病院へ行こう! その4


 理沙さんの病室はやっぱり個室だった。
 とっても広くて綺麗で、給湯設備もきちんと備わっている。
 華やかさこそ無いものの、病院というよりはホテルの一室といった雰囲気。
 窓にほど近い位置に理沙さんのベッドがあり、そこにパジャマの上にカーディガンを羽織った彼女が座っていた。

「こんにちは、理沙さん。」

 想像していたより顔色の良い彼女の姿にほっとしながら、あたしは理沙さんのところへ歩み寄った。

「こんにちは。
 ごめんなさいね、遠いところまで来て貰っちゃって。」

 理沙さんは少し恥ずかしそうに微笑んだ。
 かんばせが動くと、彼女の細くてしなやかな長い髪がそれに伴ってさらさらと流れる。

「別に、理沙ちゃんが謝ることなんか何もないわよ。」

 そう言いながら、真奈美さんはサイドテーブルの上にある大きな花瓶一杯に生けられている花を楽しそうに触っている。
 あたしは彼女の台詞の後を次いで、理沙さんに話しかけた。

「うん、あたし達が理沙さんに会いたかったから来ただけなんだから。
 その割にはなんか至れり尽くせりで、こっちの方が申し訳ないくらいで。
 ……でも、思ってたより元気そうで良かった。」
「ありがとう。
 本当は、こんな…大げさにする程の事はないんだけど。
 少佐が”この機会にしっかり静養するべきだ”なんて仰るものだから。」
「そうだねえ。
 理沙さんはいつもドーラー業以外にも新星の仕事とかで忙しいんだから、たまにはちゃんとした休養とってもいいと思うよ。
 ……あ、そうだ。」
 
 あたしは理沙さんとお話出来た嬉しさでつい忘れてしまいそうになっていたものを鞄の中から探り出す。
 ピンクのラッピングペーパーに包まれた小さな包み。

「本当に具合悪そうだったら渡すのやめようと思ってたんだけど…。
 良かったら、食べて。」
「わあ、開けてもいいかしら?」

 あたしから包みを受け取っると、理沙さんは屈託の無い笑顔を見せてくれた。
 見ている方が嬉しくなってしまうような、素直な笑顔。

「勿論。」

 あたしが大きく頷くと、彼女はリボンを解いてペーパーを開いた。

「まあ、素敵。
 紅茶のクッキー…ダージリンね?」
「うん。
 いつきさんに教えてもらって焼いたの。」

 と、そこまで言ってあたしはお花を買いそびれてしまったことに気がついた。
 本当はサングロイアに着いたときに買おうと思っていたんだけど、鶴見さんが出迎えに来ていてくれたりヘリコプターに案内されたり、あたしにとって衝撃的な出来事が続いた為だ。
 あたしが自分の失敗を悟って頭を抱えるのを、理沙さんは不思議そうに見ている。
 と、そんなあたしを助けるように真奈美さんが彼女に声を掛けた。

「私は、これ。」

 真奈美さんは自分のバッグを開けると、中から小さなカードをとりだした。
 それはキャッシュカードかテレホンカードくらいのサイズの黒っぽい板。

「裏側にスイッチがついてるから……これを押してみてくれる?」
「はい。」

 理沙さんは真奈美さんが差し出した小さな板を受け取って、それを操作する。
 あたしも興味をそそられてそれをのぞき込むような形になった。
 黒い表面に柔らかな光が点る。
 そこから弓矢を持った幼い天使がくるくると飛び回る立体映像がその上に現れた。
 それはまるで触れれば触れるもののような実体感を伴っていながら、それでいてとても幻想的なもの。

「綺麗……。」
「わあ……。」

 あたしと理沙さんがほぼ同時に感嘆の声をあげる。
 真奈美さんはそんなあたし達の様子を見て嬉しそうにうんうんと頷いていた。

「今、趣味で開発してる立体再現装置技術の応用なんだけどね。
 本当は部屋一杯に映像を展開させたりも出来るんだけど、そうすると装置も少し大がかりになるから……手軽に持ち運べるサイズにしてみたの。」
「ありがとう、真奈美さん。」

 理沙さんは踊る天使の光を浴びながら、まるで彼女自身も天使であるかのように柔らかく微笑んだ。


<続劇>




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