賭けの結末 〜ゼルヴァくんの場合〜(中編)


 次の朝、7時12分。
 恒星シリウスの光に照らされた朝もやの中、滑るように、船はケルビム宇宙港へと入港した。
 昨日の夜は最高のデートコース構築のため、徹夜でこの星のデータと格闘してたからな・・・・そう強くない日差しもまぶしく感じるぜ。理沙ちゃんとは結局、廊下ですれ違った時に挨拶を交わすくらいしかできなかったしなぁ。他の研究員との打ち合わせやら何やらで忙しかったみたいだ。やっぱ博士課程ともなるといろいろ大変だな。俺も博士になろうかと思ってたけど、考え直そう、うん。

 発表会は、午前10時に始まる。なんでも、「関節駆動機器小型機専用部門」とかいう舌噛みそうな名前らしい。俺の任務第一弾は、そのなんとか部門の発表会に使う機械を運ぶこと。幸い、積むのは免れたけど、降ろすのも俺の仕事の一部だもんな。
 機械、機械‥‥っと。辺りを見回すが、それらしいものは見つからない。

「ゼルヴァさーん、こっちですー」

 その声に振り向くと、理沙ちゃんが向こうのほうで俺を手招きしていた。理沙ちゃんの銀色の髪が、朝の光を受けて光ってる‥‥俺はがぜんやる気全開、徹夜の疲れもどこかへ吹き飛んでしまった。任務了解、ゼルヴァ、行っきま〜す!!
 理沙ちゃんに連れられてやって来たのは、広大なヘリポートだった。この時間、停まっているヘリはそれほど多くはない。しかしなんでこんな場所に?

「運んでほしいのは、これです」

 彼女が示したのは、高さ1mほどの金属の箱だ。こ、こんな重そうなものを運ぶのか、俺は!?
 多少の不安を感じつつ、箱を持ち上げてみる‥‥あれ?思ったより軽い。不思議そうにしている俺を見て、理沙ちゃんが種明かしをしてくれた。

「見た目よりは軽いでしょう?特殊な軽金属でできているんです」
「ああ、もっと重いのかと思ったぜ」

 ひょいひょい、と箱を上下させながら答える。いつもバイトで重い物を運んでる俺にとっては、なんてことはない重さだ。

「それを、あのヘリまでお願いします」
「あの‥‥って、あのでっかいやつ?あんなヘリで工科大まで行くのかよ?すごいな、さすがは新星との共同研究。俺の旅費だって出してもらったし‥‥ま、その程度の借りはデートでお返しするけどね」
「‥‥はい、楽しみにしてます」

 俺の軽口にこう応じた理沙ちゃんは、ちょっとだけ頬を染めているように見えた。


 午前11時すぎ、俺の出番は終了した。
 工科大の講堂で行われた、ナントカ部門っていう研究会自体はどーでもよかったが、理沙ちゃんの発表の内容が全く理解できないのには閉口した。ちょっとはわかるかと思ったんだけどなぁ‥‥こんなんだったら、メカニックの話をもっと真剣に聞いとくんだったよ。

 リハビリロボの操作は、なんとかうまくいった‥‥と思う。発表の要所要所で簡単な動きをさせるだけだったし、操作方法がAKとほとんど同じだったからな。
 これは俺だけの問題じゃない。失敗したら理沙ちゃんに恥をかかせることになる。こんなことを言ったらメカニックたちに怒られるかもしれないが、俺はAKで戦う時なんかよりも、ずっと真面目にやったつもりだ。そのかいがあったのだろう、発表の間、会場からは感嘆の声こそすれ、嘲笑が聞かれることはなかった。
 理沙ちゃんはまだ壇上で、研究者たちからの質問に答えている。‥‥よし、今のうちにこのロボットを箱に戻しちまおう。この後が当ツアー最大の目玉だからな。帰りの船が出るのは夜8時過ぎだ、少しでも早く講堂の外に出て、少しでも長いデートにしよう。それに今度こそ、待ち合わせに遅れないようにしなきゃな!


 やっと、本日のメインデッシュ。
 俺はシリウス工科大を後にすると、待ち合わせの場所である新星重工ケルビム支社、一階ロビーへと向かった。わざわざ大学の外で落ち合うのは、邪魔な奴らの目があるからだ。俺のファンどもがどこにいるかわからないからな。‥‥と言いたいところだが、人目を気にしなけりゃならないのは俺ではない。
 まあ、理沙ちゃんのあの容姿でAKパイロットだったら、世間の注目を集めないほうがおかしいか。話によるとファンクラブがあったり、隠し撮り写真なんてのも裏で売られてたりするんだと。
 隠し撮り、かぁ・・・・どんな写真なんだろうな、ちょっと‥‥いやかなり、興味あるな。あ〜んな写真やこ〜んな写真だったりしちゃったら、買う気になるぞ、へへ。‥‥いかん、デートを前に何を考えてるんだ、俺は。

 俺が自分の邪な想像にツッコミを入れていると、正面の大きな回転ドアの向こうに、男の影が見えた。そして、その向こうに水色のワンピース‥‥理沙ちゃんだ。ドアを通って、小走りに俺の方へとやってくる。

「ごめんなさい、質問が多かったので‥‥」

 外の道も走ってきたのだろう、少し息が乱れている。

「昨日は俺のほうが遅かったからな、お互い様だよ。もしかして、走ってきてくれたのか?」
「はい、少しですけど‥‥」
「それじゃ、この辺でちょっとお茶でも飲んで、休んでから行くってのはどうだ?お腹もすいたしさ」

