病院へ行こう! その1


 サングロイア衛星シーウェイ。
 SHIの神崎 理沙さんが今回のGFS戦を病欠するとの報はウィンフィールド・ドーリングにも届いていた。
 正確には、あたしはヴィンスさんからそれを聞いたんだけど。
 彼はいつもどこから仕入れてきたんだか解らないような情報を一杯知っている。
 一度、その情報の入手先について訊いてみたけど「ニュースソースを明かさないのが鉄則」とかって教えて貰えなかった。
 それはさておき、あたしは理沙さんとは知らない仲ではない。
 闘技場で対戦こそしたことないものの、銀の竪琴亭で一緒におしゃべりしたこともあるし。
 ひょっとしたらあたしが勝手に思ってるだけかもしれないけど、ちゃんとした”お友達”だと思う。
 彼女のほうが落ち着いているし頭もいいし美人だし、並んで立つとあたしのほうがだいぶ見劣りしてて、同い年っていっても神様は不公平だなって思ったりもするけど。
 でも、あたしは一途にゼルヴァさんを想う純粋な理沙さんの横顔が好きだった。
 同じ女の子として、彼女の恋を応援してあげたいなって思う。
 そんな理沙さんが過労で倒れたって聞いて、あたしが心配にならない訳がないの。
 大丈夫かな。
 ……大丈夫かな、理沙さん。


 その日、あたしは家に帰ると以前理沙さんに聞いた自宅の電話番号をダイアルした。
 寮の備品である少し型の古くなったTV電話は、きっちり三回コール音を鳴らして途切れる。

「はい、神崎でございます。」

 きちっとしたスーツを着こなしたショートカットの女性が画面に現れる。
 唇にひいたルージュの赤のりりしさが目を惹く。
 お母さんにしては若すぎるし、ご家族の方だったら家へ帰ってきてまでこんなかっちりした服装ではいないような気がする。
 きっと、新星の会社関係の方なんだろうな。
 彼女とは反対に、あたしは普段着そのままのジーンズにボタンダウンシャツ。
 なんとなく気恥ずかしさを覚えながら、あたしは彼女の素性について推測した。

「えっと、ウィンフィールド・ドーリングのドーラーで荻代 美雪(おぎしろ・よしゆき)と申します。」

 とりあえず、きちんと名乗ってお辞儀をする。
 すると画面に出た彼女の方も身体の前で両手を重ねて、きちっと四十五度に頭を下げた。

「わたくし、神崎家で理沙さまの身の回りのお世話をさせて頂いております鶴見 八重子(つるみ・やえこ)と申します。
 荻代さまのお名前は以前お嬢様から伺い、存じ上げております。」

 鶴見さんは視線をまっすぐにあたしの顔へ向けると、ごく僅かに微笑んだように見えた。
 あたしは少し安心して、そしてちょっと嬉しくなった。
 理沙さん、あたしの事お家へ帰っても話題にしてくれてたんだ。

「それに、こちらの番号は本来、お嬢様の直通回線です。
 どうぞご用件を仰って下さい。」

 直通回線。
 という事は他にも沢山電話があるなかで、理沙さんは自分自身が出る電話番号をあたしに教えてくれたってことだ。
 彼女があたしのことを信用してくれてたっていう事を知って、あたしは益々嬉しくなる。
 あっと、でも今は浮かれてる場合じゃないんだった。
 あたしが理沙さんの容態について尋ねると、鶴見さんは丁寧に答えてくれた。

「もうベッドの上に起きあがれる程度には回復していらっしゃいます。
 お食事もきちんとお採りになられるようになりました。
 ただ、大事をとってもう二、三日は入院なさるとの事です。」
「じゃあ、お見舞いに行っても大丈夫ですね?」

 あたしは理沙さんが回復していると知ってほっと胸をなで下ろしながら、確認してみた。
 すると、鶴見さんは「はい。少々お待ち下さい」と言って一礼した後画面外に消えてしまう。
 何だかよく解らないまま、その状態で素直に待っていたあたしの前に再度彼女が姿を現したのはその五分後だった。

「こちらでシーウェイから病院までの交通を確保させて頂きました。」

 そして、鶴見さんはあたしが予想だにしていなかった台詞を口にする。
 短く「え?」と言ったきり続きの言葉が出てこないあたしに、彼女は日付と時間を指定して「宜しくお願い致します」と丁寧にお辞儀をした。

「え……でも、あの、そこまでして頂くわけには。」
「お嬢様のお客様に遠路をおいで頂く訳ですから、この程度の事は当然です。
 どうぞ、ご遠慮なきよう。
 ……ご都合がお悪いようでしたら、別の日に手配を致しますが?」

 鶴見さんは落ち着いた口調を全く崩すことなく、そう言った。
 彼女はこういう事の手配にとても手慣れているように見える。
 こうして交通の手配をして貰えるのはあたしに始まった事じゃないのかもしれない。
 あたしは少し逡巡して、ご厚意に甘えさせて貰うことにした。

「理沙さんに宜しく伝えて下さいね。
 あの、元気出してって。」
「はい。 承りました。
 それでは、失礼致します。」

 最後まできちんとした姿勢のお辞儀を見せてから、鶴見さんとの通信は切れた。


<続劇>




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