病院へ行こう! その3


 病院の屋上にヘリコプターが到着してすぐ、あたしは真奈美さんに質問をされた。

「よしゆきちゃんって、ヘリに乗るのはじめてだったの?」
「ええ…。」

 やっぱり、端で見てて一目瞭然だったらしい。
 真奈美さんは面白そうに瞳をくるくると動かしながらあたしの顔を見た。
 恥ずかしいなあ、もう。

「真奈美さんは、違うんですか?」
「ええ、そうね…ヘリには何度か。」

 訊き返したあたしに、彼女は軽く頷いてみせる。

「だって、基地からサングロイアまではヘリで移動なんだもの。
 正直言って、ヘリを見るのなんて日常の中のひとコマなのよ。」

 所属している組織が違うと、そういったことまで全部違うんだって事を思い知らされて、あたしは心底感嘆した。

「びっくりした顔しちゃって……よしゆきちゃんみたいに表情の読みやすい子も珍しいわ。」

 真奈美さんはまるであたしの考えていたことを読んだように言って、楽しそうに笑った。
 そ、そんなに顔に出ていただろうか?
 あたしは慌てて両手で自分の頬を押さえる。
 と、そこへ会話が途切れるのを待っていたらしい鶴見さんから声がかかった。

「荻代様、皆井様、理沙様の病室へご案内致します。」

 相変わらず姿勢正しく、病院内に通じる鉄の扉の前に立っている。
 ショートカットの髪が多少風に煽られているが全く気にしていない様子だ。

「はい、今行きますっ!」

 あたしが小走りに鶴見さんへ駆け寄るその後ろを、真奈美さんが大股でついてくる気配。
 真奈美さんはなんだかとても状況を楽しんでいるように見えた。
 建物のなかに入ると、そこには独特の雰囲気が漂っている。
 消毒液やその他の薬、入院してる患者さんやお医者さん達の気配と臭いが混じり合ったもの。
 そんな中を案内してくれる鶴見さんを先頭に、あたしと真奈美さんが続いて歩く。
 理沙さんの病室は最上階のようで、あたし達は一階分以上の階段を下りることもエレベーターを利用することもなかった。
 なんだか、あたしが知っている病院よりも扉と扉の感覚が長いような気がする。
 そう思いながら通り過ぎてゆく病室の扉のプレートを見ると、そこには一人分の名札しか出ていない部屋ばかりだった。
 つまり、ここは病院内でも個室入院患者ばかりの階だって事なんだろうな。
 あたしはちょっと感心しながら鶴見さんの後を遅れないようについていく。
 そして、一定の歩幅で規則正しく歩いていた鶴見さんの足がある病室の扉の前で止まった。
 その扉の近くの長椅子には他の部屋のお見舞い客らしい男の人が座って新聞を読んでいる。
 鶴見さんはその人に構うことなく「神崎 理沙」と記されたネームプレートの掛かっている病室の扉を軽くノックした。

「ね、よしゆきちゃん。 気がついてる?」

 真奈美さんが真後ろからあたしの耳に囁きかける。
 彼女の吐息がかかるのを少しくすぐったく思いながら、あたしは言葉には出さず首を傾げて見せることで「?」という返事をした。

「あそこで新聞読んでる…ううん、読んでるふりをしてる男の人、SPよ。」

 SPって…確か、セキュリティ・パトロ−ル。
 要人警護の為の機関。

「多分、私設のセキュリティ・システムから派遣されて来た人材でしょうね。
 …一般人のふりをしてても、私の目は誤魔化せないわよ。」

 真奈美さんは、ふふふっと楽しそうに含み笑いを漏らす。
 全然、解らなかった…だって、本当にお見舞いに来た人が休憩しているくらいにしか見えなかったのに。
 あたしは驚きで目を丸くしながら、彼をまじまじと見つめてしまう。
 
「…何か?」

 視線に気がついたのだろう、彼が怪訝そうにあたしの顔を見上げた。

「い、いえっ、なんでもありませんっ。」

 そう言って、あたしは慌てて顔を背ける。
 真奈美さんが後ろで苦笑してため息をつく気配。
 彼女はあまりにも馬鹿なあたしに呆れてしまったのかも。
 あたしは恥ずかしくなって自分の片頬を平手でぺちぺちと叩いた。
 
「荻代様、皆井様。」

 ドアノブに手をかけたままの状態で鶴見さんがあたし達に声を掛ける。
 男の人の事でごちゃごちゃやってる間に、彼女と理沙さんの間で「荻代様と皆井様をお連れしました」「はい」的なやりとりは済んでしまったらしい。

「どうぞ。」

 鶴見さんはドアを開けると、その脇であたし達に入室を促した。
 彼女の言葉に軽く頭を下げながらあたし、真奈美さんの順で部屋に入る。
 すると、後ろで扉が閉まった。
 鶴見さんは外で待機するということらしい。
 そして、病室の中はあたしと真奈美さん、そして理沙さんの三人になった。


<続劇>




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