 ここらの地図は昨日の夜に頭に叩き込んだ。こういう場合の記憶力には、絶対の自信がある。確かおいしい紅茶の店があったんだったな、休むんだったらあそこがいいか。

「はい、そうですね」

 理沙ちゃんは俺の提案に頷いた。考えてみたら、俺が腹減ったなんて言ってるんだから、嫌だとは言えないか。

「じゃ、行こう。この界隈のことなら何でも俺に聞いてくれよ。なんてったって昨日の夜は‥‥」

 たわいもない話をしつつ、俺たちはロビーを出た。


 はっきり言って、俺に紅茶の味なんぞわからない。でも理沙ちゃんが「おいしい」と言ってくれたんだから、あそこの紅茶は、少なくともコロシアム近くのアンセルモなんかよりはよっぽどうまいんだろう。一緒に食ったスパゲティも70点の出来だった。スパゲティ評論家の俺のこの点は、一般人にとっては激ウマレベルだぜ。

 その後は、新しくできたショッピングビルに行って、ゲーセンでバーチャナイト対戦して5連敗して、オープンカフェでおやつ。俺の本領を発揮できる水族館は、今日のコースには入れなかった。一回目のデートで全てを出し切ってしまうというのは、どう考えても利口なやり方じゃないからな。二度目がないかも、ということはあえて考えないことにする。
 そしてとうとう‥‥最大のヤマ場、最終目的地に到着した。


 ケルビムのベイフロント。ここは唯一、理沙ちゃんからリクエストされた場所だ。時は日も傾きかけた午後5時半、目の前には、紅に染まる海とビルの群れ。適度なざわめきをバックに時折聞こえるのは、カモメの鳴き声‥‥絵に描いたような、最高のシチュエーションだぜっ。
 早速、一番海に近いベンチがあいたのを見つけ、俺たちはそこに座った。

「いやぁ、ここの海もきれいだねー。うちの大学の近くにも海浜公園があるんだけど、そこで部の仲間たちと昼飯を食べることがあるんだ」

 理沙ちゃんは、俺のこんな話もちゃんと聞いてくれている。

「男3人ってのがちょっと情けないけど、部に女の子いなくてさ。大学自体、女の子が少ないんだけどね‥‥理沙ちゃんはSITで、そんなにかわいいんだから、男どもに言い寄られて困るんじゃないか?」
「そんなことありません‥‥それに、私、男の人と遊びに行ったことって、ないんです‥‥」

 困ったような表情で、理沙ちゃんは小さく言った。
 ‥‥ってことは、今日のこれが、初めてのデート‥‥だよな。

「ゼルヴァさんもご存じだと思いますが、私の家は、大きな会社を経営しています。他の会社との摩擦や衝突‥‥そんなことは日常茶飯事です。ですから、一族の中では、女性は単なる外交上の道具として扱われるに過ぎません」
「だから理沙ちゃんは、男と遊んじゃダメだってのか?んな、今時‥‥」
「今時、ですよね。私もそう思います。でも‥‥それが、私の一族なんです」

 俺は、とっさに言うべき言葉をみつけることができなかった。うちはただの技術者の家だし、どちらかというと放任主義だったから、理沙ちゃんの置かれている境遇など想像もできない。
 しかし彼女の一族の考え方が、俺にとっていけ好かないものであることはわかる。そして彼女がそれに反発していることも。

「でも、それでいいのかよ?このままだと、それこそ政略結婚でもさせられたりするんじゃないか?」
「多分‥‥そういうことになるでしょう」

 半ば諦めているのだろう。力なく呟いた。
 そんな彼女を見ていると、言いようのない怒りが沸いてきた。それはきっと、彼女の一族に対してのものだったと思う。でも俺は、理沙ちゃんに対してそれをぶつけてしまった。後で考えると筋違いだが、この時の俺にはこうすることしかできなかったんだ。

「あのなぁ、嫌なら嫌って言わなきゃダメだろーが。理沙ちゃんの味方をしてくれる人だっているんだろ?だったら、黙って一族のなすがままになってるなんて絶対にやめろ。理沙ちゃん自身が動かなきゃ、変わるもんだって変わりゃしないぜ」
「でも、家族に迷惑がかかってしまいます」
「だったらなんで俺を誘ったりしたんだよ?今日のことだって、一族の奴らに知られたら充分まずいんじゃないのか!?」
「‥‥そう、ですね‥‥」

 ここまで一気にまくしたててから、ふと思った。今まで一族に従順だったということは‥‥。

「もしかして、ほんとに好きな奴ができたことないとか?」
「そうかもしれません。今までずっと女子校でしたし、男性を近づかせないような雰囲気が、一族にはありましたから」
「うーん、そうなのか。そういう奴ができりゃ、一族の思惑なんかにゃ従いたくなくなるんじゃないか?‥‥ま、作ろうとしてできるもんでもないか」

 シリアスに決めていた俺だが、ここにきていつものおちゃらけ癖が首をもたげた。ここはさりげないアピール&ありがちな気安さを兼ね備えた、効果的な台詞を吐ける場面っ!!
 もちろん俺は、頭に浮かんだ台詞を躊躇なく口に出した。

「じゃさ、手っ取り早く俺なんてどう?少なくとも、今日一緒に来た男どもよりはいいと思うけど?」

 言ってから気がつく。‥‥俺としたことが、またやってしまった。理沙ちゃんにこの手の冗談は禁物だって、昨日わかっただろうがぁ!!ま、冗談といっても、まったくの冗談ってわけじゃないけどさ。
 すると理沙ちゃんは、予想とは異なる反応を示した。

「考えておきます」

 うーむ、黙りこくられずにすんだのはいいが、どっちともつかぬ返答をされてしまったぜ。女性の「考えておく」は否定ってよく言うし‥‥。ま、深く考えるのはやめとくか。とりあえず俺はこういう結論に達した。





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