルーズな俺も、淑女相手に遅れるわけにはいかん!‥‥そう思って約束の5分前には3番ゲートに着いたのに。少し広いロビー状になっているそこには、もう既に理沙ちゃんがいた。
「ごめんっ、もう来てたんだ?5分前に着くはずだったんだけど」
話し方がいつもと違う、なんて無粋なことは言うなよ。可愛い女の子の前なんだ、誰だってちょっとは変わるもんだろ?
「いえ、こちらが早く来すぎたんです。気になさらないでください」
小さくなってしまった俺に同情したのか、理沙ちゃんは優しい言葉を返してくれた。わずかに見せる笑顔‥‥うーん、いい。実にいい。
こうしてると普通の女の子に見えるんだけど、実は飛び級でサングロイア工科大学‥‥SIT‥‥に入った天才、加えて大企業の会長令嬢だっていうんだから、驚いちまうよなぁ。普通じゃこんな子と知り合うチャンスなんてない、やはりMM研に入った選択は間違っていなかった!
心の中で、俺は大きくガッツポーズを取った。
彼女から周囲に目を移すと、教授風の男が1人に、彼女の研究室の仲間とおぼしき人間が2人いる。うち1人は女性だ‥‥へえ、理沙ちゃんの他にも女の人がいるんだな。そして、ちょっと離れて、男が1人。そいつは座ってパソコンに向かっている。自分の研究の整理でもしているのか、俺に目を向けはしなかった。
理沙ちゃんと俺を含めた5人はひとところに固まっている。早速、俺は近くの皆に挨拶をした。‥‥うん、なかなかの好印象を与えられたようだぞ。
あと1人‥‥座っている男に歩み寄る。
雰囲気的に俺とはウマが合わなそうだ。こいつもSITの博士のタマゴなんだろうな。声を掛けようと思ったが、なかなかその機会がない。
やがて男は俺に気付いたようだ。ちょっと顔を上げると、俺に向かって「理沙ちゃんに近づく邪魔なガキめ」とでもいいたげな視線を送った。‥‥実際、その通りかもしれないけどさ、何もそうあからさまに顔に出すことはないんじゃない?
しかし紳士たるもの、不作法な人間相手にもきちんと通すべき筋は通さねばならん。いい一日はすがすがしい挨拶から、だ。
「おはようございます。今回、発表の助手として同行しますゼルヴァ・ウィンダムです、どうぞよろしく」
返ってきたのは、沈黙。‥‥おいおい、普通、こっちが挨拶したら何かしら言うだろ。
俺の心中が相手に伝わったのだろうか。少しの間を置いて、男は眼鏡の向こうの目を細め、冷たくこう言ったのだ。
「SIOの学生、せいぜい神崎さんの足を引っ張らないようにしろよ」
さすがにちょっとカチンと来る。わざわざ名前を言っているにもかかわらず「SIOの学生」などと呼ぶのは、明らかに俺に対する侮辱だ。
そこまで考えて、あることに思い当たった。
‥‥あ、わかった。こいつ、理沙ちゃんのファンか。理沙ちゃんが俺を連れてきたのがムカつくんだな。ふ〜ん、なるほどねぇ、かわいいやきもちだねぇ。
「ご忠告どうも」
優越感を込めて、俺はさらっと受け流すことにした。
「草上さん、どうしてそういう言い方するのですか?」
その時、背後から突然、厳しい声が飛んできた。きつい語調‥‥理沙ちゃんにしては珍しい。俺をかばってくれてるんだ‥‥じーん。
周りの奴らも少し離れた場所から、驚いたように彼女を見ている。もっとも、一番驚いたのは、こんな台詞を叩きつけられた奴だろうけどな。
「神崎さん‥‥」
草上と呼ばれた眼鏡男も、これにはさすがにたじろいだようだ。
「私がゼルヴァさんに来てくださいとお願いしたのです。失礼なことを言うのはやめてください」
男は渋々、といった体で、俺に向かってちょっと頭を下げると、またパソコンに目を落とした。他の研究員たちは、賞賛の目で理沙ちゃんを見ている。
助けられた俺はというと。
うーん、理沙ちゃん、厳しい表情もかわいいなぁ‥‥。
不謹慎だけど、こんなことを思ってしまったのだった。
眼鏡ヤローから離れて、俺たちは元いた場所へと歩いていく。‥‥そうだ、さっきのお礼言わなきゃな。
「ありがとう、助かったよ」
「いいえ、そんな、お礼を言われるようなことじゃありません」
言葉にこそ出ていないが、さっきのいざこざで、理沙ちゃんの態度がちょっと尖ってる。あんな奴のせいで気分を害することはないぞ。‥‥そうだ。
「あの野郎‥‥野郎ってのは失礼か、理沙ちゃんの仲間に向かって。あの人、理沙ちゃんのこと好きみたいだぜ。俺のライバルってことになるのかな」
笑って受け流してもらえれば、ちょっとは気分も和らぐだろう。こう思って軽く言ったのに、理沙ちゃんは。
「‥‥‥‥」
真っ赤になってしまった‥‥うわぁぁぁ、気持ちがほぐれるどころか、これじゃ逆効果じゃねーか!?そうか、理沙ちゃんって、こういうのに免疫ないんだな‥‥よく覚えておこう。
「‥‥で、船は何時に出るんだっけ?」
ぎこちない雰囲気に耐えかねて、いきなり事務的な台詞を吐く俺。頼む、普段の調子に戻って返事してくれぇ!
「はい‥‥9時50分です。機材はもう積んでありますから、ゼルヴァさんは時間までご自由にどうぞ」
よかったぁ、もう大丈夫みたいだ。‥‥ん、待てよ。『もう積んである』?
「積んであるって、俺が運ぶんじゃなかったのか?」
「はい、そのつもりだったんですが、行きは業者の方がやってくださったんです」
「そっか。それじゃ、理沙ちゃんは時間までどうするんだ?」
「まだちょっとすることが‥‥ごめんなさい」
「いや、いいって。んじゃ、俺はてきとーにぶらついてるよ。40分には戻る」
そう言って、ちょっとだけ申し訳なさそうにしている理沙ちゃんに手を振ると、俺はそそくさとその場を離れた。別にあの嫌な奴から逃げたかったわけじゃない。俺にはどうしてもやるべきことがあったのだ。
数週間前、理沙ちゃんから届いたメールには、こうあった。
「惑星ケルビムにある、シリウス工科大での研究発表のお手伝いをお願いします。午後からはフリーですので、どこか遊びに行きましょう」
『午後からはフリー‥‥遊びに行きましょう』!?
もしかしなくてもこれはデートのお誘い?まさか彼女のほうからこんな言葉が出てくるとは思わなかったぜ。嬉し〜、負けてもデートじゃんっ!
ひとしきり喜んでから、はたと困った。ケルビムには行ったことがない。当然、行ったこともない星のデートスポットなんぞ、知るわきゃない。‥‥どーすりゃいいんだ?
考えること数ナノセコンド。
宇宙港のデータダウンロードサービス、こいつを使えばいいじゃねーか!
俺の心は、一気にバラ色に変わったのだった。
そして9時40分。
理沙ちゃんたちのところに戻った時には、俺のパソコンは惑星ケルビムのデータでいっぱいになっていた。
超高度情報化時代に大感謝!!
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